考えてみれば、家族全員で写っている写真は中学校2年生の時に旅行に出かけた時に撮ったものが1枚あるだけだ。大昔は、写真が貴重だったなあ。以前、友達の子供が産まれる中で、お腹の中を動いているのを撮った映像や、生まれてから1分後2分後と分刻みでその日だけでも100枚ぐらい撮りデジカメに収めている光景を見て、時代は変わったなあという印象を受けた。
私の父は、中卒の鉄工所勤務であったが、会社だけは日本で3番目ぐらいには大きかったので福利厚生施設がしっかりしており、保養施設にちょこちょこ連れていってもらった記憶がある。今日、パンフレットを眺めていて急遽思い出したのである。
中学校2年の夏には
車山高原の保養所に連れて行ってもらった。思春期なので、なかなか反抗的な時期ではあった。ニッコウキスゲが高原一面に咲き乱れて美しいよ、ビーナスライン!って印象の他に思い出すことといえば・・・
1. 保養所の食堂で母は、「ほれビール飲んでみなさいよ。私なんかあんたぐらいのとき飲んでいたで」と法律違反的なことを言ったが、私は、一応、一口飲んでみたが、ニガイという印象しか持てず、将来のん兵衛になる前兆の微塵もみせないという優等生ブリであった。(ちなみに法律通り、酒は高校生から、煙草は大学生からであった)
2. 帰りの車の中で、夜中になり、後部座席において、土曜の夜に欠かさず聞いていた
ツルコーのオールナイトニッポンをイヤホンを使用して聞いており、一人大爆笑して、親に怪訝な顔をされたのでイヤホンを外すと、車のラジオも同じ番組を流していた。
3.
尾瀬の湿原に行って、歩行用の板からはみ出て監視員に怒られた。
4. 上高地で唯一の家族写真をタクシーの運転手に撮ってもらった。
まあ、そんなとこか。