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2017年12月24日
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テーマ:ニュース(99426)
カテゴリ:ニュース
ジャーナリストの加藤直樹氏が「九月、東京の路上で-1923年関東大震災、ジェノサイドの残響」を出版するに至った経緯について、「前衛」の記事の続きはで次のように述べている;


■「三国人」発言からヘイトスピーチヘ

――本の執筆のきっかけは「三国人」発言にあったそうですね。その後ヘイトスピーチがあり、今回の事件となるわけですが、こういう社会の流れについてどんなふうに感じられているでしょうか。

 2000年、当時東京都知事だった石原慎太郎さんが陸上自衛隊練馬駐屯地創隊記念式典で「不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している」「(災害時には)皆さん(自衛隊)に出動願って、災害の救急だけでなしに、やはり治安の維持も一つ皆さんの大きな目的として遂行していただきたい」と語った「三国人」発言に触発された問題意識から、私は朝鮮人虐殺の問題に関心をもつようになりました。それまでは私は教科書に載っている程度のことしか知らず、パニックになった人たちが発作的に殺したぐらいの認識だったのです。

 「三国人」発言を私は職場のラジオで聞きました。それを聞いたとき、頭をハンマーで殴られたぐらいのショックを受けました。もちろん「三国人」という差別表現もですが、そもそも地震のときに外国人が暴動を起こすというイメージから関東大震災のときの虐殺は起きたのではなかったかと思い出したのです。

 そこで、最初に調べ始めたのが、そもそも地震に乗じて外国人が暴動を起こしたことが過去にあったのかどうかでした。図書館に行き、過去30年間、日本と比較する意味がある国で起きた大地震の記事を調べました。トルコ、イタリア、サンフランシスコ、台湾、パキスタンなどを見ましたが、地震のときに外国人が暴動を起こしたことは一件もありませんでした。それどころか暴動自体が一つも起きていない。次に、災害を扱った社会学の本も読んでみました。わかってきたのは、地震や災害のときに無秩序のなかで暴動が起きるというのは完全にファンタジーであるということでした。基本的にはみんな助け合おうとするのです。

 むしろ問題なのは、そういうときには、マイノリティを攻撃する流言が流れやすいということです。日本以外にもその例がたくさんある。1906年のサンフランシスコ大地震――幸徳秋水がちょうど経験しています――では、「空き巣が横行している」という流言を真に受けて、当時の市長が軍に命じて鎮圧に当たらせ、発砲許可も与えたため、軍隊が発砲して多くの死者が出るという事件が起きました。あるいは、これは災害ではありませんが、第一次世界大戦のとき、カナダで国会議事堂が火事になったことがあり、「放火に違いない。敵国人のドイツ人に違いない」として、国中のドイツ系カナダ人やドイツ人が逮捕され、勾留されるという事態が起きました。さらに遡るとフランスで中世にペストが流行ったときにユダヤ人が井戸に毒を入れたという噂が広がり、多くの人が虐殺されたことがあります。

 その後に私は関東大震災についての本を読み始めまして、正常心を失った人たちが混乱のなかで朝鮮人を殺したのではなく、実際には行政当局が流言を広げ、自分たちでも殺害に手を染めるということが起きていたことを知りました。つまり治安行政が災害時にどう振る舞うかが決定的に大きいのだということが関東大震災の教訓だったのです。それを読んだときに初めて「三国人」発言の恐ろしさが見えてきました。いつ首都直下地震が起きてもおかしくない東京で、首長自身が差別的な流言を流している、これは大変なことだと思いました。

 そこで当時、まわりの友人たちに言ってまわったりしました。彼らは非常に政治的な問題意識をもった人たちでした。しかしそれでも、みんなピンとこないという顔をしていました。私は、これはきちんと問題を伝える論文のような文章を書かなくてはいけないと思うようになりました。昔こういうことがあった、それに対して歴史認識としてどう考えるかということではなく、いまの問題なのだということを伝えたかったのです。しかしその後、書き方を論文調でなく、当時の出来事を追体験できるようにすべきだと思うようになっていきました。その前に記憶の共有が必要だと気づいたからです。

 しかし、それが実現できず、そうこうしているうちに、2013年に大久保でのヘイトスピーチがおこなわれ、これに抗議する行動に参加しました。そして、そのとき、今こそ朝鮮人虐殺の史実について知らせなくてはいけないと思い、ブログで展開したのです。すると、大きな反響がありました。それも「これはいまの問題だ」という受けとめだったのです。つまり2000年の「三国人」発言のときには誰もこれがいまの問題だとは思えなかったのが、2013年には、くどくどしく説明しなくても「これはいまの問題だ。いまのヘイトスピーチやレイシズムを野放しにすると、こういうことになつてしまうのだ」と受けとめられたのです。これは、それだけ状況が悪化したということだと思います。

■虐殺否定論を許さない

――では、いま、私たちには、どういうことが必要だと思われますか。

[レイシズムの広がりに抗する]

 90年代以降、とくに朝鮮人や中国人に対するレイシズムが広がっているのには、歴史的な根があると思います。日清戦争で日本が中国に勝って以来、東アジアで日本は特権的な国でした。唯一の帝国主義国であり、唯一の先進国であり、周囲の国の人々は日本に学び、追いつこうとしているといった自己認識があったのです。私が学生時代を過ごした80年代には、韓国は「20年前の日本」であり、中国はさらに遅れて日本に学ぼうとしている国だ、というのが普通の認識でした。

 ところが90年代以降、冷戦構造が崩壊し、政治的に日本が特権的な国でも何でもなくなり、経済的にもグローバル経済の時代になった。日本の後をほかの国が追うという雁行的な形は終わり、それぞれの国がグローバル経済の中で発展していく。文化的にもまったく日本から出てこないようなオリジナルなものが、韓流やKポップという形で入ってくるようになる。

 すると日本人がもっている自画像とはずれてくるわけです。ところが、それをいまだに納得できていないのだと思います。「そんなはずはない。日本は特別な国のほずだ」という思いがある。自画像と現実がどんどん離れていき、離れていく分だけレイシズムが無理やりそれを否定する。だから、「いかに朝鮮人が愚かで嘘つきでバクリばかりの民族か」と強調しなければいけなくなるわけです。

 80年代には、日本人はいまほど韓国に興味はなかったと思います。ある意味、興味がなくてもよかったわけです。ところが今は、ネット上で韓国ほど常に言及されている国はないと言っても過言ではありません。必死で韓国のことを気にしなくてはいけなくなっています。あくまでネガティブな方向で、ですが。さまざまな曲解やデマまでを動員して、「日本人の方がエライ」ということを納得させ続けなくてはいけない。韓国を「下げる」ことで日本の地位をかさ上げする。それが90年代後半以降起きていることだと思います。断末魔のようです。なので、いまのレイシズムをすぐに鎮火するのは難しいと思います。日本人の自画像にかかわる問題であり、一時的な流行ではない。日本人が現実を受け入れて、「日本は何も特別な国ではないのだ。東アジアにいくつかある国の一つにすぎないのだ。それでいいのだ」と理解するまでは、まだまだひどくなると思います。

 しかし在日韓国・朝鮮人は日々ネットでひどいヘイトスピーチに曝され、ヘイトクライムさえも起きているわけですから、そうも言っていられません。小池都知事が都有地を有償貸与する計画を「白紙に戻す」とした韓国人学校の高校生たちと話したことがあるのですが、女子生徒4人のうち3人までが、道ばたで日本人に怒鳴られたり、「韓国に帰れ」と言われた経験があると言っていました。しかし、日本社会のマジョリティの側からは、そういう光景は見えない。そして、ニューカマーである彼らさえこんな経験をしているのですから、昔からの在日の人たちがどれだけひどい思いをしていることか。

 極右的な政治家も増えています。彼らはレイシズムを利用して政治的に力をもとうとしています。小池都知事がまさにそれですね。朝鮮学校を高校学費無償化の対象から外すのも、そういうレイシズムに対する人気取りという面があるでしょう。北朝鮮の危機を煽り、中国との対立をアピールして選挙をたたかう政治家もいます。現実にそれがはねかえってくれば、非常にまずいことになる。

 この数年、レイシズムに対していろんな形で声を上げる人たちが出てきています。例えば、ヘイトデモに対して現場で抗議したり、朝鮮学校を支援する人たちもいます。いわゆるヘイト本を問題として取り上げて訴えていく「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」のような人たちもいます。こういう行動をそれぞれにやっていくしかいまはないと思っています。


[自分自身のやるべきこと]

 私自身は、虐殺否定論の広がりを押し返すことが自分のやるべきことだと思っています。朝鮮人虐殺のことは教科書にも載っています。たいていの日本史の通史には書いてある。当時の警視庁も記録しているし、否定などしようがないわけです。20年前だったら常識に属することでした。それを否定するのは「トンデモ歴史観」の極みです。虐殺否定論で行動している人たちもおそらく内心ではわかっていると思います。それでもなお虐殺否定をやらなければ気が済まないのは、この問題がレイシズムにとって大きな位置を占めているからです。

 私が、2013年に朝鮮人虐殺についてブログで書いたとき、レイシズムに反対する多くの人たちが「これはいまのことだ」と理解した。つまり、レイシズムを野放しにしておくと虐殺に至ってしまうと受けとめたのです。裏を返せば、レイシストたちからすると、「虐殺はなかった。むしろ殺されたのは日本人だ」という話にできれば、あるいは「虐殺のことはもう忘れよう、ふたをしよう」というふうにできれば、これからもレイシズムの大宣伝を良心の呵責(かしゃく)を感じずに楽しめるということです。彼らにとって、虐殺の記憶は喉に刺さった棘なのです。だから否定しようとする。虐殺の記憶こそが、レイシズムの恐ろしさを端的に示しているのです。

 今回の小池都知事の追悼文問題というのは、一見地味に見える問題です。私は、これだけ多くの人たちが、この間題を「これは大変だ」と受けとめてくれるとは思っていませんでした。おそらく世の中の多くの人は、横網町公園で追悼式典があること自体を知らなかったし、そこに都知事が追悼文を送っていたことも知らなかったでしょう。それを都知事がやめたと言っても、「ああそう」と言って終わると思ったのです。

 ところが多くの人が「これはとんでもないことだ」と理解してくれました。これは、この数年で虐殺の記憶の重要性がだんだん広がってきた結果だと私は思っています。レイシズムの暗雲が広がるなかで危機感をもった人たちが、朝鮮人虐殺のことは絶対に忘れてはいけない記憶だと思うようになったからこそ、今回の小池都知事の追悼文取りやめに対する怒りが広がったのだと思います。

 とは言うものの、小池都知事の追悼文取りやめで事態は悪い方向に確実に進んでしまいました。自治体の長が虐殺否定論を半ば認めたのです。虐殺があったかどうかわからないというふうに言えば教育や展示は一掃できるし、追悼式典も妨害してやらせないこともできるようになってしまう。そういう段階に入ったことは、本当に恐ろしいことです。多くの人が声を上げることで、これを押し返さなくてはいけません。
(かとう・なおき)


月刊「前衛」 2017年12月号 「小池都知事の朝鮮人虐殺追悼文取りやめと虐殺否定論」から76~80ページを引用

 東京都知事になりたての石原慎太郎が「三国人」発言をしたときは、私はそんな昔の言葉を引っ張り出して演説をして、どういう層に何を訴える効果があるのだろうか、といった程度の認識しか持ちませんでしたが、あの発言が一部の日本人に在日朝鮮人韓国人を差別し攻撃してもいいのだと考える機会を提供したというのは鋭い分析だと思います。新宿区大久保の付近でヘイトスピーチが始まったころは、そんな忌まわしい差別用語を口にするのは世間と隔絶した所に生息するネット右翼だろうという説が主流でしたが、その後の報道によれば、普段はワイシャツにネクタイで普通の企業に勤務するサラリーマンが、ネットでヘイト・デモの予告をみて参加するケースが多いとのことですから、明治維新から冷戦の終わりまで、東アジアのエリート国だったという「過去の栄光」にしがみつきたい心情が、彼らにヘイト・デモをさせているのであり、朝鮮学校の授業料無償化を妨害させているものと考えられます。東日本大震災のときはマイノリティを攻撃するような事件は起きませんでしたが、ネットや出版界の嫌韓本のはん濫を放置すれば、やがて来るかも知れない大震災のときに過去の悲劇が繰り返される危険性を否定できません。横網町公園の追悼碑と9月1日の追悼集会は、末永く守り続けていきたいものです。





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最終更新日  2017年12月24日 18時09分12秒


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