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カテゴリ:第6話 牙城クスコ
女性に扮したその姿で、顔を隠すようにうつむき加減になりながらランプの灯りの下を往くトゥパク・アマルの姿は、いかに夜闇に紛れようとしても、やはり、その優雅で美しい雰囲気や身のこなし、そして理屈を超えて漂うどうしようもない存在感が、いかようにも人目を惹きつけずにはおられなかった。 路往く人々は、スペイン人、インカ族を問わず、また老若男女を問わず、皆、そちらを振り向き、また、連れ立っている者たちは感嘆を漏らし合い、あるいは、何やら耳打ちし合いながら視線を投げてくる。 トゥパク・アマルは彼らの目を避けるように、いっそう、うつむき加減を強め、その歩みを速めた。 もちろん、常に周囲に鋭く警戒のアンテナを張りめぐらせながら。
もちろん、フィゲロアは本来は首府リマに拠点をもつため、このクスコの屋敷は今回の討伐隊に加わっている間の仮住まいであろうけれども。 かくして、ほどなく、トゥパク・アマルはその屋敷の前に姿を現した。
それら衛兵たちがインカ族の者たちであることに、彼は改めて皮相な感情を抱きつつ、静かな足取りで門前に向かう。 インカ族の衛兵たちが、女装のトゥパク・アマルを素早く取り囲んだ。 「おまえ、何者だ。 何用か?!」
衛兵たちが不審そうに目配せする。 トゥパク・アマルはうつむき加減になったまま、ベールの隙間から美しい切れ長の目だけを覗かせ、その目元を細めて妖艶な微笑みを送る。 それから、優美な仕草でスッと己の指先を出すと、中心にいる一人の衛兵の手を取った。 思いもかけぬ夜間の「美女」の来訪に内心驚き、密かに心浮き立たせている衛兵たちは、その手を取られて警戒よりも、むしろ嬉しそうでさえある。
そして、その衛兵の手の平に、滑らすようにしながら、もう一方の手の指先を慎重に乗せた。 実際、トゥパク・アマルの、そのしなやかな指先だけを見れば、十分に女性の手に見えた。 トゥパク・アマルは、じらすように一呼吸おくと、『わ・た・し・は』と、何やら文字を綴りはじめる。 もちろん、インカの公用語であるケチュア語には文字がないので、彼が綴る文字はスペイン語である。
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