渋谷 凝縮した密度の濃い街
渋谷は、澁谷川の渓谷沿いに生まれた街です。渋谷川は新宿御苑の中にある池を水源としている極めて小さな川ですから、昔も今も深い渓谷を掘る程の水量はありませんでした。それなのに何故か渋谷付近では東西の両側の台地はかなり高く、谷底の部分の平らな土地は少ないのです。従って、渋谷の街は、坂の街としてスタートし、狭い谷底にぎゅうぎゅうに詰められて発展しました。それが顕著に現れている現象が、交通機関の凝縮度が極めて高いことです。JR 山手線の渋谷駅に接続する私鉄と地下鉄は、東横線、田園都市線、井の頭線、地下鉄銀座線、地下鉄半蔵門線、地下鉄副都心線と数が多く、今年(平成25年)東横線と地下鉄副都心線が連結したことで、東武東上線と西武池袋線とも直結することになり、都合8本の電車が集中する駅となりました。狭い場所に私鉄、地下鉄の乗換駅が集中するので、その配置は平面的には収まらず、立体的になっています。JR 山手線と井の頭線の駅は地上2階にあり、長い連絡路で結ばれています。田園都市線と地下鉄半蔵門線は地下2階で繋がっています。地下鉄銀座線の渋谷駅は東急デパートの横腹を突き抜けて地上4階に造られています。この度、地上2階にあった東横線の終点駅は地下鉄副都心線と接続するため地下5階に降りました。東急財閥グループは、東横線が地下鉄副都心線と接続する時期に合わせて、宮益坂側にあった東急文化会館を撤去して、その跡に「ヒカリエ」という超高層ビルを建設しました。その目的は接続によって増える西武線と東武線の乗客も渋谷に呼び止めることです。そのためには立体化する駅と駅との間の乗り換えを便利にして渋谷駅がターミナ駅としての機能を維持することです。ヒカリエ正面入り口にあるエスカレーター「アーバンコア」は乗客が上下移動を容易にするための装置です。(写真1、2)写真1 渋谷ヒカリエ写真2 ヒカリエ内に設置された「アーバンコア」 地下3階から地上4階へ吹き抜け通路しかし、今まででも複雑であった渋谷駅での乗り換えは、東横線の地下化で益々複雑になり、乗客は渋谷で乗り換えるのを避け、渋谷を素通りして、直接新宿や横浜に行くようになりました。人間はもともと地上で生活してきたものですから、水平的な移動には慣れていても、垂直的な移動は不得手です。渋谷の駅と駅との連結構造を蟻の巣構造というように上下の移動が多いのです。便利にしようとしてコンパクトにした渋谷の駅は、複雑で不便なものになったのは皮肉です。それはともかく、超高層ビル「ヒカリエ」は、オフィス、レストラン、ミュージカル劇場などの総合複合ビルです。これまでは渋谷のイメージが若者のファッション街であったのを、今後は大人の IT 情報発信基地の街に脱皮させようとするもので、DeAN 本社などの大手のソフトウエア企業が既に入居しています。1990年代から「渋カジ(渋谷カジュアル)」と言われた若者の街は、転換のきっかけを掴むでしょう。NHK 本社の渋谷移転以降、渋谷には既にコンテンツ系の中小企業が集積してます。近傍の代々木、青山にもコンテンツ系のベンチャー企業が集まっています。ヒカリエが核となって大企業と中小企業との協業関係が促進されることが期待されます。また、これまでは渋谷の街の賑わいが山手線の外側に偏っていましたから、ヒカリエが山手線の内側の発展に貢献することも期待されます。乗り換えの不便さは、やがて人々が慣れてくれば改善されるでしょう。もう一つ、渋谷がぎゅうぎゅう詰めの街であることを象徴する現象がハチ公前のスクランブル交差点です。立体化した沢山の渋谷の駅々からは夫々沢山の乗客が下車します。彼らは、一斉に渋谷の繁華街であるセンター通り、道玄坂通り、公園通りへ向かいます。流域の広い川が何本も集まってきて一気に狭い峡谷を通り抜けるように、人々はこのスクランブル交差点に激流となって殺到するのです。(写真3、4)写真3 渋谷ハチ公前スクランブル交差点写真4 スクランブル交差点の混雑ぶりスクランブル交差点の街角のビル2階にスターバックスがありますが、そこからクランブル交差点の激流を見た外国人旅行者は、よく人と人がぶつからないものだと感心して、コーヒーを飲みながら繰り返しその光景を眺めて飽きなかったと言っていました。街の凝縮現象が観光名所になる程凝縮しているのです。トラクックに広告塔を載せて街中を徘徊する広告専用トラックが最近多くなっていますが、そのトラックが東京の街で一番多く走っているのが渋谷だそうです。狭くて混雑する渋谷の街の道路を、のろのろ走る広告専用トラックは、一般車の邪魔者ですが、それだけ広告効果が大きいわけで、さすがに広告会社には広告の効果が良いのは凝縮した渋谷だと分かっているのです。(写真5)写真5 スクランブル交差点を行く広告専用トラック(以上)