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カテゴリ:第6話 牙城クスコ
深夜遅くに、ロレンソに伴われてインカ軍に帰還したトゥパク・アマルの姿を見て、側近たちはもとよりインカ軍の兵たちは皆、深い安堵に包まれた。 「トゥパク・アマル様、よくぞご無事で!!」 あの勇猛なディエゴも、あまりに深い安堵の念から、この時ばかりは殆ど泣き出さぬばかりの面持ちである。 感情を統制することにかけては他に類を見ないあのビルカパサさえ、「トゥパク・アマル様、本当に良かった…。」と、思わず、その目が潤んでいたほどであった。 そんな側近や兵たちの心を映し出すかのように、先刻までどんよりと曇っていた空も、嘘のように今はスッキリと晴れ渡り、明るい月がインカ軍の陣営を照らし出している。
それから、彼はロレンソに改めて視線を注ぎ、「そなたの導き、誠に的確であった。深く礼を申すぞ。」と、クスコに辿り着いた時と同様に丁寧に礼を送った。 ロレンソはとても恭しく頭を垂れ、「わたしは、ただ単に道案内をしたのみ。そのような身に余る御言葉、勿体(もったい)のうございます。」と、真に深く恐縮している。
(トゥパク・アマル様、ロレンソ、無事に戻られて、本当に、本当に良かった…!!) アンドレスの揺れるような眼差しを受けて、トゥパク・アマルもそれに応えるように穏やかな微笑みを返す。
トゥパク・アマルは、そのようなアンドレスの様子を見逃さない。 彼はすっと目を細めて、真っ直ぐアンドレスに視線を注ぎ続ける。 アンドレスは、その視線に耐えかねるように、大柄なディエゴの陰に、まるで逃げ込むように身を隠した。
「それで、フィゲロア殿との話し合いはどうなられましたか? トゥパク・アマル様。」 トゥパク・アマルはまだアンドレスの方向を見ていたが、ゆっくりディエゴの方に視線を戻して、「少々、面倒な方向になった。」と、彼はありのままの経過を説明した。 「そうでしたか…。」と、側近たちは、やや肩を落として溜息をつく。
「あの者ならば、必ず、わかってくれる時がこよう。 それまで、我々も辛抱だ。」 トゥパク・アマルは静かにそう言った後、今度は力強いゆるぎない声に変わって、「この後も、今は『敵』といえども、褐色兵たちに決して刃を向けてはならぬ。そのことだけは、しかと肝に銘じよ。」と言う。 皆、「はっ!!」と、深く頭を下げて、恭順を示した。 トゥパク・アマルは、再び、深く頷いた。
他の側近たちに紛れながら、いつになく素早くトゥパク・アマルの元を立ち去ろうとするアンドレスを、トゥパク・アマルが静かに呼び止める。 「アンドレス。」 アンドレスは、ギクリとした横顔で、しかし、足を止めざるをえない。
「いえ…。」と、視線を微妙にはずしたまま、アンドレスは「今宵はこれにて失礼いたします。」と、最後にビルカパサが出て行くタイミングを逃すまいとするように出口に踏み出しかけた。 「待ちなさい。」と、トゥパク・アマルがはっきりとした声で呼び止める。
トゥパク・アマルの元に一人残されたアンドレスは、不安定に瞳を揺らしながら、しかしながら、この期に及んでは、ともかくも平静な表情を装おうと無理に笑顔をつくろうとする。
トゥパク・アマルのその言葉に、いきなり直球を投げつけられたような感覚に襲われ、アンドレスの不自然な笑顔は、いっそう引きつった。 「やはり、何かあったのだな。」と、トゥパク・アマルは低く言うと、貫くような目でアンドレスの瞳の奥を覗いた。 「何があったのか、申してみよ。」
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