|
カテゴリ:読む愉しみ
4月。 新しい生活が始まる季節。 ときどき真新しいスーツを身にまとった若い人たちを見かけます。 希望や不安を胸に、社会人としての一歩を踏み出した人たちでしょう。
新入社員研修は終わったかな? 職場には馴染んできたかな? がんばってるかな?
昔々 私たちにもそんな時代がありましたよねえ。 ビジネスマナーや慣れない敬語の練習。 上司や先輩にいろいろ教えていただき、ドキドキオドオド緊張していた日々。
今では使い慣れている言葉ですが、 「かしこまりました」 がなかなか言えませんでした。
ホテルのオープン前にも、約1カ月みっちり研修しましたが、 サービス業では、あたりまえに使われるこの「かしこまりました」 すんなり自然に口から出るようになるまでには少し時間が必要でした。 「かしこまりました」「承知いたしました」「うけたまわりました」「おそれいりますが」・・・ 学生時代は使わない言葉ですもんねえ。 形式的な言葉に感じるかもしれませんが、 さりとて、敬語は、文字通り「敬」語。 相手の気持ちを大事にする表現です。 ビジネスにはなくてはならないので、 新社会人の皆さん、がんばってくださいね とはいえ、かく言う私、いい年をしているのに、いまだに、ときどきとっさに変な敬語を使って しまって、どぎまぎすることもあるのですが・・・
というわけで、 きょうは、皆さんに、茨木のり子の「汲む」という詩を紹介したいと思います。
今読んでも新鮮でこころに響く詩です。
「山本安英の花」というエッセイによると、 この詩は、若い頃に会った「夕鶴」で有名な女優山本安英さんに言われた言葉をもとに 書いた詩で、Y・Yは山本安英さんのイニシャルだそうです。 そして、山本安英さんには、「教訓的にではなく、さりげなくまったくご自身のこととして話される もののなかに、汲めどもつきない叡智があった」のだそうです。 若い人にはとくに読んでいただきたいなあと思います。
無理しないで、 あせらないで、 あなたらしく、ね
そして、若くはない私たちも、 初心に帰って居住まいを正さなくっちゃ
汲む -Y・Yに- 茨木のり子
大人になるというのは すれっからしになることだと 思い込んでいた少女の頃 発音の正確な 素敵な女のひとと会いました そのひとは私の背伸びを見すかしたように なにげない話に言いました 初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対しても 人を人とも思わなくなったとき 堕落が始るのね 堕ちてゆくのを 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました
私はどきんとし そして深く悟りました
おとなになってもどぎまぎしたっていいんだな ぎこちない挨拶 醜く赤くなる 失語症 なめらかでないしぐさ 子どもの悪態にさえ傷ついてしまう 頼りない生牡蠣のような感受性 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな 年老いても咲きたての薔薇 柔らかく 外にむかってひらかれるのこそ難しい あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には 震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・・ わたしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました たちかえり 今もときどきその意味を ひっそり汲むことがあるのです
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[読む愉しみ] カテゴリの最新記事
|