「一体何の話ですか、父さん?」
「とぼけても無駄だぞ、ジョージ!あのパーティーのとき、わしは二階の寝室でそいつとそいつの婚約者が並んで立っているのを見たんだからな!さぁ、今すぐ呼んで来い!」
「止してください、そんなに興奮したら、また発作を起こしてしまいますよ!」
ジョージが慌てて父親をなだめようとしたが、彼は息子につばを飛ばした。
「早く呼んで来い!」
まずいことになったと、ウォルフは冷や汗を流した。
あの時はアレックスを気紛れで女装させてパーティーに出たら終わりの筈だったが、その姿をこの老人が見ていたことは想定外だった。
「今彼女はこの町には居ない。」
「何だと!ではいつ会えるのだ!」
「一週間後だ。だからもう・・」
「言い訳はいい!さっさと呼べと言っておるのだ!」
老人の癇癪(かんしゃく)と脳の血管は今にでも破裂しそうで、これ以上彼を怒らせたら最悪の事態が起こることは容易く想像できた。
「ウォルフ、お前はもう行きなさい。」
「わかった。」
老人の怒鳴り声を背に受けながら、ウォルフはタンバレイン邸を後にした。
「ええ、タンバレインの爺さんがアレックスをあんたの婚約者と勘違いしてるだってぇ!?」
数分後、『ジャーヘッド』でラリーに今朝の出来事をウォルフが話すと、彼は大仰な溜息を吐いた後、カウンターに突っ伏した。
「まずいことになったねぇ。」
「あの爺さんは曲者だ。ごまかすにしてもそれなりの時間と労力が必要だ。」
「そりゃそうだけどさ、一週間は無理だよ。アレックスにはメールしたんだよね?」
「ああ。今すぐ来るって返事が・・」
「アレックス、どうしたの!」
二人が話していると、アレックスが店の中に入ってきた。
「ちょうどよかった、あんたにも説明しなくちゃね。実は・・」
ラリーが事の次第をアレックスに説明すると、彼の顔から血の気がじょじょにひいていった。
「ウォルフの婚約者としてタンバレイン家で暮らすなんて・・そんなこと、出来ない!」
「あの爺さんに殺されるよりはマシだろ。俺があんたを立派なレディに仕立ててやるからさ。」
「う・・ん・・」
こうしてアレックスは、一流のレディとなるための特訓を毎日放課後に受けることになった。
テーブルマナーやピアノ、社交ダンス・・レディとしての立ち居振る舞いをラリーから叩き込まれたアレックスは、レッスンが終わった後極度の疲労に襲われベッドから動けない日々を送った。
「これで、上出来だね。あとは・・運だね。」
「もしバレたらどうするの?」
「それを決めるのはあの爺さんさ。さぁ、胸を張っていっておいで!」
レッスン最終日、ラリーはそう言ってアレックスの肩を叩いた。
「ああ、どうしよう・・緊張する・・」
「大丈夫だ、俺がついている。」
タンバレイン家全員が揃う夕食の席に招かれたウォルフの婚約者“アシュリー”ことアレックスは、緊張でガタガタと全身を震わせていた。
(もしお爺さんにバレたら・・その前にディーンにバレたらどうしよう~!)
パニックになりながらウォルフの手を取り、リムジンから降りたアレックスを、突如フラッシュの洪水が襲った。
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