千尋が中洲の高級クラブ『シャンテ』で働き始めてから一ヶ月が過ぎた。
「あんた、筋がいいねぇ。前は何をしとったの?」
「遊廓で働いていました。」
「へぇ、今の時代に遊廓がまだあるとね?」
「ええ、わたしの故郷には、江戸時代から続く遊廓や芸者の置屋さんがまだあって・・」
「千尋ちゃんの客あしらいが上手いんは、遊郭で鍛えられたからやねぇ。」
「まぁ、そういうことになりますね。」
千尋がそう言って自分にチップをくれた男性客・上田に愛想笑いを浮かべると、カラオケセットがあるステージへと向かった。
「上田さん、何か一緒に歌いましょうよ。」
「よかよ~」
ステージで千尋と上田が歌っている姿をフロアで見ながら、瑛子は千尋を雇って良かったと思い始めるようになった。
「光子、あんたが千尋を雇ったのは正解やったね。あの子、この仕事に向いとる。」
「そうですねぇ、ママ。あの子は遊廓育ちやから、自然と客あしらいも身に付けたんでしょう。」
「まぁ、あの子がこの店のナンバーワンになる日もそう遠くはなかろうね。」
瑛子はそう呟くと、煙草を美味そうに吸った。
「あんた、ちょっと来んね。」
「何でしょう?」
上田を店の前で見送った千尋がフロアに戻ろうとした時、『シャンテル』の先輩ホステス・奈美に彼女は声を掛けられた。
「あんた、新入りの癖に生意気やなかとね?常連さんに媚売って、恥ずかしいと思わんとね?」
「別にわたしは、上田様に媚など売っていませんよ?」
「何ね、先輩に向かってその口の利き方は!?」
千尋の言葉にいきり立った奈美は、千尋を殴ろうと腕を振り上げた。
「奈美、お客様を見送らんで何しとうとね!?」
「すいません~、今行きます~」
奈美はそう言って千尋を突き飛ばすと、店の入口へと向かった。
「大丈夫やった?」
「光子さん、助けてくださってありがとうございます。」
「奈美の事は気にせんでよか。あの子最近売りあげが落ちとるから、あんたに嫉妬しとるんよ。」
「千尋、あんたもうあがりんしゃい。」
「お疲れ様です。」
瑛子と光子に向かって頭を下げた千尋は、フロアの奥にある更衣室に入った。
私服に着替えた彼女は店を出ると、瑛子が住むマンションへと向かった。
マンションのエントランスのオートロックを解除した千尋がマンションの中に入ろうとした時、彼女は誰かの視線を感じた。
(気の所為ね・・)
「もしもし、吉田先生?あの子、見つけましたよ。」
マンション前にある植え込みの陰に潜んでいた男は、携帯で自分の依頼主と話をしていた。
「彼女は中洲にある高級クラブでホステスとして働いています。そのクラブのママと一緒に暮らしています。」
『そうか、貴重な情報をどうもありがとう。報酬は後で君の口座に振り込んでおくよ。』
「ありがとうございます。ではわたしはこれで。」
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