『お前、本当にあのゲオルグの弟なのか?』
『はい。あの、それが何か・・』
『いやぁ、クールなゲオルグとは正反対な性格だなぁって思ってよ。』
ヨハンはそう言うと、エルンストの顔をじっと見た。
『ゲオルグさんに弟さんがいらっしゃるなんて、初耳です。』
『兄の事を、ご存知なのですか?』
『ええ。ゲオルグさんは、お元気ですか?』
『はい。兄は家業を継ぐ為に、上の兄から仕事を教わったりしていて、毎日を楽しく過ごしております。』
『それは良かった。あんな事があって、ゲオルグさんがどうしているのかが心配だったから・・』
環の脳裏に、ゲオルグと最後に会った日の事が浮かんだ。
ルドルフ宛に届いたワインを毒見し、両目の視力を奪われたゲオルグ。
自らの身に起きた悲劇を嘆くことなく、凛とした姿でルドルフに別れを告げたゲオルグの事を、環は忘れられなかった。
『兄は、“目は見えなくなったけれど、その代わりに別の世界が見えた”と言っていました。』
『別の世界?』
『目は見えなくても、触覚や聴覚を使って、兄はわたし達と同じような生活を送っています。それに、兄には頼もしいパートナーがいますから。』
『パートナー? もしかして、ゲオルグさんは結婚していらっしゃるの?』
『いいえ。上の兄が、盲導犬の育成に力を入れているのです。残念ながらゲオルグは未だに独身です。パートナーのシェパードは雌ですが。』
『そう・・ゲオルグさんにどうぞ宜しくと伝えてくださいね。』
『はい、必ず伝えます。』
『お前達、わたしの部屋の前で立ち話をするな。』
環とエルンストが見つめ合っていると、背後からルドルフの不機嫌な声がした。
『皇太子様、初めまして、エルンストと申します。』
『お前がゲオルグの弟か。あいつから色々と話は聞いている。頭の切れる兄とは違い、少しおっちょこちょいの所があると。』
『す、すいません・・』
『まぁ、わたしに仕えるのだから、ゲオルグのように口煩い奴が居ると安心できないが、お前のように少し抜けた奴なら監視されずに済みそうだな。』
ルドルフはそう言ってエルンストを見ると、口端を上げて笑った。
『あの、これを・・』
『この封筒の中身は何だ?わたし宛ての恋文をまとめたものか?』
『いえ・・恋文ではありません。嘆願書です。』
『嘆願書?』
『はい。兵士達の間から、兵舎の環境が酷いという苦情が殺到しておりまして・・一度、皇太子様に目を通していただければと・・』
『解った、ご苦労だったな。』
ルドルフはエルンストから嘆願書を受け取ると、そのまま彼に背を向けて執務室へと入っていった。
『あの、わたしはこれから何をすればよろしいでしょうか?』
『自分で考えろ。取り敢えず、ルドルフの近くに控えていればいい。ただし、あいつの邪魔をするなよ。』
『はい、解りました。』
エルンストはぎこちない足取りで、ルドルフの執務室へと入っていった。
『あんなので大丈夫なのかねぇ?ゲオルグは上手くやっていたようだが。』
『ルドルフ様は、エルンストさんのことを気に入られたようですね。』
『何故、そんなことが解る?』
『さっきエルンストさんと話していた時のルドルフ様のご様子が、とてもリラックスされていましたから。』
『よくあいつの事を見ているな、タマキ。だからあいつはお前に頭が上がらないんだろうな。』
ヨハンがそう言って環の方を見ると、彼はクスクスと笑った。
『昨夜の舞踏会で大公様がワルツを踊られた相手、もうわたしは存じ上げておりますよ。恐らく、ミリさんも。』
『あいつの所に文句を言うつもりで来たのに、エルンストに調子を狂わされてもう怒る気も失くしちまった。』
『ルドルフ様の女装姿、わたしも拝見したかったです。』
『綺麗だったぞ、あいつの女装姿は。ガーターベルトまで付けて俺を誘惑してきたが。ああ、思い出すだけで鳥肌が立ちそうだから、俺はこれで失礼するぜ。』
ヨハンはそう環に言い捨てると、愛しい舞姫の元へと向かった。
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