土人の子どもたちに囲まれた
私が小学校低学年の頃、学校の教師をしていた私の母は、ときどき日曜日に幼い私を連れて生徒の家庭訪問をしたことがあります。おそらく母は、我が子が日曜日に独りぼっちで過ごすことが可哀想だと思って、家庭訪問に私を連れて行ってくれたのでしょう。 そんな家庭訪問の思い出の一つとして、いまでも強烈な記憶として残っている体験があります。それは奈良市から近鉄の電車の駅を乗り継いでたどり着いた農村地帯にある生徒の家に家庭訪問をしたときのことです。訪れた大きな藁葺き屋根の豪邸は、青々とした水田の広がりのなかに建っていましたが、私たち親子を見つけると周辺で遊んでいた子どもたちがワーッと集まって来ました。その子どもたちの様子が奈良の町で育った私には異様なものに感じられました。こんな表現を使うと大変失礼なこととは思いますが、土人の子どもたちに取り囲まれたように感じたのです。子どもたちはみんな真っ黒の顔をしており、着ているランニングシャツも土と泥に汚れていました。 いまではテレビに映る農村の子どもたちは街の子どもたちと大きな違いを感じることがありませんが、私の子どもの頃(1950年代末から1960年代初)は全国的に都市と農村に文化的に大きな格差があったのですね。 訪れた家庭は靴下生産工場を経営していたのでしょう、お父さんが私たち親子に見せるために織機を一台外に出して、女子職員によって靴下を編み出す様子を見せてくれました。この昔の記憶からネットで調べてみましたら、奈良県は全国の5割を占める生産量ナンバーワンの県だそうで、昔から靴下生産が盛んだったとのことでした。