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カテゴリ:第6話 牙城クスコ
だが、そのようなフィゲロアの様子になど微塵も臆することなく、トゥパク・アマルは厳然たる眼差しで、こちらを真っ直ぐに見上げている。 厳かな僧衣を身に纏い、青白い光に包まれていく神々しいようなトゥパク・アマルの姿は、さすがのフィゲロアの目にも、まるであの世からの使者の光臨のようにさえ見えてくる。 フィゲロアは、己がとらわれた錯覚を懸命に振り払うようにして、目をこすった。 気を落ち着けてから、再び、眼下を見下ろす。
その煌々と光輝くような強烈な存在感の源流を為しているものは、インカ皇帝の正当なる末裔としての、ゆるぎなき自覚と自信の表れなのか、あるいは、その比類なき重責を担う命運の甘受…――そのことの表れなのか。
かくして――…結局、彼は衛兵を呼び戻し、トゥパク・アマルを己の屋敷に通させたのだった。
果たして、トゥパク・アマルと褐色の敵将フィゲロアとは、屋敷の一室で、格調高い調度の施されたテーブルを挟み、ついに1対1で対峙するに至った。 フィゲロアの眼前で、トゥパク・アマルは落ち着いた手つきで、己の顔を覆っていた布を取り去っていく。 美しくも、非常に精悍な本来のトゥパク・アマルの相貌を目前にして、フィゲロアは改めて息を呑んだ。 トゥパク・アマルも、今、やっと直近で向き合うことのできた褐色の敵将に、熱い視線を向けながら、その目を細める。
しかしながら、トゥパク・アマルの目の中で、その褐色の敵将の純真無垢な瞳の中に、あの激しい憎悪の焔が再びメラメラと燃え上がりはじめた。 トゥパク・アマルも、今、この瞬間にインカの命運を賭けるがごとくの気迫をその目元に湛え、その瞳にはあの蒼い炎がまた燃え立ちはじめる。 互いの中に燃え上がる炎を射抜くがごとくに、二人の目がいっそう鋭い光を放ちながら真正面から貫き合った。
奇しくも『インカ皇帝』に頭を下げられた形となり、さすがのフィゲロアも、瞬間、その瞳にやや臆した色を浮かべる。 が、急いで、それを払拭するように、再び険しい眼差しをつくった。
「そなた、何故、インカ族でありながら、スペイン側につこうと考えたのだ?」 問いかけるその声は、決して非難がましいものではなかった。 互いにとって納得しがたい行為であったとしても、それぞれが真剣に考えて出した結論であり、選択した行動なのだ。 トゥパク・アマルは深く誠意を込めた目で、改めて敵将を見つめる。 「そなたなりの考えがあってのことであろう。 聞かせてほしい。」
そのイントネーションは、どうにも不自然な、違和感を帯びたものであった。 フィゲロアは、思わず、言葉を選びあぐねたように口ごもる。 そして、その僅かな沈黙は、この褐色の敵将が、本来は他者を深く尊重する、礼儀正しき人物であることを十分に暗示していた。 トゥパク・アマルは穏やかな眼差しで目を細め、「構わぬ。そのまま続けよ。」と、フィゲロアの言葉の続きを促す。
「おまえこそ、何故、このような反乱行為なぞ起こしたのだ。 おまえの、真意は何だ? 己の為してきたことを、頭を冷やして振り返ってみよ…! 多くの殺戮と、キリスト教の破壊!! 悉く秩序を乱し、今や民の犠牲は計り知れず…! あの何万という屍の山をつくりだしたのは…誰なのだ?! 答えてみよ…トゥパク・アマル!!」
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