吉見義明著「買春する帝国」(岩波書店刊)について、東京外国語大学教授の金富子氏は22日の「しんぶん赤旗」に、次のような書評を書いている;
1990年代に始まった日本軍「慰安婦」制度研究は、被害だけでなく、制度を立案・運営・監督、利用した男性集団(日本軍)の実態を解明した点で画期的だった。この研究の第一人者による本書は、「買春する帝国」の発展という視点で、幕末から1958年(売春防止法施行)まで日本の性買売がどのように展開・変容し、極限としての「慰安婦」制度を生み出したのかを、世界的傾向をふまえつつ、近年の膨大な研究成果を駆使して描いた研究の集大成であり、現在の研究水準を示すものだ。
その特徴は、時間軸の長さとともに、日本(沖縄・北海道含む)、朝鮮、台湾、中国(「満州」・香港含む)、シベリア、東南アジア、南樺太、南洋諸島におよぶ空間的な視野の広さにあり、相互の関連性も明らかにされた。たとえば、日清戦争後の台湾に公娼制が移出され、これとは別に台湾各地の守備隊のために性的施設がつくられ日本軍慰安婦制度の原型となるが、これを実施させた藤田嗣章(つぐあきら)(のち軍医総監、画家・藤田嗣治(つぐはる)の父)は、日露戦中の「満州」の遼陽・鉄嶺や韓国統監府時代の朝鮮でも同様のシステムを実施したことが示され、興味は尽きない。
男性の買春に寛容な日本社会を問いたいという著者の問題意識は、買売春や性売買ではなく「性買売」、売春女性ではなく「性売女性」という独自の用語に現れている。公娼制と軍「慰安婦」制度の異同をどうみるかは論争になってきたが、両者は女性の人権侵害という点で共通するものの、前者を性売公認、後者を性売公設とし、軍・国家が女性の人身取引に直接関与するなどの点で公娼制の範疇(はんちゅう)を超えたものとする指摘は重要だ。
本書に一貫するのは、「男性神話」(男の性欲は止められない)を自明のものとして疑わず、性買売を当然視する日本の政府・軍・業者・利用者の「男同士の絆」の歴史だ。日本軍「慰安婦」問題の解決がなぜ難しいかを考える意味でも、必読の書である。
吉見義明著「買春する帝国」(岩波書店)
よしみ・よしあき 1946年生まれ。中央大学名誉教授。『従軍慰安婦』『日本軍「慰安婦」制度とは何か』
評者 金富子 東京外国語大学教授
2019年9月22日 「しんぶん赤旗」 9ページ 「読書-『慰安婦』制度生んだ歴史と発想」から引用
台湾や朝鮮半島は、日本が植民地支配するまでは売春のシステムが存在しない社会だったという指摘は、注目に値すると思います。また、古くから日本社会に存在した公娼制度と日本軍慰安婦制度の相異についてどのような議論が行なわれたのか、興味を引かれます。いずれにしても、日本人が80年代までは気にも留めずにいた「従軍慰安婦」について、現在の歴史学がどこまで「真実」を究明できたのか、知ることは価値があると思います。