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子《し》曰《のたま》わく、如之何《いかん》*、如之何《いかん》と曰《い》わざる者《もの》は、吾《わ》れ如之何《いかん》ともすること末《な》きのみ。(衛霊公第十五)
*之を如何、之を如何=このことをいかになすべきかと熟慮《じゅくりょ》して審《つまび》らかに事に処《しょ》するのである。二度繰り返したのは再三考えるのである。 《原文》子曰。不曰如之何。如之何者。吾末如之何也已矣。 《訳》先生がいわれた、「『(これを)どうしようか、(これを)どうしようか。』と言わないような者は、私にはどうしようもないねえ。」 《解説》宮崎市定氏は、「あれを如何《いかが》しましょうか。これを如何《いかが》しましょうか。と尋《たず》ねてこないものは、私も如何《いかん》ともしようがない。」と、訳す。 本来、教育は啓発《けいはつ》教育であるべきである。教育を受けたい、勉強したい、と自ら意識的に奮起《ふんき》・行動しなければ教育を受けられない、教えない、ものである。 自分自身が積極的にならない教育は、自分の力とはならない。 何事も情熱《じょうねつ》がなければ進歩しない。苦しんだ後でなければ上達《じょうたつ》しないものだ。 <こころ> クリックお願いします。m(_ _)m 人気ブログランキングに参加しています。 どんぐり学園の公式ホームページはこちらです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.07.02 07:49:38
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