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1

記紀とその時代

2009.02.14
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カテゴリ:記紀とその時代
ここまで、
ヤマトタケルについて、何回かにわけて書いてきました。
その身に触れただけでケガをしそうな、殺気立った少年期、
恋も知り、悩みもあり、それでも西に東に一生懸命戦い抜いた日々。

それらの記述は非常に活気があって、
時にはユーモアも感じられ、
読んでいてとてもわくわくする文面です。

けれど、
ヤマトタケルが草薙剣を置いて山へ入るあたりから、
急に話は暗くなります。

「山の神なんか、素手で殺せる」といって山に入ったヤマトタケル。
その山で、白い猪に出合います。
牛ほどの大きさ、というから、
「もののけ姫」に出てきたオッコトヌシみたいな感じ?

それを見たヤマトタケル、
「これは神の使いだろう。今殺さなくても、帰るときに殺そう」と口にしました。

言葉は言霊(ことだま)。
口にすることは、呪(しゅ)をかけること、と
「陰陽師」で野村萬斎さん扮する安倍晴明も言っていたが、
それよりずっと昔のヤマトタケルの時代、
「おまえの名前は?」と聞かれて女の子、本名を言っちゃうと、
そのオトコのモノにされちゃうっていうくらい、
「口にする」ことは力をもっていました。

この場面、古事記には「言挙げして詔りたまひしく」と書いてあります。
そして註には、
「自己の意志を言い立て」る「コトアゲ」は、タブーであった、とあります。

白い大猪の姿になっていた山の神は、
ヤマトタケルのコトアゲを聞いてしまいます。
自分のことを「使い」としか見なかった無礼者のコトアゲ。
そこで、
山の神は冷たい大雨を降らして、ヤマトタケルを動顛させます。
ほうほうの体でようやく山から下りて清水にさしかかったころ、
パニクっていたヤマトタケルも、ようやく正気を取り戻します。

そこから当藝野(たぎの)というところまでたどり着いたのですが、
ヤマトタケルはどんどん弱っていきます。
「心は常に、空を翔けているのだけれど、足が前に行かない。
 まったくはかどらない…」
なんとか出発するものの、とても疲れるので、杖をついて歩きました。
「私の足は、三重に折れまがったようで、疲れている」と言っています。
それで、三重県の「三重」になったと書いてあります。

鈴鹿の峠のあたりに来たとき、
「あともう少し」と思ったんでしょうかね、
いくつか歌を歌っています。
ひとつは、ものすごく有名な歌で、

「やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる やまとしうるはし」

望郷の念をこめて歌いました。そして

「なつかしい我が家よ。我が家の方角に雲が湧き上がっているよ」と
歌の半分を歌ったところで、容態が急変。

ヤマトタケルは
「ミヤズヒメの枕元においてきた草薙の剣、その太刀は…」と言い残して
途端に息を引き取ってしまったのです。

駅使(はゆまづかい=はやうま=飛脚)を飛ばして、都の家族に知らせると、
大和にいた后や子どもたちがやってきて、お墓を作り、
その地の田んぼを這いまわって、おいおい泣きました。

すると、
大きな白鳥が空を翔け、浜のほうに向かって飛んでいきました。
古事記には
「八尋白智鳥に化(な)りて」とあるので、
ヤマトタケルが白鳥になって飛んでいった、というのです。

「あ! お父さんだ!」

悲しみにうちひしがれていた妻や子どもは
足元が、竹の切り株に当たって傷になるのもかまわず、
痛いのも忘れてわんわん泣きながらその鳥を追っていきました。

「篠原を掻き分けていくと、腰まで篠がまつわって身動きがとれません。
 鳥のように、空を飛んでいくというようにはいかない…」

そこから海を行き、浜を行き、白鳥は河内の国にとまったので、
そこにまたお墓を作って「白鳥の御陵」と呼ぶようになったそうです。

しかし、白鳥は、またどこかに飛んでいってしまいました。

ヤマトタケルに、安住の地はないっていうことでしょうか。
日本各地をぐるぐる巡る運命にあったということでしょうか。

それにしても、
どうしてヤマトタケルは、草薙剣を置いて出て行ったんでしょうかね。

それは、驕りかもしれません。
自分の力で日本を平定したのだ、と思いあがっていたけれど、
伊勢神宮で賜った霊験あらたかな衣や剣がなければ
(つまり、天皇家の威光という後ろ盾がなければ)
一個人としての力など、知れたものだったということなのかもしれません。

「親父はボクが死ねばいいと思っているんだろうか」というつぶやきが、
ここで大きな意味を持っているかもしれません。
父を越えて、一人だけの力で生きてみたい、と思ったのかもしれません。

もしかしたら、
ミヤズヒメを守りたかったのかもしれません。
「ボクは一人でも大丈夫。この剣がおまえを守ってくれますように」
そんなつもりだったのかも。
「剣」はモノではなくて、「剣を持った軍隊」という意味だったのかも。

いろいろなことを考えます。

足を泥だらけにし、傷がつくのもかまわずに
白鳥を死んだ人だと思ってどこまでも走って追いつこうとする遺族の気持ちには
ぐっと迫ってくるものがあります。

だからこそ、
このとき詠まれた4つの歌は、
代々、天皇の葬儀で必ず歌われたのでしょう。

悲劇のヒーローは、
タタミの上では死ねないのです。





  








Last updated  2009.02.14 23:20:01
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2009.02.12
カテゴリ:記紀とその時代
昨日の続きです。

九州から出雲まで西を平定して帰ってきたヤマトタケルに休む暇も与えず、
父親である景行天皇は東征の命を出します。

ヤマトタケルは遠征に先立ち、
伊勢神宮に仕える叔母・ヤマトノヒメミコのところへ行きます。

実は、西征の前にも、彼は伊勢神宮に足を運んでる。
そのとき叔母は、きれいな着物をくれました。
ヤマトタケルはその着物で女装し、クマソを倒したんですが、
単に「女の着物」ということではなく、アマテラスの霊験あらたかな衣、らしい。

だから、今回もまず伊勢神宮、はセオリー通りの動きではあります。

しかし。
ヤマトタケル、ちょっと弱気。
おばさんに愚痴が出ます。

「親父は俺が死ねばいいと思っているのかな。
 西の悪党征伐に遣わして、やっと帰ってきたというのに、
 そんなに時もおかず、兵もくれず、
 またもや東を平定してこいとは。……何でだろう?」

そうつぶやいて、身をよじり泣くヤマトタケル。

そんな甥っ子に対し、
ヤマトヒメは一振りの剣(つるぎ)を持たせます。
そして、なにやら袋も。
「困ったことがおきたら、この袋の口のひもを解きなさい」

まずは尾張の国に入ったヤマトタケルは、ミヤズヒメの家に泊まります。
そこで彼女とベッドイン!とは思ったのですが、
「やっぱり帰りにするかな」と思い直し、約束してそこから東の国に向かいました。

災難が降りかかったのは、相模の国。
「この野にある大沼に、荒れ狂う神様がいます。ちょっと見てきてください!」
と言われるまま野に出たヤマトタケルは、、
野に火をつけられ絶体絶命!
そのとき叔母にもらった袋をあけると、
そこには火打ち石が!
ヤマトタケルはまず、これまた叔母にもらった剣であたりの草を刈り払ってから、
火打ち石で向かい火を起こし、迫ってくる火の海に対抗、
これを焼き退けて生還します。すると、
自分をたばかった国造(くにつくり)たちを切り捨て、あたりを焼き尽くしました。

おお、こわ。。。。
空まで焼くかという炎の前で、鬼の形相のヤマトタケルが
容赦なく人々を殺しまくるところが、目に浮かびます。
ちなみに、
このとき草をなぎはらったから、この剣は「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼びます。
また、
このエピソードから、このあたりを焼津(やいず)と名づけたとか。

ヤマトタケルは、妻にも愛されてます。
東征を続けるヤマトタケル、
乗り込んだ船が浦賀水道のあたりで嵐にあって、まったく進めなくなったとき、
妻のオトナチバナヒメ、
「私が人柱になって海の中に入りましょう。
 あなたは天皇のお言いつけどおり、目的を果たしてご報告くださいまし」というと、
波の上に畳や皮や布を敷いて、その上に飛び降りました。
すると、
荒波は自然とないで、船は進めるようになりました。

「あなたは、あの火の中でも負けなかったんだから…」(ちょっと意訳)

この7日後、
オトタチバナヒメの櫛が、岸に流れ着きました。
その櫛を、ヒメの亡骸と思って、御陵(お墓)を作って納めましたとさ。

妻を亡くしたヤマトタケルは、
その後蝦夷を討ち果たすと、都への帰途に就きます。

足柄山の碓井峠を越え、甲斐の国をとおり、信濃を経て
尾張までやってきたところで、
行きに立ち寄ったミヤズヒメに会いに行きます。

二人は杯を交わし、さしつさされつ…。
ヤマトタケル、
ふと寄り添うミヤズヒメの裳裾に目をやると、
あら。血が…。アレの日?

そこで詠んだ歌。
「ずーっとこの日を待っていた。
 おまえのたおやかな腕を枕に二人床に入る日を。
 でも、おまえの衣のすそに、“月”が出てるから…」

ヒメも歌で返します。
「オーラ輝く人。私の大好きな人。
 新しい年がくれば、新しい月も行ってしまいます。
 ほんとにほんとにほんとーに、
 私はあなたを待ちきれずにいたんですよ。
 “月”だって、出てきてしまいますよ」

二人、“月”の障りも何のその、その夜はめでたく契り合いました。
そして、
ヤマトタケル、何を思ったか、
草薙剣を彼女のもとにおいて、山の中に出かけてしまいます。

ヤマトタケルの運命の歯車は、ここから急に狂い始めます。
                            …つづく。






Last updated  2009.02.12 19:29:59
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2009.02.11
カテゴリ:記紀とその時代
ヤマトタケルノミコトという人物は、
かなり有名です。

天皇の命によって日本中の豪族を平定するべく、
西に東に戦いを進め、
あるときは、女装して敵地に乗り込み、
火に囲まれて危ういところは草薙の剣の力で切り抜け、
がんがん勝ち進むも、
功績を上げれば上げるほど、
「もっと戦って来い」とまた遠征に向かわされる。

そこのところが、
頼朝の命で戦い続けた義経にオーバーラップしたりもして、
悲劇の英雄というイメージが定着しています。

最後は白鳥になって飛んでいく、というところにも悲哀が感じられ、
ドラマチックに語り継がれている人です。

ただね。
古事記を読むと、ちょっとイメージ、変わります。

ヤマトタケルのお父さんは、景行天皇。
たくさんの奥さんと、たくさんの子どもがいたんですが、
ヤマトタケルこと小碓命(おうすのみこと)には、
大碓命(おおうすのみこと)という同腹のお兄さんがありました。

このお兄さん、ちょっとフラチ。
お父さんの景行天皇から
「大根王の娘二人はきれいだっていうから、連れて来い」と言われ、
行くには行ったが、なんと、この二人と自ら関係を持ってしまいます。
そして、他の女をこの姉妹に仕立てて父親のところへ差し向けるのです。
お父さんもさるもの、
「ややっ、こいつら、違う!」とピンときて、
召し上げるも夜伽には指名しなかったんですって。
そんなこともあって、
お父さん、大碓命に不信感を持ち始めます。

「朝食くらい、毎朝家族全員で。それがキズナってもんでしょ」
というのに通じるんでしょうか、
朝廷では、毎朝、ともに食事をとることで、天皇への二心なきを示していました。

そこに、大碓が来ない!
天皇、ますます不審に思い、
「お前の兄は、何で来ないんだ? お前からきちんとさとして、来させなさい」
と、弟の小碓(=ヤマトタケル)に申し付けるのでした。

でも、5日経っても、大碓命は朝食会に現れない。
「何でお前の兄はまだ来ない? ちゃんと言ったのか?」
すると、小碓は「もう言ってありますから」と答えるから、
天皇はさらに、「どういうふうに言ったんだ?」とたずねました。

すると、小碓は顔色も変えずに答えます。

「明け方、兄貴が便所に行ったんで、出てくるのを待ってふんづかんで、
 手足をへし折って、ムシロに巻いて投げ捨てました」

これを聞いて天皇、わが子の荒々しい気質に震撼。
そして、
「西のほうに、クマソの手ごわい相手が二人いて、私に恭順しない。
 行って殺してこい」と命じるのでした。

小碓、まだ16歳くらい。
紅顔の美少年、というところでしょうか。
クマソたちが宴会を開くのをじっと待って、
始まると女装して潜入します。

時代劇の、よくあるパターンですよ。

「お? お前、新顔か? まあよい、可愛いのう。近う寄れ」
飲んでへべれけ、前後不覚のクマソ兄の襟をとり、
小碓、隠し持っていた剣を、胸からグサリと一刺し。

「キャー!」

宴席の者たちは浮き足立ちます。
クマソ弟もその光景に「うわっ」とたじろぎ、逃げようとしますが、
小碓、
クマソ弟に部屋の階段のところで追いついて背中をつかみ、
剣を尻よりブスリと刺し通します。

クマソ弟、尻から剣を刺されたまま、小碓に一言。
「こんなに強い者が自分たちのほかにいるとは知らなかった」

実は、ヤマトタケルノミコトという名は、このとき
クマソタケル(熊襲の強い者の意)がその「タケル」という名を
小碓命に贈ったところからきます。
(小碓命にはヤマトオグナノミコトという別名もありました)

串刺しになりながら、敵ながらあっぱれ!と名前を贈ろうという勇者を前に、
ヤマトタケル、ありがとうでも何でもありません。
話は済んだか、とばかりに剣でバッサリ切り倒します。
熟した瓜を振り断つがごとき、冷徹なわざ。

そうですね、必殺仕事人かゴルゴ13かってところでしょうか。
ニコリともせずに人を殺す、無口な男。
クールでニヒル、顔は色白の切れ長の、きっといい男だったんでしょう。
女装して似合うような人ですからね。

ヤマトタケルは他にも、
けっこう汚い手を使って人を殺します。
イズモタケル(出雲の強い人)と、まず仲良くなって油断させる。
一緒に川で泳いだりして、先に岸に上がる。
「ねえ、刀を交換しようよ」と、まだ泳いでいる遠くの男に笑顔で提案。
イズモタケル、「いいよ、友情の印ね」みたいな。

実は、ヤマトタケルは自分の刀として木刀を持ってきている。
いわゆるタケミツを、イズモタケルの刀と交換しちゃうわけです。
なーんにも知らずに川から上がったイズモタケルに、
ヤマト、いきなり「いざ、立合いを!」
「よし!」
…っていったって、刀、抜けませんから~。木刀ですからぁ~!

「ぬ、抜けない!」
あせるイズモを見て、ヤマト、フッと笑ったかどうだか、
交換した真剣を抜いて、一太刀でイズモを打ち倒してしまいました。

そのとき詠んだ歌。
「イズモの刀にはアオカズラがたくさん巻いてあって立派だけれど、
 中身がなくて、かわいそうに」

ひぇ~、こわ。。。。

そんなこんなで九州から出雲まで西を平定して帰ってきたヤマトタケルに、
父親である景行天皇は、
「じゃ、次は東に行ってくれない?」と頼むのでした。

このつづきは、また明日。






 











Last updated  2009.02.11 22:25:53
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2009.02.10
カテゴリ:記紀とその時代
古事記を読んでいて、思わず吹き出してしまいました。
だってこんな記述が・・・

オオササギ(仁徳天皇)の大后(正妻)、イワノヒメは、
とにかくヤキモチ焼きだった。
それで側室は、宮中にあがることもできない。
側室が目立った動きなどした日には、
大后は「くやしい~!」と足をバタバタさせたっていいます。

まず一人目の側室、クロヒメ。
吉備の人でとっても美しいという評判で、
天皇、すーぐにお召しになりました!
でも、大后の嫉妬がコワくて、実家に逃げ帰ってしまったの。
そのころ、
都は難波の高津宮、今の大阪城のあたりと言われていて、
当時はすぐそばまで海が来ていました。
クロヒメが船で帰っていってしまうと聞いて、仁徳さん、
高台に立って歌を一句。

「ああ、沖のほうに小船が連なってる。
 あの船で、ボクのかわいいクロヒメちゃんは帰っていっちゃうんだなー」

それを耳にした大后、いたく怒って人を遣わして、
クロヒメを船から降ろしてしまった。
「あんたなんか、吉備(岡山)まで歩いて帰んなさい!」

天皇は「ちょっと視察」と言って淡路島へ。
でも、視察は口実です。
「ここへくると、わが国の島がたくさん見えるなー」と言いつつ、
その島々浮かぶ瀬戸内海を通って、
クロヒメに会いに、吉備まで行っちゃったのでした。

英雄、色を好む。
もう一人の側室が八田若郎女(ヤタノワカイラツメ)。

大后が「宴を開くから、お酒を盛る柏の葉を摘みにいきましょ」と
紀伊の国(和歌山)まででかけているスキに、
鬼のいぬ間のなんとやら、
天皇、ワカイラツメと仲良くやっておりました。

そんなこととはつゆ知らぬ大后、
「いい葉っぱが採れたわ~。あの人、喜ぶかしら!」と
船いっぱいに柏の葉を積んで帰る途中、
人の噂を小耳にはさみます。

「天皇さん、このところ、ヤタのおねえちゃんと仲がいいみたいよ~」
「昼夜かまわずニャンニャンしてるっていうけど、
 それにしちゃお后さまは静かだね」
「何にもしらずに、おでかけになっちゃってるのね~」

大后、怒り心頭!
「ちょっとちょっと、それどういうこと???」

愛する(愛しすぎる?)天皇のために紀伊の国までいって採ってきた
船いっぱいの柏の葉を、ぜーんぶ海へ投げ捨ててしまったとさ。
今でいえば、
せっかく買い揃えたロイヤルコペンハーゲンのテーブルセット、
ガッチャンガチャンと割りまくった、というところでしょうか。

「ぐやじ~~~(泣)」

大后、すぐに難波宮には帰らず、その船で実家に帰りました。
しばらくしたら、仲直りなんだけど。

さて。
天皇は、女鳥王(めどりのおう)という義理の妹も召しだそうとします。
仲立ちの使いは、弟のハヤブサワケ。
そのハヤブサワケに、女鳥王は言います。
「天皇っていっても、お后さんが強いから、
 好きな側室をかわいがることもできないでいるじゃない。
 そんなところへ行ったって、いいことないわ。
 私、アンタがいい!」

…ということで、ハヤブサワケは女鳥王とねんごろになり、
仲立ちの使いとして天皇のもとに戻りませんでした。

天皇、大后にはからきし弱いくせに、
他の人には容赦ありません。
この二人に謀反の疑いをかけ、兵を差し向けて倉椅山まで追いつめます。

「倉椅山は険しくて、岩にとりすがることもできずに私の手を握る」
「倉椅山は険しいけれど、お前と登れば険しいとも思わないよ」

ハヤブサワケと女鳥王は、手に手をとって逃げるけれど、
奈良の宇陀まで来たとき、とうとう兵に追いつかれ、殺されてしまいます。

その先鋒に立った将軍・山部大盾は、
女鳥王のブレスレットを腕から抜いて、
自分の妻にプレゼントしました。

あるとき、
大后は「夫人の会」を開き、
おもだった政治家の夫人たちを招いて女性だけのパーティーを催しました。
「今日は私がおもてなしする番よ」と
大后は自らお酒をついで回ります。

大后が山部夫人にお酒をつごうとしたそのとき、
彼女のブレスレットに大后の目が凍りつく。
お酒はつがずに彼女をその場から追い出します。

そして山部将軍を召し出す。
「あの二人は天皇に対する不敬があったから退けられただけで、
 他に理由はない。
 天皇の弟、妹というお前の仕えるべき主人の腕を飾っていたブレスレットを、
 まだその肌も温かいうちに、お前は剥ぎ取って、
 それを自分の妻に与えるなんて…」

そう決然と言い放ち、彼を死刑にしました。

烈女です。
ナニワのおかんです。

好きで好きでしゃあないダンナにはイケズになってしまうけど、
人情にはとことん厚い。

けっこう好きです、イワノヒメ。
最強(最悪?)の嫉妬深い女として、1000年以上語り継がれてるっていうのは、
ちょっとかわいそうな気がします。

仁徳天皇は、
「煙が立ってない! この国の民は貧しくて食事の煮炊きもままならないんだ。
 減税しよう。これから3年は無税!」
と宣言して、役所がボロボロになって雨漏りするようになっても、
「たらいを置けばいい」という具合で3年がまんした人。

3年たってもう一度「国見」をしたら、今度は煙が立っていたので
「もういいな。民も豊かになった。税金がっぽとりまっせ!」

この逸話、私もよく知っていましたが、
「古事記」にはその前段も記してありました。

仁徳さんって、公共工事をたくさんやった人なんです。
中国からの帰化人の技術を使い、
茨田(まんだ)堤=堤防、茨田屯倉=新田、衣網池(よさみのいけ)=ため池、
難波の堀江(運河)、墨江(すみのえ)の津(港湾)と、
ありとあらゆる公共工事。
難波宮(=役所)だって、日本で初めての、本格的な中国スタイルの都です。

これだけ作ればお金もかかる。人の手も要る。
国民、けっこう大変だったんとちゃう?
3年くらい、税金免除してもらわないと困るくらい疲弊したのは、
この工事のせいかもね。

でも、茨田堤といい堀江といい、何百年ももった優れた土木工事です。
国民も、こうした工事によってとても潤ったことでしょう。
仁徳天皇、やっぱりすごい人。お墓の大きさが彼の偉大さをも物語ります。

女好きで恐妻家だけどね。






Last updated  2012.03.29 09:55:10
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2009.02.05
カテゴリ:記紀とその時代
旧約聖書を読もうと思ってまずつまずくのは、
「○○の息子△△、その息子××・・・」と続く
家系図の読み下しみたいな記述に出くわすこと。

物語を読もうと思ってるのに、
何なんだ、このしち面倒くさい記録は!
カットカット!
・・・と、思わず読み飛ばしてしまうページです。

古事記にも、こうした家系図暗唱、みたいなページがあります。
一人の天皇の話が始まると、
まず最初に「誰と結婚してその女性の子どもは誰と誰」
そして「その子どもは○○の妻、××の祖先」などなど。

とりあえず今回は読み飛ばしはなし。
きっとエクセルかなんかで
人物整理をしながら読むといいんでしょうね。
名前も似てるから困る。

さて、きのうの垂仁天皇の段。
あんなドラマチックな話が始まる前に、
やっぱりありましたよ、「后妃皇子女」の項。
最初に読んだときは、
「なーに? この天皇、姉妹をセットで嫁にするのがスキなの?」と思った。
二組の姉妹(二人と三人)と結婚してるから。
ヘンな男!と思ったけど、
まあ、この時代は同腹(母が同じ)でなければ、兄妹でだって結婚していたから、
そんなに目くじら立てるほどのことじゃなかったんでしょうが。
いずれにせよ、
あの熱愛悲恋を知ってしまうと、
「どうしてそうなったか」を知りたくなる。

まず、兄の謀反で自害した最愛の妃・サホヒメは、
「后」っていうくらいで、第一夫人・正妻だったんです。

この后は、天皇に
「お前の結んだ下帯を、誰にほどかせりゃいいんだ?」と泣きつかれて
「丹波のヒコタタスミチノウシの王の娘、
エヒメ(兄比売)とオトヒメ(弟比売)にしなさい」と勧めます。

「姉妹セット」は、なーんと后のアドバイス。
だけど、言われた二人のほかにあと二人、
ウタゴリヒメとマトノヒメという、妹二人も一緒に召し上げる。
召し上げといて、
結局あとの二人は返してしまうの。

なぜか。
答えは「いとみにくきによりて」。

だから欲張らずに、后の言うことだけ聞いてりゃよかったのにー。

返されたヒメはすごいです。
マトノヒメは、
「同じ姉妹なのに、ブスだから返されたなんて、近所に知れたらイヤ~!」
そういって丹波に帰る途中、山代の国(京都)に差し掛かったとき、
木の枝に首をくくって死んでしまった。憤死ですね。
懸木(さがりき)転じて相楽(さがらか)というのが、その地の名になったとか。

深い谷に落ちて死んだという話もある。
その地名は「堕国」(おちくに)から「弟国」(おとくに)に。
今の京都の乙訓(おとくに)だという。

一番大好きなサホヒメはもういないんだから、
きっと垂仁さんも、ちょっと人生投げてたかもしれないね。
最愛の人に寝首をかかれるところだった、と思うと、
夜伽の床も、ちっとも安らぎの場ではなくなってしまったでしょう。

彼は女には投げやりだったかもしれないけど、
サホヒメから手渡されたホムチワケのことは、とても愛したの。
でも、
ホムチワケは、一言もものを言わぬ子どもだった。
ある日空飛ぶ鳥を見て口をパクパクさせたので、
「すわ、あの鳥をつかまえよ、あの鳥を見たら話すかもしれない」と
家来たちに必死に追わせた。

紀伊→播磨→因幡→丹波→但馬→近江→美濃→尾張→信濃→越

今でいうと、
和歌山→南兵庫→鳥取→京都→北兵庫→滋賀→岐阜→愛知→長野→新潟

気が遠くなるほど追っかけて、とうとうつかまえた。
でも。
ホムチワケはやはり、何も話さなかった。

もう、タタリかもしれない、とか、ありとあらゆること考えて
家を建て直したりお祓いしたり。

バカな親って思うかもしれないけど、
子どもが病気になると、親なんてみんなこんなもの。
「あそこにいい医者がいる」と聞けば、
丹波でも播磨でも、信濃でもどこでも行っちゃいますよ。

それで、家には宗教の人がやってきて、
「祖先を大事にしないからです」とか「祈りなさい」とか言うんですよ。

生まれたと同時に母を失ったこの子が不憫で、
本当に一生懸命、心から治してやりたいと思ったんでしょうね。

最終的には話ができるようになったので、
天皇はとっても喜んだ、というお話です。









Last updated  2012.03.29 10:41:57
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2009.02.04
カテゴリ:記紀とその時代
奈良の西ノ京、唐招提寺の近くに
「尼ヶ辻」という近鉄の駅があります。
ここには、垂仁天皇の古墳があります。
外濠もけっこう広く、古墳には木々が青々としげり、
鳥たちのパラダイスとなっております。

去年のゴールデンウィークに奈良を旅した際、
朝早く薬師寺に行き、唐招提寺、そして古墳のあたりをゆっくり歩いて、
尼ヶ辻から秋篠寺へとまわりました。

このときは、まさか古事記にはまるなどとはつゆも思わず。
でも、
古事記にあった、この垂仁天皇の項に引き込まれてしまいました。

天皇は、サホヒコの妹のサホヒメをお后に迎えます。
(古事記では「沙本」と書いてサホと読ませていますが、
 尼ヶ辻のあたりは佐保路といいますから、
 佐保のあたりの有力者ということでしょうか)

サホヒコは、嫁ぐ妹に問いかけます。
「夫と兄と、どっちが大事だ?」
ヒメは「お兄様が大事よ」と答えます。
すると兄は、
「お前が本当に私を大事と思うならば、
 私とお前とで、天下をとろうじゃないか」
と言って、よく鍛えた小刀を妹に授ける。
そして
「この小刀をもって、寝ている天皇を刺し殺せ」
と迫るのでした。

もちろん天皇は、こんな策謀など知らない。
あるとき天皇は、后のサホヒメの膝枕で、
いい気持ちで眠っておりました。

ここで后は隠し持っていた小刀を握り、
天皇の首を刺そうと三たび振りかざします。
でも
天皇のことを思うと忍びなく、
首など刺すことはできずに、涙があふれ出るのでした。

すると天皇が目を覚まし、起き上がって言いました。

「今、不思議な夢を見た。お前の実家のほうから
 雨雲がやってきて降り始め、私の顔に雨粒がかかるんだ。
 そして錦の模様の小さなヘビが、私の首にまとわりついた。
 こんな夢は、何かの兆候だろうか?」

ここに至り、后はもうこれまでと観念し、
天皇にいきさつを白状したのです。
「兄から面と向かって『どっちが大事か』と言われて、
 思わず兄だと答えてしまったんです・・・」

「すんでのところで、騙されるところだった」
天皇は、すぐさまサホヒコを撃ち取りに行きました。

サホヒメは、兄のことを思うと耐えられず、
天皇のもとを離れ、
兄がたてこもっている急造の城砦の中に入っていきました。

このとき、彼女は身ごもっていました。
后を愛して3年、そして自分の子を身ごもっているならなおのこと、
天皇は彼女のことをあきらめられません。
それで、
一気に攻め滅ぼすことをしませんでした。
そうこうするうちに、后は出産します。

后は生まれた子どもを砦の外に出して言いました。
「もしこの子をご自分の子だと思ってくださるなら
 どうぞお受け取りください」

天皇も言います。
「お前の兄のことは憎いが、それでもお前のことが、いとしくてたまらないんだ!」

ですから、まだ后奪回をあきらめません。
兵士の中から俊敏で力のある者をえりすぐり、命令します。
「子どもを連れてくるときに、母親も奪って来い。
 髪の毛でも腕でも、手にかかったものをつかんで引き出してこい!」

でも。
后はそんな天皇の気持ちを痛いほどわかっていました。
それで、まず髪の毛をすべて剃り落とし、その髪をかつらにして頭を覆い、
着る物には酒をかけて腐らせて、弱くなった衣服をまた着込みました。
腕にもぼろぼろにした紐(玉の緒)をぐるぐると巻きつけました。

このようにして、后は子どもを抱き、
その子どもを砦の外に差し出しました。

手はずどおり、特殊部隊の兵士たちは子どもを手にすると、
すぐさま母親をもつかまえようとします。
しかし、
髪の毛をとればするっと落ちてしまうし、
手をとっても紐がちぎれてしまうばかり。
着る物も、触れれば破れ、どうしても母親をつかみきれぬまま、
兵士達は子どもだけを連れて自陣に戻りました。

彼らの報告を受け、
天皇はとても悔み恨みました。

天皇は砦の中の后に呼びかけます。
「子どもの名前は母親がつけるものだ。この子をなんと呼べばいい?」
「この砦は炎に包まれます。この子は炎(ほむら)にちなみ、
 ホムチワケと名づけましょう」
「母親がいないのに、どうやって育てればいいんだ?」
「乳母や産湯の係りを決めれば、ちゃんと育ちますよ」
「お前がしっかりと結んだ私の下帯は、どうすればいいんだ?」
「いい人がいますから、その人たちをお召しなさい」

后は、天皇の嫁の世話までして、
兄のサホヒコが討たれると、砦の中で自害しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーん、
こういう凛とした女性は、時代劇には欠かせませんね。
寝所に隠し持った小刀をチャンスとばかり振りかざしながら、
ひとつも疑いなく安らかに眠っている寝顔がいとしくて、
「できない。私には、できない・・・」と小刀取り落とし、
よよと泣き崩れるのは、時代劇の王道です。

生まれた家と嫁いだ家のはざまで苦しむ女は、
1500年も前からいた、というわけで、
このDNAはおいそれとなくならないでしょうねー。

その上、
母親から父親に託された子どもホムチワケは、
ずーっと言葉を発しなかったというんですよ。

そのことも含め、
后亡き後の天皇の心情を、明日、また書きますね。

*垂仁天皇は、第11代の天皇ですが、年代は不詳です。
 古事記の記述をある程度信用すれば、1500年前くらいかなー。

 
 











Last updated  2009.02.04 23:34:25
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2009.01.31
カテゴリ:記紀とその時代
昨日の続きです。

兄貴の釣り針をなくして困っていた弟に
「海の神様んとこに行くとよろし」と声をかけた老人は
その後のこともちゃんと言い置いてくれます。

「しっかり編んだ小船に乗って流されるままに海を行けば、
 ウロコ屋根を葺いた宮に行き着く。
 門を入ったら、かたわらに井戸があるから、
 その脇の木に登って座っていなされ。
 海の神様の娘が来て、よしなに扱ってくれるじゃろ」

弟、言うとおりにしたら、言うとおりのことがおこりました。
井戸の脇の木に登っていると、
トヨタマビメに使える女召使いが、
きれいな入れ物を持って井戸までやって来たのです。

さてその女、
水を汲もうと井戸の中を見ると、
中の水に何かの影が映りました。

「何かしら?」と仰ぎ見ると、
男がいるじゃありませんか!

(あーら、イケメン!)

でも、何でこんなところにいるの?
・・・といぶかる隙も与えず、
弟くん、その女の子に
「あのー、水が欲しいんですが」と声をかけた。

彼女、すぐさま水を汲んで、持ってきた器に入れて差し出すと、
イケメンは「水がほしい」と言っていたのに、その水を飲まず、
首にかけていた玉飾りから一つ玉をはずすと、
いったん口に含んでからその水の中に、
「ぺっ」と吐き出した!

いとアヤシ。

もちろん、召使いはその玉を除けようとするんだけど、
これが器にひっついて、取れない!

(何よ~、これ??)

仕方がないので、玉がくっついたまま、
トヨタマビメのところまで持って行きました。

当然、トヨタマもいぶかしがる。
「ねえ、外に誰かいたの?」

かくかくしかじか、といきさつを聞くや、
おヒメさん、のこのこでかけていっちゃう。

(イ・ケ・メ・ン!)

異国の人ですからねー。
人間って、自分にはないものに憧れます。
エキゾチックなオトコは、木の上に腰掛けて、ヒメにウィンク。

ヒメ、いちころです。

「ねえねえ、お父さま~。あのね、お外にね、
 カッコイイオトコの人がいるの」

どりゃどりゃ、と自分の目でたしかめてみると
「おおー! この人は、天皇の子ども、王子様じゃないか!」
大喜びで家に引き入れ、
アシカの毛皮を何枚も敷いた上に座らせて、
結納の品々を机の上にガンガンそろえて、
すーぐに娘をオトコとくっつけてしまいました。

かーなり居心地がよかったのか、
弟、兄貴の釣り針のことも忘れて3年暮らしましたとさ。
ある日、突然そのこと思い出して、
深~いタメ息ついてしょげてるのを見て、
ヒメはとっても心配になった。

「ねえ、お父様。今まで3年間、一度も嘆いたこともなかったのに、
 あんな大きなため息ついて。どうしたのかしら?」

しゅうと殿、ムコ殿に尋ねます。
「何か心配事でもあるんですか? というか、
 そもそも、あなたがここにいらした理由って何かあるんですか?」

それでムコ殿、かくかくしかじか。
しゅうとは海の魚という魚を集めて情報収集。
すると
「タイのやつ、このごろノドに何かひっかかってモノが食べにくいって
 こぼしてましたけど」という者が!

「それだ!」

しゅうと殿、タイから釣り針を取り出してきれいに洗うと、
ムコ殿に言いました。

「兄上には、そのまま返しちゃダメですよ。返すときは後ろ手で、
 『憂鬱針、怒りんぼ針、貧乏針、アホ針』って言いながら渡しなさい。

つまり、呪いをかけちゃったのよね。
その上、
「兄上が川上に田んぼ作ったらあなたは川下に作りなさい。
 私は水を意のままにできるから、あなたに有利になるように動きましょう。
 それを恨んで攻めてきたらしめたもの、
 こっちには潮の満ち干きをコントロールできる玉だってあるんだ」

家に戻った弟は、どんどん豊かになり、
兄は戦いにも敗れ、とうとう「お前に仕えることにする」と降参しました。

山彦=ヤマト
海彦=ハヤト(薩摩隼人)

海のことを熟知して権力を持っていた薩摩隼人を、
ヤマトの王は、琉球とか、そういう海の民を味方につけて
征服していったっていうことなんでしょうかね。

・・・・・・・

さて、
ここからが悲しい物語。

トヨタマは、妊娠しました。
「この子はハーフだから、
 私の実家(海の中)で産んではいけないと思って」と
山幸彦のもとへとやってきます。
そして臨月。
波打ち際に萱をふいて産屋を作ったけど、急ごしらえで間に合わない。

「みんな子どもを産むときは、先祖返りするっていいます。
 お願いですから、私が子どもを産むところ、見ないでね」

(なんでそんなこと言うんだろう?)

山幸彦、やっぱりのぞいてしまう。すると・・・
トヨタマはでっかいワニになってクネクネうねっていたのでした!

見ちゃった男は逃げ出した。
見られた女は・・・。

 うちはづかしとおもほして
 すなはちその御子を生み置きて

「私は、実家から通ってこようと思っていたのですが、
 私の本当の姿を見られてしまっては、もう恥ずかしくて」と
泣く泣く子どもだけを置いて実家の海に帰っていきました。

でも子どものことが心配で、妹のタマヨリヒメを乳母にします。

(ちょっとヘン。姉がワニなら妹もワニじゃない?)

産んだ子どもの名前はウガヤフキアエズ。
まだ萱の小屋ができあがらないうちに生まれた子どもっていう意味です。

この子、
最終的には乳母で叔母さんのタマヨリと結婚しちゃうんだよ。
お父さん、それでいいのかね?

いいんです。
ウガヤフキアエズはハーフですから。
海の者の血を引く同志、きっと通じ合うものがあったんでしょう。

それにしても
山幸彦、「君の事はわすれないよ」っていう歌を歌ってるんだけど、
それだったら、別れなきゃいいのに。

事情があったんだね、きっと。
二人は愛し合っていたけど、
血統とか、けっこう重要な問題だったんでしょうかね。
トヨタマは、身を引くしか子どもを守れなかったのかもね。

いろいろ考えてしまいました。

古事記って、おもしろいです。










Last updated  2009.01.31 19:03:56
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2009.01.30
カテゴリ:記紀とその時代
今まで、何度か「古事記」をちゃんと読んでおきたいと思ったことがあった。
でも
どうも2、3ページ進むと終わり。
古文だしねー。

今回、難波宮関連の本を何冊か読んで、
昔の天皇の名前もたくさん出てきて、
神社の名前もたくさん出てきて、
「あー、私は何にも知らないなー」と改めて感じた。

そんなとき、古本市で見つけた「古事記」。
同じ岩波文庫でも、出ている年によって装丁が違う。
私が「いいな」と思ったのは、1987年8月20日発行の第35刷のもの。
紙もきれいだったし、150円だったし、
活字にも、親近感がわいた。
根拠はないけど、読みたい気分を誘ったので、これに決まり!
読んでみて、アタリだった。
倉野憲司さんの校注、わかりやすいです。

「知らない」と思っていたけど、
逆に、けっこう知っているものが多いとわかった。
特に「上つ巻(かみつまき)」つまり神話の時代のものは。
「天の岩戸」「因幡のしろうさぎ」「海幸彦、山幸彦」「やまたのおろち」などなど。

たしかに知ってるは知ってたけど、実はちょっとちがうんだな。
子ども向けにリライトされた「むかしばなし」としての知識だったから。
ほんとは、けっこう色っぽい話、生々しい話のオンパレード。

神様の話とか、天皇の話とか思うから
かしこまったり、「事実か?」といぶかったりするのだけど、
「お話」としてみると、リアルです。
人間ドラマの核心に触れるものが多い。

たとえば。

イザナギにはイザナミという妻がいました。
イザナミは、たくさん子どもを生みましたが、
産褥のトラブルで死んでしまいました。
イザナギは黄泉の国まで行ってイザナミを生き返らそうとしましたが、
向こうの食べ物を食べた後だったので、
もう妻を連れて帰ることはできませんでした。
妻は見ないでって言ったのに、夫が後ろを振り返ったために
ゾンビになったところを知られ、
「よみがえり計画」はオジャンになったのです。

黄泉の国から帰るとイザナギは、
あの世のケガレを落とすために、海に入って服や体を清めます。
あっちゴシゴシ、こっちゴシゴシ。
すると
そのたびに、いろんな神様が生まれるの。
右のおメメを洗うと、アマテラス(太陽)。
左のおメメを洗うと、ツクヨミ(月)。
お鼻を洗うと、スサノオ(嵐)、などなど。

「オレも子どもを作れたぞー!」と、イザナギは喜びます。

そして3人の子どもを集めて言いました。
姉のアマテラスに「お前には、昼の世界をやろう」。
妹のツクヨミには「夜の世界をやろう」。
末のスサノオには「海をあげよう」。

上の二人の姉妹はお父さんのいうことを素直に聞いたのに、
下の弟は泣いてばかり。
「わしがせっかく分けてやった海を治めもせずに、
 どうして泣いてばかりいるんだ?」
「だってボク、ママに会いたいんだもん」

そうなんだ!
スサノオは、ママに会いたいんだ。
さみしいんだよね。
二人が姉で、末っ子が弟ですよ。
甘えんぼうに育つよね~。
スサノオって乱暴ものだっていう刷り込みがあるけど、
家族とか、兄弟の関係が凝縮されているように思う。

ちょっと「リア王」にも似てる。
あれは3人目も娘だけど、
コーディリアも、自分の感情だけに忠実で、
かたくなで、世間知らずで。
世の中、うまく渡れないのよね。

「因幡のしろうさぎ」も、
もともとは、ホメロスの「イリアス」に出てくる、
「絶世の美女ヘレネを誰が嫁にするか」みたいな話から始まる。
スセリヒメ(=ヘレネ)は、
たくさんの求婚者がいるなかで、
うさぎを助けたオオクニヌシと結婚したんだけど、
そのオオクニヌシ、たーくさん女を作るのよ。
特に、越後の国のヌナカワヒメにご執心。
すぐに「うん」と言わず、一晩オアズケをくらわせるような女には、
それだけで燃えてしまうらしい。

そこで正妻のスセリヒメがネチネチと嫉妬心を訴えるところがいい!

これから出雲から大和へ出立しようというオオクニヌシが
乗った馬の鞍に手を掛け、片足は鐙(あぶみ)にかけて
「行ってくるぞ」というときに、
「男のあなたは、立ち寄る場所場所に女を作るのね。
 私は女だから、あなたしかいないの。あなただけなの」

逆の話もしこたまある。
自分のほうが先に夫婦になったのに、
すごーく身分の高い(ていうか、神様の娘)人ともいい仲になられて、
子どもだけ送り届けて身を引く話、多いです。

「海幸彦、山幸彦」の話もその一つ。
でも、
この話、そこに行き着くまでもけっこうリアル。

お兄ちゃんみたいに釣りやってみたいなー、と思った弟が
「1回だけ釣り針貸して!」とせがむと、
兄はしぶしぶ貸すんだけど
弟、うまく釣りができずに釣り針を海に落としちゃう。
「ごめん、ボクの大事な刀を500に割って、釣り針いっぱい作って返すから許して」
「ダメだ! あれじゃなきゃダメ。返せよ、絶対返せよ」

これもありがち。
私も幼いときに、妹におもちゃを貸すのがいやでした。
貸したおもちゃが壊れようものなら、
「元に戻しなさいよね」「弁償しなさい!」など
無理難題を言って困らせたものです(汗)。

弟、浜でしくしく泣いていると、カメ仙人みたいなじいちゃんが寄ってきて、
「竜宮へ行って海の神様に会いなされ」とアドバイスしてくれます。
ていうか、
「木の上にのぼっていると、海の神様のとこの娘が寄ってくるから、
 その女になんとかしてもらいなさい」って、こりゃ、ナンパ指南だね。

そのナンパの仕方が、とーってもステキに描いてあるので、
そこは明日、ご紹介します。 
 






Last updated  2009.01.30 23:17:13
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