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2024年02月20日
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テーマ:ニュース(99457)
カテゴリ:ニュース
陸軍の青年将校が2・26事件を起こして88年になる今年の2月になり、毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏は3日の同紙に、次のように書いている;


 後世からみて「あれが国家の運命を左右した」と思われる事象は、日本の近現代史にいくつかある。「2・26」事件はその一つだ。1936年2月26日、「昭和維新」を目指す陸軍の青年将校らが約1500人の兵士を率いて決起した。「近現代日本最大のクーデター未遂」とされるこの事件は、大日本帝国の前途を照らす稲妻であった。

 当時、農業は日本の主産業だったが、冷害などによって農村は大打撃を受けていた。貧富の格差も深刻だった。そうした中で青年将校たちは「君側の奸臣(かんしん)軍閥を斬除して、彼の中枢を粉砕する」ことを目指した。天皇の悪い取り巻きを排除して、世直しをやろう、という発想であった。首相官邸などを襲撃。斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、警備の警官らを殺害。永田町や霞が関など政治の中枢を占拠した。

 昭和天皇は、側近たちを殺されたことに激怒し早期鎮圧を求めた。反乱部隊は3日後に鎮圧され、目指した国家改造はならなかった。その後の裁判を経て19人が処刑された。

     *   *

 毎年2月26日、遺族らが東京都内2カ所で追悼を営んでいる。朝は渋谷税務署脇にある慰霊像の前。一帯はかつて陸軍刑務所で銃殺が行われた場所だ。65年、青年将校らの遺族団体「仏心会」が建立した。午後には東京都港区の賢崇寺で法要が開かれる。私はいずれも10年以上参列し、遺族らの聞き取りをしてきた。

 安田善三郎さん(98)の兄安田優少尉は熊本・天草出身。陸軍士官学校に進んだ。当時のエリートコースだ。善三郎さんにとって「優しい兄で、家族の誇りでした」。しかし、事件によって「国賊」となり、同志の青年将校らとともに銃殺された。「家族はつらい思いをしました……。友だちとけんかすると『お前の兄貴は死刑にされたじゃないか』と言われました。二の句が継げませんでした」。兄を思いつつ、長く犠牲者の追悼のために奔走してきた。

 事件は国家の運命も変えた。本来ならば行動を慎むべき陸軍は、さらに強力な政治的組織となった。例えば、事件後に組閣した広田弘毅首相は、外相に吉田茂(戦後の首相)をすえようとしたが、陸軍は親英米派として知られていた吉田の人事に反対し、流れてしまった。

 その広田内閣は陸軍の主張で「軍部大臣現役武官制」を復活させた。もともと軍部大臣は現役に限られていたが、大正デモクラシーの流れの中で現役を引いた予備役にも門戸を開いていた。それを元に戻したのだ。「陸軍が気に入らない内閣には陸相を出さない」という政治的どう喝が制度的に可能になった。

 これらは明治天皇によって下された「軍人勅諭」にある、「(軍人は)政治に関わってはならない」という趣旨の一文に反するものだった。広田内閣は陸軍の横車により1年で総辞職。昭和天皇は陸軍出身で現役を引いていた宇垣一成を首相に指名した。ところが、陸軍は「陸相を出さない」とごねた。

 現役武官制でなければ宇垣が陸相を兼務できたが、かなわない。宇垣は組閣を諦めた。国家元首であり、陸海軍の「大元帥」でもある天皇が首相にしようとした人物の組閣を、陸軍がつぶしてしまったのだ。

     *   *

 天皇の意思より組織の論理を優先する陸軍に対し、正面からの批判は困難になっていった。2・26事件の後、陸軍を厳しく批判したのは個人誌「他山の石」を発行していた言論人の桐生悠々や、軍人の政治運動を厳しく批判した「粛軍演説」で知られる衆院議員の斎藤隆夫ら少数だった。昭和史が専門のノンフィクション作家、保阪正康さんは「2・26事件で『軍にたてついたら何をされるか分からない』という恐怖心が広まった。それを軍官僚が利用した」と指摘する。

 事件の翌37年には日中戦争が始まり、陸軍は中国各地を占領していった。アメリカがこれをとがめて日本政府に撤兵を求めるが陸軍は断固として拒否。日本は41年に破滅的な対米戦争を始めることになる。

 司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」が示したように、大日本帝国は「明治維新」によって近代化・強国への坂道を上っていった。対して2・26事件は、破滅への坂を転がっていく起点になったと思える。ひるがえって現代をみた時、私たちは今、新しい起点に立っているのではないか。

 軍事クーデターはないとしても、泥沼のような「自民党とカネ」問題。政治不信のゆえか、近年の国政選挙では投票率が50%を割ったこともある。その選挙で勝った与党は「民意を得た」とばかりに世論の反対の多い施策を強行する。さらには、善隣外交ができないままに「新しい戦争」の準備を進め、かつ戦争による国民の被害を試算してその結果を示そうとしない(本当に戦争になれば破滅的な被害が生じることは確実なのだが)。そうした政府の一連の姿勢に、私は危険を感じる。

 2月26日は、自分の足元を見つめ直す日だ。「ここは踏みとどまるべき坂の上なのではないか。政治にノーをつきつける時ではないか」と。
(専門記者)


2024年2月3日 毎日新聞朝刊 13版 10ページ 「現代をみる-坂の上の2・26事件」から引用

 明治天皇によって下された「軍人勅諭」に「軍人は政治に関わってはならない」との一文があるのに、陸軍大臣だの海軍大臣だのという官職を設けたのは矛盾であり、これが政府の意向を無視して軍人が勝手に侵略戦争をやりたい放題やって、やがて帝国を破滅させることになったというのが、戦前の日本の姿であったわけです。天皇が、国家元首であり陸海軍を統率する「大元帥」であるにも関わらず、その天皇が組閣を命じた政治家の言うことを聞かない陸軍大臣は、天皇の命令ですぐにクビにすればいいのに、それができずに「やりたい放題」を許したために、帝国は破滅しました。同じ過ちを繰り返さないために、私たちが注意しなければならない点は、安倍政権以来、日本政府は国会を軽視して、憲法の精神とは相いれない「集団的自衛権の合憲化」や「武器輸出三原則」の空洞化、防衛費予算はGDP1%以内という戦後日本のルールの変更を、国会審議なしで、一片の閣議決定で勝手に「暴走」している点です。これを止めさせなければ、上の記事が指摘するように、日本は坂の上から奈落の底に転がり落ちる、今まさにその「寸前」にあるのではないかと思います。





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最終更新日  2024年02月20日 01時00分07秒


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