今年の教科書検定で「侵略戦争｣を「自存自衛の戦争」と記述した育鵬社版教科書が検定合格となったのは大きな問題であるが、その他のまともな教科書も、下村文科相の意向で無理やり記述を「修正主義的に」変更させられていると、１６日の東京新聞が報道している；

　「謙虚さ」や「自らに厳しい」ことを美徳と教えられてきた世代にとり、この国の教科書は反面教師に映りつつある。２０１６年度から使われる中学生用の教科書の検定結果が６日、公表された。「これまで光と影のうち、影の部分が多かった」という下村博文文部科学相の意向に従い、歴史の一部の記述は修正主義ともいえる内容になった。自国を自画自賛する「ヘイト本」が脳裏をよぎる。（篠ケ瀬祐司、沢田千秋）


　焦点の一つは、関東大震災（１９２３年）直後の朝鮮人虐殺事件の記述だ。

　教科用図書検定調査審議会（検定審）は、二つの出版社の教科書に「検定意見」をつけた。その後、２社は記載内容を変更した。

　一つは清水書院（東京）の教科書。原文は「警察・軍隊・自警団によって殺害された朝鮮人は数千人にものぼった」としていた。

　検定審は、この犠牲者数に「通説的な見解がないことが明示されていない」として、注文を付けた。

　結局、同社は「当時の司法省は２３０名あまりと発表した。軍隊や警察によって殺害されたものや司法省の報告に記載のない地域の虐殺を含めるとその数は数千人になるともいわれるが、人数については通説はない」と「修正」した。

　もう一つは「学び舎」（東京）の教科書。「軍隊・警察や、住民がつくった自警団によって数千人の朝鮮人が虐殺された」とし、欄外に犠牲者数を「約２３０人（当時の政府調査）や、約２６１０人（吉野作造調査）、約６５１０人（日本にいた朝鮮人たちによる調査）などがあるが、虐殺された人数はさだまっていない」と記した。

　これでも「意見」がつけられ、「数千人」は「おびただしい数」になった。

　専修大学の田中正敬教授（朝鮮近代史）は「『数千人』は近年の研究における数字だ。司法省発表の犠牲者約２３０人は自警団による事件のみ。軍や警察による殺害は抜けており、小さすぎる」と解説する。

　根拠の一つは、上海にあった大韓民国臨時政府の機関誌「独立新聞」（２３年１２月５日付）に載った調査報告。被害者数は６６６１人としている。

　これを立教大の山田昭次名誉教授（日本近現代史）は、著書『関東大震災時の朝鮮人虐殺』で「在日本関東地方擢災（りさい）朝鮮同胞慰問班」の調査と判断。山田氏の再計算では、犠牲者数は６６４４人だった。

　田中教授は「何をもって通説かを示していない。通説か否かは国家機関が判断すべきでもない。一人でも虐殺されていれば、虐殺になる。政府が犠牲者数を調査、公表してこなかったことこそ問題だ」と話す。

　朝鮮人虐殺を検証した『九月、東京の路上で』の著者、加藤直樹氏は中央防災会議の『一九二三関東大震災第二編』に「官憲、被災者や周辺住民による（朝鮮人らへの）殺傷行為」の犠牲者数が「震災による死者数の１～数パーセント」とされている点を指摘。震災の死者の総数が約十万人だとすれば、数千人になる。

　加藤氏は「数千人と司法省発表の約２３０人のどちらの妥当性が高いかは明らかだ。それでも『通説はない』と加えようとするのは、被害者数を過小評価する意図を感じる」と語る。



【教科書検定】　出版社がつくる小中高校の教科書を、文部科学省が発行前に審査する制度。合格しなければ教科書と認められない。戦前は国定教科書だったが、１９４８年度から現在の方式が導入された。文科省職員の教科書調査官が、学習指導要領と検定基準に照らして内容を審査して「調査意見書」を作成。それを基に大学教授らでつくる教科用図書検定調査審議会が審査する仕組みになっている。

２０１５年４月１６日　東京新聞朝刊　１１版　２８ページ「歴史修正主義の教科書検定」から引用

　この記事が指摘するように、関東大震災時に虐殺された朝鮮人の数が数千人であるとする表現には具体的な根拠が存在する。にも関わらず、確定的な数字がないからと言って「おびただしい数」などと書き換えさせるのは、教育に対する違法な政治介入である。政権担当者がまともな歴史認識を持っていないからといって、これからの日本人にも間違った歴史認識を持たせようとするのは犯罪的な所業である。問題の解決には、不当な改悪を強行採決で実行した教育基本法を元に戻し、教科書検定制度の民主的改善が不可欠である。