カスピ海で偲ぶ山への憧れ
カスピ海の海に浮かびつつ、山を慕う一文。カスピ海の風の街バクーは昨日も外に出れば、したたる汗のしとどに肌ににじむ一日。アゼルの乙女らは、その炎天を気にもかけずして、美形の乙女、あるいは思い合うふたり連れ立ちて思いおもいの薄絹と髪形に美しく装いてわが宿のそばの緑陰濃き石畳を闊歩するなり。この国にては、年の頃はや壮年のふたりも、うら若き乙女たちも仲良く連れ添い、時には手をつなぎて歩むうるわしき風習あり。 今日も、暑き一日となる気配にて、海辺にて憩う算段。ひねもす無為に無頼の時をすごす歓びはあれど、心の底に埋火のごとく潜む思いはいささかも消ゆる兆しあらじ。過ぐる年は、南の千丈、甲斐駒、北の常念、穂高と歩み、雪渓に頬を冷やし、渓流に脚を冷やすも、汗ばむ時候なれば冷えし麦酒を五臓六腑に流し込んで、柳蘭の薄紫の花の夕暮れに消え果るまで、峠の茶屋の木の椅子に座りて憩ふ。 山の湯や まだ尾根駆ける 夏の雲下記は、雲の上なる散歩道、南アルプス千丈が岳の頂。 このカスピ海の街は、山より遠く、かつ山に登るという慣わしあらざりて地図の入手もおぼつかなく、国境には小さな豹もいるとかや。とめどなき山への憧れを、いにしえの折の写真などとりいだしてしばし心なぐさむ。下記に示したる写真は、一人身の折に、燕岳より大天井岳に至り、遠き槍の雪嶺を遠望せる折の思い出の一枚。無私、無欲、ただただ満ち足りた至福の時。 いま一枚、槍が岳山頂付近より天下の険を覗うの図。かくなる岩の上に居る時の至福を一度覚えたらば、生涯、飽くなき山への虜となるもせんかたなし。 前世は何かはしらねども、袖摺りあうも他生の縁、素通りなさらずに、掲示板にひとこと、三言。心に思いつきし言の葉など、したためられたし。