異母姉・アナスターシャとすっかり打ち解けた椰娜(ユナ)は、彼女と共にサンクトペデルブルク市内を観光した。
『どう、素敵な街でしょう?』
『ええ。お姉様が居て下さってよかった。こんな広い街に一人で放り出されたらどうなっていたことか。』
『あら、それは嬉しいわね。わたしね、今まで一人っ子として育ったから、あなたという妹が出来て嬉しいのよ。』
アナスターシャはそう言うと、椰娜を見た。
『お母様のことは許してあげて。あの人は、今まで辛い思いをなさってきたから。』
『辛い思いとは?』
『お母様は、男児を産むことが出来なかったの。その所為で、お姑さん・・わたし達のお祖母様に色々と嫌味を言われてきたそうよ。だからあなたの存在を知って、素直に喜べないんじゃないかしら?』
オリガと、自分の母との間に何があったのか、椰娜は知らない。
だが、正妻と愛人という立場からして、その関係は決して良好なものではないことは想像できる。
『お母様は、あなたのお母様の事を憎んでいらしたわ。自分に持っていないものを持っていたから、憎らしいと。』
『持っていないもの?』
『わたしにもよくわからないのだけれど、あなたのお母様はとても美しい方だったそうよ。外見は勿論、内面の美しさがおのずと滲み出ていらしたって、お母様が。』
異母姉の言葉を聞いた椰娜は、急に亡き母の事が知りたくなった。
『お前の母親の写真が見たい?』
『ええ、お父様なら持っていると思いまして・・もしお持ちなら、見せていただけないでしょうか?』
夕食前、ニコライの書斎を訪れた椰娜は、母の写真を見せてくれるよう父に頼んだ。
『ちょっと待っていなさい。』
ニコライはそう言うと、机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
そこには、鮮やかな韓服(ハンボク)姿の女性が映っていた。
まるで椰娜はその写真を見た途端、自分がそこに映っているような錯覚に陥った。
『お前に似ているだろう?』
『ええ。これが、わたしのお母さん・・』
『あいつには辛い思いをさせた・・出来る事ならお前と生きて、会いたかった。』
『わたしも、そう思います。』
椰娜はそう言うと、髪に挿していた牡丹の簪を抜くと、それをニコライに見せた。
『母の形見です。』
『これは、わたしが贈ったものだ。』
ニコライは簪を握り締めるなり、大粒の涙を流した。
『お父様、わたしは一度もあなたを恨んだことはありません。実の母親が居なくても、わたしには二人の母と、あなたが居ます。それだけで充分です。』
『そうか・・その言葉を聞いただけでも嬉しいよ。』
ニコライはそっと椰娜の手を握り締めると、乱暴に上着の袖口で涙を拭いた。
『あなた、テーブルマナーをご存知なのかしら?』
『ええ、向こうで一通り習いましたから。』
夕食の時間、オリガは無遠慮な視線を椰娜に投げつけながらそう言うと、鼻に皺を寄せて不快そうな表情を浮かべ、ナイフとフォークでステーキを切った。
『さぁ、頂きましょう?』
『はい、お姉様。』
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