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楽天版じぶん更新日記

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旅行

2006年06月18日
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カテゴリ:旅行
エジプト皆既日食とナイル古代文明のアルバムの最後の部分、「カイロ→ロンドン→成田」の機上からの写真を
こちらにアップしました。

写真を整理していて初めて気づいたのですが、1枚目の写真の右下には、なっなんと、ギザのピラミッドが写っていたではありませんか。

帰りの便では、カイロ→ロンドン、ロンドン→成田の2便とも、窓際から2番目の席だったため、あまり写真は撮れませんでしたが、カイロ離陸後しばらくして、何人かの乗客が左の窓からカメラを向けていたのでとりあえず1枚、と撮ったのがこの写真でした。タイトルには「空から眺めた」と書きましたが、実際にはカメラの液晶を眺めていただけでピラミッドを撮っていたとは全く気づきませんでした。

余談ですが、ピラミッドの衛星写真だったら、Googleマップから眺めることができますよ。
まず、手のひらマークで画面を押すようにしてカイロ上空までスライドします。次に表示を「マップ」から「サテライト」に切り替えて、ナイル西岸のあたりを探していくと、緑地・住宅地帯からちょっと外れたところに、正方形(四角錐)のピラミッドが見えてきます。場所が特定できたら、せいいっぱい、ズームしてみてください。スフィンクスのある場所も、ちゃんと見えています。

エジプト関係の旅行記はひとまずこれで終了。なお、「成田→北極地帯→ノルウェー上空の写真」は、
こちらのほうに掲載しました。アレキサンドリアと、昼間のピラミッドの写真もいずれ追加する予定です。






最終更新日  2019年01月28日 15時41分41秒
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2006年06月11日
カテゴリ:旅行
エジプト皆既日食とナイル古代文明のアルバムサイトを1カ月ぶりに更新しました。
今回追加したのはカタラクト・ピラミッド・リゾートのエントランスホール屋上から眺めた夕焼けのピラミッドです。
前日に雨が降ったため、ホコリが洗い流され、スッキリと晴れました。
このホテルには3月27日の夜にも1泊しましたが、このときは霞んでいてピラミッドは全く見えず。そういう点では、カイロの最後の夜にこんなに晴れて、まことにラッキーだったと思います。

この日の夕焼けは、エジプトの北西端のサルームで眺めた
皆既日食時の空とよく似ていました。そこで、画像処理ソフトを使って、コロナとピラミッドを合成したのが↓の写真です。カイロで皆既日食が見られることがあれば、たぶんこんな景色になるそうです。

なお、同行インストラクターの渡部潤一先生に直接聞いてみたのですが、カイロやルクソールで過去に皆既日食が見られたかどうかは、天文学的には分からないそうです。理由は、4000年も前となると、地球の自転速度そのものが今とは異なっているから。
4000年前であっても、皆既日食が起こった時刻は秒単位までで正確に計算することができますが、それが地上のどの場所で起こったのかは、自転速度がちょっとでも変わればたちまちずれてしまうというわけです。









最終更新日  2019年03月03日 17時23分54秒
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2006年05月14日
テーマ:海外旅行(5056)
カテゴリ:旅行
昨日に引き続きエジプト旅行のアルバムを更新しました。
今回は、カイロ市内(ハーン・ハリーリ、考古学博物館ほか)です。

さて、エジプト考古学博物館のお目当ては何と言ってもツタンカーメン(トゥトアンクアムン)の黄金のマスクです。
じつはこのマスクを直接目にするのは初めてではありませんでした。各種資料によれば、1965年、東京・上野の東京国立博物館でツタンカーメン展が開幕されました。期間中に100万人以上の入場者があったといいますが、とにかく私もその1人として見に行った記憶があります。国立博物館の周りにには長蛇の列ができていたことを記憶しています。

今回は、そんな列はありませんでした。閉館の1時間前ということもあって比較的空いており、マスクの前に誰も立っていないという時さえありました。また、ガラス越しではありましたが、1m程度の至近距離から、正面、真横、真後ろ、斜め下などいろいろな角度から眺めることができました。

合計3回ほど、マスクの前に立ち、合計時間は3分半くらいになったかと思います。
ツタンカーメンが即位したのは紀元前1350年頃と言われています。マスクが作られてから3350年、これは時間に直すと約3000万時間となります。そのうちの3分半は1.99e-9、私の計算に間違いがなければ、黄金のマスクが作られてから今日に至るまでの時間の5億分の1の長さにすぎませんが、私という人間がそのマスクから物理的に最も近い場所に立っていたという事実を作り上げることができました。






最終更新日  2019年01月27日 16時58分57秒
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2006年05月13日
テーマ:海外旅行(5056)
カテゴリ:旅行
久しぶりにエジプト旅行のアルバムの更新をしました。
予定ではあと3つくらいアルバムページを追加して完成にこぎ着けたいと思っているのですが
土日以外はなかなか忙しくて手を出せません。

さて、今回追加したのは、カイロのガーマ・ムハンマド・アリ(旅行会社の日程表では「モハメドアリ・モスク」)の写真です。
この日は早朝にルクソールを出て、このモスクと旧市街、考古学博物館を回りました。

ところで、先日、NHKの「探検ロマン世界遺産スペシャル」でエジプト・カイロを取り上げていました。
エジプトに行く前は、カイロにある世界遺産というのはみんな古代文明の遺跡ばかりだろうと思っていたのですが、実際訪れてみると、ピラミッドやスフィンクスとはゼンゼン関係のない中世カイロの旧市街だったんですね。アラビアンナイトの舞台はバグダッドあたりだと思っていたのですが、これもカイロで完成されたとか。






最終更新日  2019年01月27日 08時16分25秒
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2006年05月02日
カテゴリ:旅行
エジプトアルバムサイトルクソール→カイロ(機上からの眺め)を追加しました。

この時はたまたま右の窓際の座席が指定されていたため、ナイル川近くの乾燥地帯や、遠く、紅海方面の山並みを眺めることができました(逆光であったことと、全体に霞んでいたため、あまりよい写真は撮れていません)。

さて、エジプトはアフリカ大陸の北東に位置する国でありますが、滞在中、いまアフリカに来ているんだなあという感じは全くありませんでした。
どちらかと言えば、地中海沿岸、あるいは、中東の砂漠地帯といった印象です。

これはたぶん、アフリカについての私自身のイメージにも関係しているかと思います。
私の場合、アフリカと言えばやはり、広大なサバンナを真っ先に思い浮かべます。
そういう意味では、キリマンジャロ登山後に訪れたマニャラ(Manyara)湖一帯は野生動物たちも多く、いかにもアフリカという感じがしました。
たぶんこういうイメージを持つのは、子どもの頃テレビでやっていた「狼少年ケン」や「少年ケニヤ(←実写ドラマ版)」の影響をモロに受けたからでしょうねえ。

ちなみにアフリカ各国の中で、人口が多い国はナイジェリア、エチオピア、エジプト、....
GDPが多いのは、順に、南アフリカ、アルジェリア、エジプト、...
ということで、エジプトはいずれもアフリカ内3位にランクされています。
エジプトのGDPは日本の50分の1みたいですが、そんなに違いがありますかねえ。






最終更新日  2019年03月03日 17時06分37秒
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2006年04月29日
カテゴリ:旅行
ルクソール西岸からはファルーカ(帆掛け船)に乗って、直接ルクソール神殿入り口へ。
この日の最後の観光となりました。
とにかく、朝アブ・シンベルを発って、たった1日でルクソール観光を終えようというのですから大忙しです。
すでに日が沈みかけていて、神殿の石像や石柱を照らしていました。
もっとも、この光の具合はなかなか素晴らしいものでした。
こちらにその時のアルバムを掲載しました。

ところでアルバムの中の2番目に、フクロウのような絵文字があります。
これは、私が大学に入ったころ、バートレット(Bartlett 1932)による記憶変容の実験として紹介されたことがあり、たいへん懐かしく感じました(他の遺跡にもありましたが)。

写真の下のほうに、その概略を私のイラスト(ホンモノの実験結果に似せたもの)で示しておきます。
実験はだいたいこんな感じです。まず被験者となった最初の人に、1番左の絵を見せて記憶してもらいます。絵を取り上げてから、白い紙に、覚えた通りにそれを再生してもらいます。
2番目の被験者は、1番目の被験者が描いた絵を記憶し、同じようにして再生していきます。
こうして「リレー再生」を続けていくと、もとのフクロウの絵が、猫の後ろ姿に化けてしまうという面白い結果が得られています。

要するに、曖昧な図形を見せられると、その一部分が「強調化」され、また、見慣れた形や、「○○の絵だろう」と思い込んだ形に変化していくというものです。

ちなみに、このフクロウのような絵文字は、ツタンカーメンの黄金のマスクの裏側の左下隅にも刻まれているのを確認しました。









最終更新日  2019年02月07日 19時11分23秒
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2006年04月28日
カテゴリ:旅行
エジプト皆既日食旅行からちょうど1カ月目の新月を迎えました。
アルバムサイトのほうは、やっと、ルクソールのナイル川西岸地域を追加したところです。

この日は、カルナック神殿を見学した後、船でナイル川を渡って西岸地域を訪れました。
ナイル川の水にじかに触れたのはこれが最初でした。

ナイル川の印象は、川幅が意外に狭いということと、水の青さに驚いたという2点に絞られます。
ルクソールあたりの中流域の川幅は多摩川や岡山の旭川よりは広いとは思いますが、利根川河口付近とイイ勝負ではないでしょうか。
これまで私が訪れたことのある黄河、長江、アムール川、インダス川などはみな濁っていました。その点、砂漠を貫いて流れるナイル川がなぜあんなに青いのか不思議でなりません。両岸の耕作地が防砂林の役目を果たしているからでしょうか。ナセル湖で堰き止められた時点で泥が沈殿し、そのあとは岩盤地帯を流れるためでしょうか。

ところで、ナイル川と言えば、世界一長い川として知られています。もっとも私が小学生の頃は、世界一長いのはミシシッピー川だと教わっていました。ウィキペディアにもある通り、このあたりはいろいろと議論があるようです。











最終更新日  2019年02月07日 19時07分48秒
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2006年04月24日
カテゴリ:旅行
アブシンベルを朝出発して、飛行機で午前中のうちにルクソールへ。
ここではまず、カルナック神殿を見学しました。
噂には聞いていたものの、実際に間近に見た石柱やオベリスクの大きさには圧倒されました。

何枚かの写真をこちらに載せておきます。

その中の1枚をここにもリンクしておきます。
オベリスクの先端に太陽を重ね合わせて、「コロナ」の再現を試みた写真です。

ギザのピラミッドやアブ・シンベル神殿同様、カルナック神殿でも音と光のショーをやっていると聞きましたが、翌朝の起床時刻が5時だったこともあり、一人で出かけるのは諦めました。しかしあとでガイドブックをよく見たら、宿泊先のヒルトンホテルとカルナック神殿とは1km程度しか離れていないことが分かりました。多少無理しても歩いて行けばよかったと、ちょっぴり後悔しています。









最終更新日  2019年02月07日 19時34分29秒
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2006年04月23日
カテゴリ:旅行
きょうのじぶんの日記では、
エジプトと日本のどちらが広いかという話題を取り上げました。

外務省基礎データによれば、エジプト・アラブ共和国の面積は約100万平方kmであり、日本の約2.6倍となっているそうですが、かなりの地域は乾燥地帯で、居住地や耕地としてあまり利用されていないように思われます。

その点、日本は、領海と排他的経済水域を含めると447万平方kmになると言われていますから(但し、近隣国と外交問題になっている水域を含む)、陸地面積の10倍以上を十二分に利用していることになります。
砂漠と違って、道路を造らなくても船で物を運べますし、水産資源は重要な食糧になっています。
こうしてみると、どっちが広いかは、一概には言えません。

↓の写真は、ルクソールからカイロに向かう飛行機から写したナイル川沿いの耕地の様子です。
写真中央を横に伸びているのがナイル川とその両岸の耕地ですが、それ以外は荒涼とした岩山と砂漠になっています。なお、写真奥(紅海方面)には高い山脈も見えています。









最終更新日  2019年02月07日 19時18分21秒
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2006年04月22日
カテゴリ:旅行
妻からの情報によれば、本日22日の21時から岡山放送(フジTV系)で

「エントラップメント」99年アメリカ。ショーン・コネリー。

という映画をやっているとか。
この、ショーン・コネリーからの連想になりますが、今回のエジプト旅行で
ロンドンから成田に向かう便は、何と、007便でした。それも007の本場の英国航空。
↓にその証拠写真を挙げておきます。

余談ですが、私が乗った飛行機で「7」に関係した便としては、
JL777便というのがあります。関空発ブリスベン経由シドニー行きです。
いまでも運航している模様。







最終更新日  2006年04月22日 22時12分26秒
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