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2006年03月15日
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真野博士
 九州帝国大学総長真野文二博士は、先年日比谷で電車に衝突《ぶつつか》つた事があつた。その折総長は小鰻《こえび》のやうに救助網の上で跳ね廻りながら、
 「馬鹿な運転手めが……」
と首を縊《し》められたやうな声をして我鳴つたが、運転手の方でも負けぬ気になつて、
 「禿頭の間抜め!」
と怒鳴り立てた。禿頭といふのは真野博士が色々の智識を蔵《をさ》めてゐる頭の事で、林伯や児玉伯や馬鈴薯《じやがいも》男爵などの頭と同じやうにてかてか光つてゐる。
 それ以後真野博士は電車は怖いものに定《き》めてしまつて、どんな事があつても電車にだけは乗らうとしない。
 その真野博士が去年の夏、樺太《かばふと》へ往つた事があつた。知合《しりあひ》の男に二頭立の馬車召周旋して呉れるものがあつたので、博士は大喜ぴでその馬車に乗つた。だが、電車の運転手に発見《みつけ》られた禿頭だけは樺太人《かばふとじん》に見せまいとして、大型の絹帽《きぬぼう》をすぽりと耳まで冠《かぶ》る事を忘れなかつた。
 博士が乗つた馬車の馬は、二頭とも馬車馬としては何《なに》の訓練もない素人の、加之《おまけ》に気むづかしや揃《ぞろ》ひと来てゐるので、物《もの》の二|町《ちやう》も走つて、町の四つ角に来たと思ふと、一頭は右へ、一頭は左へ折れようとして喧嘩を始めた。万事に公平な真野博士は、敦方《どちら》の馬にも味方をし兼ねて、
 「お、お、お……」
と蒼くなつて狼狽《うろた》へてゐる。
 馬車馬の喧嘩は樺太《かばふと》でも珍らしい事なので、さうかうする間《うち》に其辺《そこら》は見物人で一杯になつた。どちらを見ても知らぬ顔なので、博士は急に東京の宅《うち》が恋しくなつて泣き出しさうな顔を歪めてゐた。気短《きみじか》な馬はとうと噛合《かみあひ》を始めた。その拍子に馬車が大揺れに揺れたと思ふと、大型な絹帽がころくと博士の肩を滑り落ちた。無慈悲な見物人は滑《すべ》つこい博士の頭を見て声を立てて笑つた。
 それ以来、博士は二度ともう馬車に乗らうと言はない。電車、馬車11敬愛すべき博士の交通機関の範囲は段々狭くなつて来るやうだ。





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最終更新日  2006年04月16日 21時57分35秒
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