|
カテゴリ:第6話 牙城クスコ
トゥパク・アマルの天幕の前では、いつものようにビルカパサが警護の目を光らせていたが、そちらに向かっていくフランシスコの姿を見ると笑顔を向けてきた。 しかし、フランシスコの何やらただならぬ様子に、ビルカパサは「フランシスコ殿、酷くお辛そうですが、まだ具合がお悪いのですか?」と、心配そうに聞いてくる。 「いや、どうということはないのだ。」と擦れた声で答えながらも、フランシスコにはビルカパサの態度がひどく白々しいものに思える。 常にトゥパク・アマル様の傍近くにいるこの男のこと、もはや全て知っているに相違あるまいに、このわたしのことを情けないと腹の内では酷く呆れていることであろう。
「入ってもらっておくれ。それから、ビルカパサ、そなたは暫くはずしていておくれ。」と、天幕の内側からトゥパク・アマルの声がする。 「畏(かしこ)まりました。」と恭しく返事をすると、ビルカパサは丁寧な手つきで天幕の布を掲げ、「さあ、フランシスコ殿、どうぞ中へ。」と、いつもと変わらぬ笑顔で促した。
自由に動く右手だけを使って、左腕の傷口に何とか巻きつけようとしているようだが、器用なトゥパク・アマルには珍しく、なかなか苦戦している様子である。 そして、すぐにフランシスコの方に視線を向けて、「やはり医師のようには、うまく巻けないものだね。いや、一晩たったら、何だかほどけてきてしまってね。」と、軽く肩を竦めて笑顔をつくった。
「ありがとう。」と、トゥパク・アマルもフランシスコに任せ、穏やかな眼差しで、包帯を巻く相手の手つきを見守る。 「何やら、懐かしい気分になる。」と、トゥパク・アマルが、ふと呟いた。 え?…――という眼差しで、フランシスコが顔を上げると、トゥパク・アマルは少し遠くを見るような目で、「昔、そなたとわたしが、まだクスコの神学校にいた頃、よく、そなたがこうして包帯を巻いてくれたではないか。」と言う。
「そうでしたね。 あの頃のトゥパク・アマル様は、なかなかのワンパク者でしたからね。 よくお怪我をされていた。」 「あの頃から、そなたは、まるでわたしの親代わりのように、よく面倒をみてくれていた。」 トゥパク・アマルの深く穏やかな声に、思わず、フランシスコはトゥパク・アマルの方に向き直る。 トゥパク・アマルは目を細めながら、じっとフランシスコを見つめ、静かに微笑んでいた。 その眼差しに吸い込まれるように、フランシスコもトゥパク・アマルを見つめる。
だから、わたしの言うことをきいてほしい。」 トゥパク・アマルの声は、あくまで静かで、深く、澄んでいる。 しかし、フランシスコは不意に、現実に引き戻される。 あの戦場での己の醜態に関することを、今、トゥパク・アマルは何か言おうとしているのだ、そう直観すると、背筋にゾクリと悪寒が走った。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆ ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[第6話 牙城クスコ] カテゴリの最新記事
|