八日目の蝉 角田光代(著
八日目の蝉 角田光代(著あらすじは、不倫相手の子を流産した主人公・希和子がその男の妻が産んだ娘を誘拐して3年半の逃亡を続けた。ということ。単純だ。しかし犯罪者となる希和子を悪人として見る読者はいない。狂乱者として希和子を認識する読者もいない。それは、希和子が法と人道を犯してまで何故誘拐したのか、気持ちが分かるからだ。共感できるからだ。決してその行為を認めるわけにはいかないが、希和子個人を憎めないのだ。何故か。それを母性愛を共感できるからという書評も少なくない。でもこれって母性と判断してよいのだろうか。作者 角田光代は巧みな仕掛けを施している。ひとつ目が希和子の頭の中でかん高い音がするのと赤子の大きな泣き声がシンクロすると、希和子の潜在意識が普段の意識より前に出てしまうことだ。魂と同じではないが程近い、潜在意識が“暴走”したからこそ、希和子の逃亡を成功させるチャンスが次々と訪れるのだ。いわゆる計画的犯罪ではチャンスは作らないと訪れない。誘拐直後の火事、初期容疑者の間違い、次々と恵まれる宿泊場所。これらは全て、希和子の潜在意識が引き寄せているのだ。そういう観点で読むのも有りかと思う。横尾けいすけ Yokoo Keisukemail to keisuke450@gmail.com