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2024年03月27日
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テーマ:ニュース(99465)
カテゴリ:ニュース
県立公園に建立された朝鮮人犠牲者追悼碑を公費で破壊し撤去した群馬県当局の暴挙について、彫刻家で評論活動もしている小田原のどか氏は、14日の朝日新聞で次のように見解を述べている;


 群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」の朝鮮人追悼碑「記憶 反省 そして友好」の設置期間の更新を、県が不許可としたのが2014年。私がこの問題に深く関わり出したのは、その3年後です。群馬在住の美術家・白川昌生さんが碑を布で覆い隠したような作品を作り、展示前に県立近代美術館が撤去させた時。以後追悼式に出たり、今年1月末に県が碑の撤去を始める直前に追悼碑について取材したりもしました。

 碑がなぜ、ここに作られ、撤去されなければならないのか。議論が市民に開かれていません。日本には戦争博物館のような施設が少なく、負の歴史にアクセスできる場所が必要です。撤去で戦時中に労務動員された朝鮮人犠牲者の可視化が許されず、「歴史が消される」前例となりました。

 かつて、ここには軍関係の施設がありました。公共空間にある碑や彫刻は、その「場」が持つ歴史性と切り離せず、何らかの政治性を帯びます。しかし、権力は都合の悪いものを「政治的」だとして排除します。真の「政治的中立」などあり得ません。負の歴史をなかったことにする歴史修正主義の側に、行政が寄ってしまったように見えます。

 アーティストの中には、作品の抽象度を上げてメッセージを忍ばせる人もいます。しかし、それは読み取れる人にしか伝わらない。そこで彫刻、絵画、映像などのスキルを生かしてアクティビズムの現場で活動する人もいます。歴史の中にかき消された声を引き受け、確信的に表現する美術家が多くいます。

 私たち市民の側は「負の歴史を知ろう」と言う時に、身近な地域、深い関わりのある場所にどんな歴史があるのかといった、その場所固有のリアリティーを掘り起こしていくことが大切です。

 明治以降、公共空間というのは「国民国家」という意識を言葉を介さず視覚で植え付ける場であり、その象徴が彫像や造形的記念物でした。だからこそ、それらは国民国家から排除されているものを記憶・検証し、そこで語られなければならないのは何なのかを照らす定点観測装置です。今回の問題は、今なお民主的な公共空間は存在しないことを示しました。

 表現をめぐり、原発や天皇、慰安婦もだめという空気が確かにあります。今回は「強制連行」が問題とされました。歴史の封殺がドミノ倒しのように起き、加速している印象です。
(聞き手・宮崎陽介)

     *

<おだわら・のどか> 1985年生まれ。創作、評論活動のほか、出版社代表や多摩美術大学非常勤講師などを務める。近著に「モニュメント原論」。


2024年3月14日 朝日新聞朝刊 13版 15ページ 「耕論・群馬の森で壊されたもの-その場所には、歴史と声が」から引用

 この記事は短い記事ながら、市民としての考え方の「要点」が凝縮している重要な文書という印象を持ちます。公共空間にある碑や彫刻は、その「場」が持つ歴史性と切り離せず、何らかの政治性を帯びるのは当然のことで、だからこそそのような「場」に建立された碑や彫刻が、後世の人々に歴史を継承することができる。言われてみれば当然のことで、「政治的だからダメ」などという「理由」は正当な「理由」ではなく、都合の悪いものを「無かったことにする」という邪な魂胆に基づいた「言いがかり」に過ぎないということです。私たちは、群馬の森にかつて軍需工場があり、強制動員された朝鮮人労働者からは多くの犠牲者が出たという史実が存在することを記憶し、いつか破壊された追悼碑を再建できる日が来ることを信じたいと思います。





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最終更新日  2024年03月27日 01時00分07秒


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