Vanessa Benelli Mosell:Italia
イタリアの若手ピアニスト、ヴェネッサ・ベネッリ・モーゼル(1987-)の新録音「Italia」を聴く。短い曲が並んだ、一種のアンコール集のような構成。ディストリビューターによると、このアルバムの特徴は『スカルラッティ(18世紀初頭)から始まり、エツィオ・ボッソの作品(2015)までのイタリアの300年の音楽の歴史を俯瞰するものだそうだ。驚くべきことに歴史的期間だけでなく、スタイルの面でも互いに非常に離れている作曲家の作品が並んでいる』とのこと。選曲も一筋にはいかない凝ったもので、興味深く聴くことが出来る。モーゼルはバロックから現代音楽まで引けるピアニストとしての特異な才能を発揮して、まさに彼女にしか作れないような優れたアルバムに仕上がった。どういう基準で選んだのか不明だが、曲順はランダムというか、少なくとも年代順ではない。いきなりモリコーネの映画「海の上のピアニスト」から「愛を奏でて」勢いのあるカデンツァがばらばらと弾かれ、そこからニュアンス豊かでロマンティックな旋律が出てくる。エンディングの余韻もいい。最初で意表を突かれたが、後は比較的まとも。このアルバムで取り上げられた曲を筆者はほとんど知らないが、興味深い曲が多数あり興味は尽きない。特にオペラ作曲家のチレアやヴェルディのピアノ曲が取り上げられているのは嬉しい。チレアの「フラットリー Op. 11」はショパンのマズルカを思わせる清楚で華麗な作品。ヴェルディの「ワルツニ長調」はピアノのために書かれたが、ニーノ・ロータがヴィスコンティの映画「山猫」で管弦楽編曲版で使われるまでは未出版だったという。幾分ジンタ調ではあるが、気品のあるワルツで、モーゼルはアゴーギクの効いた優雅な演奏で華麗に仕上げている。ヴェルディはピアノ曲は他に「ロマンス」という曲を作曲しているのみ。こちらによるとワルツより優れているようだ。(未聴)マルコ・ストロッパ(1959-)のミニアテューレ・エストローゼ第1巻は『ピエール=ロラン・エマールからの委嘱により約20年をかけて作曲された現代ピアノ音楽の古典的作品』という。第2曲「 II. Brichino, come un furetto」は典型的な現代音楽だが、16分音符の小刻みなリズムがユーモアを感じさせ、悪くない。ロッシーニの珍しい作品も取り上げられている。ロッシーニの「小カプリース」晩年に作曲された「老年の罪」というシリーズの第10巻の第2曲でオッフェンバックのスタイルで書かれた気の利いたユーモラスな曲だ。バッハのシャコンヌ(ブゾーニ編)のダイナミックでスケールの大きい演奏、ドメニコ・スカルラッティのキーボード・ソナタの歯切れがよく明快な演奏、プッチーニの印象派を思わせる「アルバムの綴り」など、書きだしたらきりがない。特異なのは、フランチェスコ・メリの歌で「I' te vurria vasà(あなたの口づけを)」が歌われていること。この曲は「オー・ソレ・ミオ」などのシャンソンで有名な作曲家エドゥアルド・ディ・カプアのシャンソンナポリの歌のトリビュートとのことだが、フランチェスコ・メーリのまじめ腐った歌共々、唐突感は否めない。最後はフランチェスコ・フィリデーイの「トッカータ」アルバム中最も興味深いサウンドだ。ピアノの弦をハンマーが打つ音は聞こえないところから、相当変わっている。何やら音の出ないピアノの鍵盤を、カチャカチャ鳴らしているような音だ。左手のリズムが蒸気機関車の音を思い浮かべる。youtubeを探したらライブの動画が何本か上がっている。フランスの作曲家ヤン・ロバン(1974-)の演奏をみたら、どのような演奏か分かった。もともと「トッカータ」という言葉は、イタリア語で触れるを意味する「トッカレ」を由来とする言葉で、その「トッカレ」からインスピレーションをえて作曲したのだろうが何ともユニークな作品だ。凄いスピードで文字通りピアノの鍵盤のみならずあらゆる部分を触って、その摩擦音をマイクで拾って増幅するというものなので、打楽器のような音がするのも当たり前かもしれない。どの部分をどれくらいの強さで触ると、どういう音が出るかを研究した作品で、多彩なサウンドで、立派な現代音楽になっているのが素晴らしい。最後のキーキー音など、想像さえできない方法で音を出している。この部分は是非動画でご覧頂きたい。なお、carolina-santiago-martinezの演奏ではペダルでの音の出し方も分かる。抒情的な作品もあるが、快活でユーモアに富んだイタリア人の気質が窺える作品が多いような気がする。録音は悪くないが、高音が少し濁って、ぎらぎらすることがある。ということで、実にユニークな小品集として是非お聴きいただきたい。Vanessa Benelli Mosell:Italia(DECCA 4859570)24bit 96kHz Flac1.Ennio Morricone:Playing Love2.Domenico Paradies:Harpsichord Sonata in A Major, P 893.06: II. Allegro (Toccata)(1957)3.Ottorino Respighi:6 Pieces for Piano, P. 44: No. 5, Studio. Presto(1903-1906)4.Francesco Cilea:Flatterie, Op. 115.Domenico Scarlatti:Keyboard Sonata in D Minor, K. 1416.Luciano Berio:6 Encores: No. 3, Wasserklavier7.Alfredo Casella:Toccata, Op. 68.Ezio Bosso:Emily's Room (Sweet and Bitter)9.Giovanni Sgambati:4 Pezzi di seguito, Op. 18: No. 4, Toccata in A-Flat Major10.Johann Sebastian Bach:Partita for Violin Solo No. 2 in D Minor, BWV 1004: Chaconne (Arr. Busoni for Piano)11.Nino Rota:Valse lento molto cantabile12.Baldassare Galuppi:Harpsichord Sonata in B-Flat Major, TG 14: III. Giga13.Giacomo Puccini:Foglio d'album, SC 8114.Gian Francesco Malipiero:Preludi autunnali: No. 4, Veloce15.Giuseppe Verdi:Waltz in F Major16.Marco Stroppa:Miniature estrose, Book 1: II. Brichino, come un furetto17.Goffredo Petrassi:Partita for Piano: IV. Giga18.Gioachino Rossini:Péchés de vieillesse, Vol. X: No. 6, Petite caprice (Style Offenbach)19.Eduardo Di Capua, Alfredo Mazzucchi:I' te vurria vasà20Francesco Filidei:Toccata(1996)Vanessa Benelli Mosell(p)Francesco Meli(t track 19)