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テーマ:ボランティア広場(373)
カテゴリ:Liberia(リベリア)のこと
西アフリカ、リベリアの戦争の写真展はきっとうまく行きます。
今、私はいろんなことに悩みを持っています。 でも、それでもきっとうまく行きます。そんな気がするのです。 昨日の高校生との出会いの話題に対して、皆さんからいただいたコメントは感謝して読んでいます。 その中のとぉーまさんのコメントに「内申のためのボランティア活動」という言葉がありました。 そうでしたね。 今、高校生や中学生はボランティア活動が受験に評価されるのですね。 今日はずっと、そのことを考えていました。 学生が受験を有利にするためにボランティア活動をする。 皆さんはいかが感じますか? いろんな意見があるでしょうね。 自分以外の人を助ける、それは、助けることが目的ではなく、自分の受験のための手段。 批判はできません。 日本だって、国際援助のODAは全て数値目標があり、予算立てはいつも外圧で高くなったり、配分が決まったりしている。 いい例が、国連の常任理事国入りのためにばら撒いたアフリカへの援助金でしょう。 私はリベリアに深い思い入れがあります。 でも、申し訳ないけど、イラクやパキスタンや、インドネシアに今と同じことができるかというと、おそらく無理だと思います。 高橋さんの写真集には「モモ・ファヤ・ムス・ギフト」という具体的な子どもが登場します。 「爆弾で片腕を失った6歳の女の子、ムス」 「内戦で反政府軍に両親を殺されたみなしごの、ギフト」 「13歳の時に少年兵にされてしまった、モモやファヤ」 高橋さんは3年をかけて、この子ども達の成長を見続けました。 彼らは、昔私が助産婦をしていたころ、リベリアの田舎ズエーデルで抱っこした赤ちゃんだったかも知れない。 「誰でもない、貴方を助けたい。」 それは、自己満足でも、内申や受験のためでもない、達成感のためでもない。 「今、私も同じ時代を生きている、そこに暮らしている、貴方の苦しみを感じ、少しでもやわらげたい。」 写真展のゴールはここです。 そして、これは、今私が考える、【私のゴール】です。 もうひとつ、皆さんへお願いしたいゴールがあります。 それは、次回に書けると思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[Liberia(リベリア)のこと] カテゴリの最新記事
私もメディカルメイク・パソコンボランティア・折紙ボランティアと色々ボランティア活動をしています。子供が中学生の時、ボランティア活動を授業の中でするのはいいのですが、先生も最後まで責任をもってほしいと思ったことが何度かあります。それは授業だけで、後はどうでもいいような無責任なやり方です。卒業してもそのまま・・・
あるブログの中で・・・ボランティアは自己満足と書かれた事があります・・・ そう思う人は・・それでいい 私は自分が許せる範囲、家族に迷惑のかからない 自分の心が苦しくならない・・・そんなボランティアをしたいから・・・ 私にも相手にも元気が伝われば・・・ よく表現できなくてごめんなさい また、お邪魔します (2005/11/19 07:07:10 PM)
昨日の高校生の話、携帯電話から興味深く読ませて頂きました。彼の発言を通して背後にあるもの、彼の心の中に何があるのかは読み取る事など出来ませんが、jojoさんとの出会いによって確実に(人としての)何かを感じ取ったのではないかと、ちょっと期待を込めて思いました。今頃jojoさんとのやりとりを思い出して何か考えてくれていると良いですね。
ボランティア、自己満足と言われる事も度々ありますが、動機は利他的な愛、愛に根ざしたものなんですよね。 (2005/11/19 08:23:26 PM)
今回のボランティアを通してリベリアの人たちの健康(身体や心も兼ねて)のために少しでも力になれればと思っています。私は助産師だからどうしても女性と子どもの平穏な暮らしや平和を願ってしまいますが…。
私はそう思っていますよ、jojoさん。 (2005/11/19 08:41:22 PM)
jojoさん、今目指すゴールが見えてよかった^^
私に何ができるかなってずっと考えてました。 私にできることはアフリカを理解すること。 そしてそれを家族や友だちに伝えていくこと。 私は今そんなふうに思っています。 jojoさんが悩まずに突き進む人だったら こんなに多くの応援団は集まらなかったのではないかしら? jojoさんの魅力はそこにあると思いますよ^^ (2005/11/19 09:49:32 PM)
内申って懐かしい響きでしたが、今はそんなのあるんですか?
ODAとかは目的が国益のため(自己のため)だけど、ボランティアって精神は人のためなのに。 自己のため(自己満足)になった時点でボランティアって呼ばないと思う。 なんか教育間違えてる気がしますね~。。 そういえば新しい教育基本法かなんかでボランティア活動を盛り込むとかありましたっけ…。 バカみたい。 (2005/11/19 10:04:30 PM)
私はじょじょさんのブログで、少年兵や爆撃で被害にあった女の子の高橋さんが写された写真を見、やはり自分の子ども達とだぶるのです
だから、素通りはできないのです それが自分中心の考え方だといわれれば否定できません でも、何かがしたいのです 自分だけがこんなに幸せでリべリアの子ども達に申し訳ないのです 気持ちはあるのですが、こんな些細なお手伝いしかできないことが心苦しいです (2005/11/19 11:48:32 PM)
beninoaさん
>大丈夫だよ。 >こうして、沢山の人たちがじょじょさんを見ている。 >見守っているから ----- ありがとうございます。 これからも、よろしくお願いします。 (2005/11/20 12:58:58 AM)
内申のためのボランティアですか・・・
なんだかな~と思ってしまうけれど、子供たちが何かを感じるきっかけにはなるんじゃないでしょうかね・・・ 内申のためでも、ボランティア活動がなければ知らなかったけれど、ソレをきっかけに知ることができる、と考えれば。 (2005/11/20 07:04:31 AM)
ボランティア活動が内申書に反映するんですか?
知りませんでした。 小学校の時は、赤い羽根共同募金とかで、受動的なボランティアをしていたと思いますが、中高では、普通にボランティアが身近にあったので、驚きです(まぁ、年代が違いすぎるんでしょうが)。 でももしかしたら、当初はやらされての活動だったことが、経験してみて、能動的になっていくキッカケになるかも知れないと思うので、まぁ、これからの課題になっていくでしょう。 jojoさんのゴールを知ることが出来て嬉しいです。 偶然のキッカケでjojoさんがこれから活動なさろうとしている写真展のビーズ作りに立候補したものの、11月16日のブログを拝見してからは、一体何も知らない自分が参加していいのか、一体何が出来るのだろうか。何もできやしないのに、傲慢ではないか、とめずらしく悩んでいました。 でもやっぱり、私が参加したいのは、私が出来ることだからという理由があります。(勿論その他、自分の子供達とダブってしまって、なんとかできることはないかといつも暗中模索しているのですがと。) jojoさんのゴール、わかりました。 お願いしたいゴールのお言葉、聞かせて下さい。 (2005/11/20 09:32:15 AM)
こねとろさん
>私もメディカルメイク・パソコンボランティア・折紙ボランティアと色々ボランティア活動をしています。子供が中学生の時、ボランティア活動を授業の中でするのはいいのですが、先生も最後まで責任をもってほしいと思ったことが何度かあります。それは授業だけで、後はどうでもいいような無責任なやり方です。卒業してもそのまま・・・ >あるブログの中で・・・ボランティアは自己満足と書かれた事があります・・・ >そう思う人は・・それでいい >私は自分が許せる範囲、家族に迷惑のかからない >自分の心が苦しくならない・・・そんなボランティアをしたいから・・・ >私にも相手にも元気が伝われば・・・ >よく表現できなくてごめんなさい >また、お邪魔します ----- はじめまして。 来て下さってありがとうございます。 昨夜、コメントを書いていたらメンテナンスで中断! 昨夜の(今日ですが)メンテナンス、早い時間に始まりましたね。 そちらのプロフを見て、一瞬でこねとろさんのことが好きになりました。 いろいろ悩みつつも、これから長くお付き合いのほどを。 (2005/11/20 10:07:50 AM)
☆★☆タイガー・ウッズ&乙姫さん☆★☆さん
>昨日の高校生の話、携帯電話から興味深く読ませて頂きました。彼の発言を通して背後にあるもの、彼の心の中に何があるのかは読み取る事など出来ませんが、jojoさんとの出会いによって確実に(人としての)何かを感じ取ったのではないかと、ちょっと期待を込めて思いました。今頃jojoさんとのやりとりを思い出して何か考えてくれていると良いですね。 > >ボランティア、自己満足と言われる事も度々ありますが、動機は利他的な愛、愛に根ざしたものなんですよね。 ----- こんにちわ。 チラシ届きましたか? 今日の日記には雪だるまと、その後姿の鏡餅をトンボ玉で作ったものをアップしています。 鏡餅の上にはみかんが乗っかっています。 もちろん、送っていただいたみかんを思い出しながら。 人との出会いは、その瞬間には意味が分からなくても、数年後、数十年後に意味を持つこともあると思います。 私も彼との出会いの意味を、これから先に理解できるかもしれません。 (2005/11/20 10:11:26 AM)
あの・・・ ボランティア=自己満足 って、自己満足のためにボランティアをやってはいけないのですか?
勘違いかもしれないけど、こちらでの書き込みを見ていると自己満足と言う言葉に否定的な意味合いがあるように思われまして。 勘違いだったら申し訳ないけど、以下、私の考え方です。 私は自己満足で行動することが悪いとは思いません。 だって自分が何かをやりたいから、行動するのですもの。誰だって行動の動機は自己の欲求であり、結果に納得がいく時は自己満足じゃないんですか? 何かをした後、誰から褒められても自分が満足しないとその仕事に満足できない、ってこと、ありません? またその「満たされない感じ」があるからこそ、人はより高いところに目標を持って生きていけると感じています。 私の文で解りにくかったら、スポーツ選手や芸術家を想像して貰えればわかりやすいと思います。 なので、ボランティアの人は、スポーツ選手がより高見を求めるように、困っている人を助けたいという想いが溢れている人なのだと思います。 私がそう思っていたところで、「所詮自己満足じゃん」と否定的な感情をむき出しにする人に傷つけられた心は癒されないと思います。 ただ、私は、そう言う人は「何かに一生懸命になったことがないからそう言えるのだ」と感じています。 (2005/11/20 10:11:31 AM)
>学生が受験を有利にするためにボランティア活動をする 私は学校の現場の実情を知らないので、この言葉から思うのは、「困っている人のことを知るきっかけになるなら、受験のためのボランティアでも良い」、と思います。 言葉で、「豊岡の水害で畳が泥まみれで大変だった」とTVで知るより、ドロに浸かった重い畳を運ぼうとしたり、重機を使って運ぶ姿を直に見る方が、はるかに貴重な経験になります。 今は受験のためでも、大学入って余裕が出来たら、ニュース見ながら「手伝いに行こう」と思うかもしれないし、キノコの栽培に海外に行くかもしれないじゃないですか。 気持ちはあるけど何をしたらいいのか解らない、と言う人の後押しになるかもしれないなら、それで良いと思います。 生徒に関してはそう思っていますが、先生に関しては、興味があろうが無かろうが、国や自治体の方針で強制的に仕事としてやらされるので、「教師になんでも押しつけすぎ」と受け止めています。 ボランティアのための専属をつけ、そのための授業もする、とか、夏期講習でその時間をもうける、とか、なにか考えればいいのに、と思っています。 (2005/11/20 10:15:30 AM)
機械犬♪さん
>今回のボランティアを通してリベリアの人たちの健康(身体や心も兼ねて)のために少しでも力になれればと思っています。私は助産師だからどうしても女性と子どもの平穏な暮らしや平和を願ってしまいますが…。 >私はそう思っていますよ、jojoさん。 ----- 途上国への支援は、リプロダクティブヘルス・女性のエンパワメント・子どものアドボカシーなどなど。 キーワードを見るだけでも女性と子どもの健康が重要です。 助産師ができることは山ほどありますよ! (2005/11/20 10:16:18 AM)
vivi-anさん
>jojoさん、今目指すゴールが見えてよかった^^ また、そのうち悩むのですが。 厄介な奴、とお付き合いください。 >私に何ができるかなってずっと考えてました。 >私にできることはアフリカを理解すること。 >そしてそれを家族や友だちに伝えていくこと。 >私は今そんなふうに思っています。 ありがとうございます。 viviさんが発信したものがこの楽天内でも広がっているのを感じています。 こんな人のネットワークが、じわりじわりと広がることが大切かもしれませんね。 >jojoさんが悩まずに突き進む人だったら >こんなに多くの応援団は集まらなかったのではないかしら? >jojoさんの魅力はそこにあると思いますよ^^ 「ほっとけないじょじょ」ですね。 (2005/11/20 10:22:33 AM)
あんず3251さん
>内申って懐かしい響きでしたが、今はそんなのあるんですか? >ODAとかは目的が国益のため(自己のため)だけど、ボランティアって精神は人のためなのに。 >自己のため(自己満足)になった時点でボランティアって呼ばないと思う。 >なんか教育間違えてる気がしますね~。。 >そういえば新しい教育基本法かなんかでボランティア活動を盛り込むとかありましたっけ…。 >バカみたい。 ----- おそらく本来のボランティア精神から、活動を始めている人がほとんどだと思います。 しかし、受験に有利になることも事実なのでしょうね。 内申のためでも、そのきっかけがなければやらなかったことを、若い人が行動を始めることは、それはそれでいいのかもしれないです。 昔は「部活」を受験に有利になるって続けていた人がいましたから、同じようなものかなと思います。 学生を指導する先生方がボランティアとは何か、を見うしなければ学生は良い方向に進むと思います。 (2005/11/20 10:27:02 AM)
キラたらさん
>私はじょじょさんのブログで、少年兵や爆撃で被害にあった女の子の高橋さんが写された写真を見、やはり自分の子ども達とだぶるのです >だから、素通りはできないのです >それが自分中心の考え方だといわれれば否定できません >でも、何かがしたいのです >自分だけがこんなに幸せでリべリアの子ども達に申し訳ないのです >気持ちはあるのですが、こんな些細なお手伝いしかできないことが心苦しいです ----- 日本に生まれたことは偶然で、その恩恵にあずかるのは私達にはどうしようできないことです。 日本に生まれた私達には、日本に生まれた苦しみがあると思います。 リベリアに生まれた子どもたちも、それは偶然でそのために命が脅かされるのはまったく不幸としかいえないですね。 「世界はひとつ」なんて、遠いことと感じます。 でも、キラたらさんのように、アフリカの子どもを自分の子どもと重ねるのは、知らない国の人々を理解するひとつの道だなと思いました。 (2005/11/20 10:32:28 AM)
ろーぱー614さん
>内申のためのボランティアですか・・・ >なんだかな~と思ってしまうけれど、子供たちが何かを感じるきっかけにはなるんじゃないでしょうかね・・・ >内申のためでも、ボランティア活動がなければ知らなかったけれど、ソレをきっかけに知ることができる、と考えれば。 ----- 内申のためにボランティアをする人を責めることはできませんものね。 そんな受験システムしか作れない大人に責任があるのです。 私もボランティア活動が、学生の知らない社会を見よう、知ろうとするきっかけになればいいなと思っています。 (2005/11/20 10:35:16 AM)
Dafneさん
>でももしかしたら、当初はやらされての活動だったことが、経験してみて、能動的になっていくキッカケになるかも知れないと思うので、まぁ、これからの課題になっていくでしょう。 そうですね。 知るためのきっかけは何でもいいのかもしれませんね。 少しでもそのきっかけの選択肢がたくさんあったほうが、いろんな学生に役立つかもしれないですね。 >jojoさんのゴールを知ることが出来て嬉しいです。 >偶然のキッカケでjojoさんがこれから活動なさろうとしている写真展のビーズ作りに立候補したものの、11月16日のブログを拝見してからは、一体何も知らない自分が参加していいのか、一体何が出来るのだろうか。何もできやしないのに、傲慢ではないか、とめずらしく悩んでいました。 申し訳ないです。 きっと、多くの方の心に重いものを残してしまったと思います。 「誰がどう」、とかではなく、「自分の問題」として語るべきなのに、他の人を話題にしてはいけないですね。 傲慢ではないのです。 皆さん、それぞれの思いで参加させていらっしゃることは十分感じているのです。 >でもやっぱり、私が参加したいのは、私が出来ることだからという理由があります。(勿論その他、自分の子供達とダブってしまって、なんとかできることはないかといつも暗中模索しているのですがと。) 肌の色は違っても同じ子ども。 そこに苦しむ子どもがいることは、母としてつらいものですね。 >jojoさんのゴール、わかりました。 >お願いしたいゴールのお言葉、聞かせて下さい。 ありがとうございます。 皆さんそれぞれのゴールがあると思うのです。 後日、まとまった考えを書きますね。 こんな、ややこしいjojoですが、細く、長くお付き合いいただけると、助かります。 これからも、よろしくお願いします。 (2005/11/20 10:42:00 AM)
つくし28さん
>自己満足のためにボランティアをやってはいけないのですか? > >勘違いかもしれないけど、こちらでの書き込みを見ていると自己満足と言う言葉に否定的な意味合いがあるように思われまして。 つくしさんが言うように、ボランティアの一面は自己満足であることはまちがいありません。 私もそう思います。 特に私はそうです。 以前書いていますが、私は人の痛みがわからなかったり、人からいいように見られたいと言う気持ちが強かったりします。 いましていることが、他人からどう評価されるのか、それがとても気になります。 他の人が「いいこと」「素晴しいこと」といってくれると安心します。 >だって自分が何かをやりたいから、行動するのですもの。誰だって行動の動機は自己の欲求であり、結果に納得がいく時は自己満足じゃないんですか? そのとおりです。 「ありがとう」っていってもらえないと、「本当にやってよかったかな?」と不安になります。 >私がそう思っていたところで、「所詮自己満足じゃん」と否定的な感情をむき出しにする人に傷つけられた心は癒されないと思います。 >ただ、私は、そう言う人は「何かに一生懸命になったことがないからそう言えるのだ」と感じています。 自己満足から始まるのだけど、さらに突き詰めていくと違う視野が開けると思うのです。 相手が「ありがとう」といわなくても、相手の役に立つことをする。 相手が「ほっといてくれ」といっても必要なことを行なう。 そのためには自分自身の強さや信念や、正確な判断が必要だとおもいます。 このことに関しては、もっと考えて、書き込んでいきますね。 つくしさんの意見をこれからも聞かせていくダサいね。 そちらの日記にも感謝しています。 (2005/11/20 10:50:49 AM)
つくし28さん
>私は学校の現場の実情を知らないので、この言葉から思うのは、「困っている人のことを知るきっかけになるなら、受験のためのボランティアでも良い」、と思います。 > >言葉で、「豊岡の水害で畳が泥まみれで大変だった」とTVで知るより、ドロに浸かった重い畳を運ぼうとしたり、重機を使って運ぶ姿を直に見る方が、はるかに貴重な経験になります。 >気持ちはあるけど何をしたらいいのか解らない、と言う人の後押しになるかもしれないなら、それで良いと思います。 > >生徒に関してはそう思っていますが、先生に関しては、興味があろうが無かろうが、国や自治体の方針で強制的に仕事としてやらされるので、「教師になんでも押しつけすぎ」と受け止めています。 >ボランティアのための専属をつけ、そのための授業もする、とか、夏期講習でその時間をもうける、とか、なにか考えればいいのに、と思っています。 ありがとうございます。 私も学生に関しては同じ思いがあります。 そして、大切なのは教師や親や、大人側の因子かなとも思います。 教師まで「受験のため」と学生に接しては、学生はそれ以上視野を広めることができないでしょうね。 (2005/11/20 10:53:17 AM) |