レクイエム─川島なお美
愛知県出身の女優川島なお美が胆管がんのために亡くなりました。私も外科臨床医として過ごした33年間に癌の手術(乳がん、甲状腺がん、食道がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、胆管がん、膵臓がんなど)を多数手がけ、不幸にして再発・進行で亡くなった患者さんをたくさん見送って来ました。報道から知る彼女のがんとの闘いと死に様を検証したいと思います。まず彼女は無類のワイン好きとして知られていました。肝臓がんの診断がついた時に、まずワインの飲み過ぎが発がんの原因ではないかと言うことが頭をよぎっただろうと思います。「ワインに申し訳ない」と言って、その後自宅ではワインを控え、外では急にワインを止めては怪しまれるとワインを飲み続けていたそうです。ワインに加えられる酸化防止剤(亜硫酸塩)に発がん性があると言われたことがあります。しかし、胆管がんの発症リスクに関係していると言う証拠はありません。アルコール類の発がんリスクはタバコや他の食品に比べて総合的には低いと言うのが現在の通説です。胆管がんの発症リスクとしてはっきり証明されたのは印刷業界で校正印刷の過程で使われている「ジクロロメタン」「1,2-ジクロロプロパン」です。厚労省も職業病として認定しました。昨年8月に診断され、今年1月に手術されたそうですが、最初は良性なのか悪性なのか診断が難しかったようです。切ってみないと悪性か良性か判らないということも言われたようです。胆管がんは肝臓で作る胆汁が十二指腸まで流れる管に出来ますが、出来る場所により症状の出方は違います。総胆管と言う肝臓から出て十二指腸へ合流するまでの間に出来るとがんによって胆汁の流れが塞き止められて、早くから黄疸が出るために、比較的小さなうちに見つかりますが、肝内胆管に出来た場合には全く無症状で診断が難しいのです。彼女の場合も恐らく検診のエコー検査で見つかったのではないかと思いますが、その時点でかなり進行していたのではないかと思います。1月に12時間に及ぶ内視鏡手術を受けたとのことですが、果たしてそれでよかったのでしょうかこれはかなり問題ありと考えます。彼女は仕事が忙しく、悪性か良性かも判らずに手術を受けることを躊躇し、いろいろな医者を転々としたようです。また手術の方法についても早く仕事に復帰出来るようにと内視鏡手術を選択したようです。しかし、診断のついた昨年8月の時点で開腹手術を選択していれば、結果は随分変わった可能性があります。内視鏡手術は時間がかかりますが、手術侵襲が少なく回復が速いのが特徴で、彼女の場合も1週間で退院してよいと言われもう少し長くと希望して10日で退院したそうです。しかし開腹して直視下に手術するのと比べると、リンパ節の廓清など細かいところで、不十分に終わった可能性があります。術後の補助療法としての抗がん剤治療も放射線治療も拒否をしたと言いますがそれはよかったのでしょうか残念ながら、胆管がんに関しては確実に効くと言う抗がん剤もありませんし、放射線治療も有効性は疑問ですので、これはこれでよいと思います。舞台の降板会見後10日で亡くなり、あまりにも速い結末に驚きました。昔はがんの告知はしない、予後告知なんてとんでもないと言う時代でしたが、今はそうではありません。がんの告知はもちろん、余命どれくらいですからその間に出来ることをして下さいと言うのが常識です。恐らく彼女も会見時には死期を悟っていたと思います。その上で最後の大芝居を打って、女優としての人生を全うしたのだと思います。(合掌)