『ルドルフ様、わざわざ迎えにくださらなくても宜しかったのに・・』
放課後、ルドルフと共に坂を下りながら環がそう言うと、ルドルフはクスクス笑った。
『わたしを教室の窓から見ていた女学生達の顔と来たら!古今東西、女は美男子に夢中になるのだな。』
『喜んでいる場合ではないでしょう?』
環が呆れ顔でルドルフを見た時、後方から雷鳴のような馬の蹄の音が聞こえたかと思うと、環とルドルフのすぐ傍を一台の馬車が猛スピードで通り過ぎていった。
『怪我はないか、タマキ?』
『はい・・』
『全く、あんなに急いで何処に行くというんだ?』
ルドルフが馬車を睨みつけてそう呟いた後、走り去った馬車が急停止し、その中から洋装姿の男が出て来た。
男は辺りを暫く見渡した後、彼はルドルフが自分の方を見ている事に気づいた。
「貴様、何を見ている!?」
『別に何も見ておりませんよ。それよりも、一体急いで何処へ行くのです?』
「おい、ここは日本だ!ちゃんと日本語で話さんか!」
男は持っていたステッキを振り回しながらそうルドルフに怒鳴り散らすと、彼の背後に立っている環の姿に気づいた。
「お前か、うちの娘に喧嘩を売ったのは?」
「まぁ、聞き捨てなりませんわね。貴方様はもしかして、県令の楢崎様でいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ!昨日、娘からお前に侮辱されたと泣きつかれて、わたしは今学校に苦情を言いに行こうとしていたところだ!」
富貴子の父であり、長崎県令である楢崎義貴(ならさきよしたか)は環を睨みつけた後、突然彼の手首を掴んだ。
「わたしと一緒に来い!」
「何を為さいます、お離しください!」
『わたしの妻に何をするんだ!』
ルドルフが義貴と環の間に割って入ると、義貴はルドルフに突き飛ばされて派手に尻餅をついてしまった。
「貴様、よくも県令のわたしに暴力を振るったな!タダで済むとは思うなよ!」
まるで蒸気機関車の湯気のような荒い鼻息を吐いた義貴はルドルフに唾を吐き散らしながら怒鳴ると、馬車の扉を荒々しく閉めた後二人の前から去っていった。
『ルドルフ様、あの方は県令様ですよ。』
『あんな下品な男が県令だと?信じられないな!』
ルドルフは不快感を露わにしながら吐き捨てるような口調でそう言うと、やや早足で坂を下り始めた。
『あの方は、この街を支配なさっているようなお人なのです。余り刺激なさらないほうがよろしいかと・・』
『あんな暴君にこの美しい街が支配されているのかと思うと、残念でならないよ。』
環はルドルフが必死に怒りを鎮めようとしている事に気づき、そっと彼の手を握った。
『日が暮れる前に帰りましょう。』
『あぁ、解った・・』
二人が帰宅して居間に入ると、直樹がルドルフの方へと近づいたかと思うと、拳で突然殴りつけた。
「叔父上、何を為さるのですか!?」
「ルドルフ、よくもわたしの顔に泥を塗ってくれたな!」
叔父の突然の行動に驚いた環がそう彼に抗議の声を上げると、直樹はそうルドルフに怒鳴って彼を睨みつけた。
「一体何があったのですか、直樹さん?」
「さっき県令の使者からこんな手紙がわたしの所に届いたんだ!」
直樹はルドルフの鼻先に、一通の手紙を突きつけた。
そこには、“告訴状”と、達筆な日本語で書かれていた。
「叔父上、これは・・」
「ルドルフに暴力を振るわれたから、訴えると県令が脅してきた!訴えられたくなければ、明朝自宅に謝罪に来いとその手紙には書かれている!」
「そんな・・ルドルフ様は、わたしを助けてくれたのですよ!」
にほんブログ村