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今が生死

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読書

2020.09.06
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カテゴリ:読書
今自民党の総裁選たけなわである。自民党総裁即内閣総理大臣になることがほぼ決まっているので誰が総裁になるか国民は注視しているが派閥の支持状況で既に大勢は決まっているような状況である。頼みは岩手県を除く各都道府県での予備選の結果である。予備選は正規の規約である国会議員数と同数ではなく、各県3票とのことで当落に影響する所までは行かないが国民の意識のある程度は推測することが出来る。
今昭和風雲録を読んでおり、時代は違うがその時代の若者の心を覗いてみた。


昭和7年2月7日に民政党の井上準之助前大蔵大臣が撃たれた事件を皮切りに全13名の血盟団が明らかになった血盟団事件、同年5月15日に起こった犬養首相襲撃事件に始まる5.15事件、昭和11年2月26日に首相官邸襲撃事件に始まる陸軍兵士1000人以上が関わった2.26事件まで一人の人物の影響が大きく関与していた。その名は井上日召、日蓮宗の僧侶である。彼は医者の家に生まれたが物事をトコトン突き詰めなければ納得できない所があり、学校の授業には満足できなくて物理以外はばかばかしくて勉強もしなかったので成績もあまりよくなかった。学校でも世間でも「良いことをして悪いことをしては駄目ですよ」と教えるが良いことと悪いことの区別はどこでつけるのか分からなかった。誰に聞いても納得できるように教えてくれる人がおらず、結局特権階級が自分達の都合のよいようにように決めており、確信の得られるものはなかった。少年時代、青年時代と悩み続きの人生だった。満州事変が起きて満州にも長く滞在したり自宅に帰ったりしたが心のもやもやは消えることがなかった。キリスト教に入信したが救われなかった。満州にいた時日本の偉い牧師が講演に来たので聞きにいって「質問があるか?」と言われたので生きる意味とか信仰の必要性、国家との関係など自分が今まで疑問に思って悩んでいることを質問した。そしたら「あなたはキリスト教徒ですか」と聞かれたので「前はそうだったが今は信じられないので止めた」と言ったら血相を変えて「あなたのような人を卒業信者と言って宗教界で最も人格劣等な者とされています。皆さんどうです。これが真面目な青年の質問でしょうか?」と万座に向かって極度の憎悪を吐露した。「何言っていやがるのだ、質問しろといったから質問したんだ、具合悪ければ最初から質問を限定すればいいではないか!」と捨てセリフを残して外に出た。悩みは解決できなかった。禅宗の坊さんの所に友人の勧めで出たことがある。「満州は貴様のような坊主の来るところではない、俺のような命の捨て所に困った奴の来るところだ。さっさと内地に引き上げろ」と脅してやるつもりで来たがその坊さんの人格に打たれて朝5時から夜11時まで半年間坐り続けた。そしてようやく今まで感じたこともない安心が得られるようになったが仕事の関係でその後坊さんから離れ諜報勤務で天津や北京などを駆け巡って活動したが、再度次第に安心を失い、深夜一人寝台に座って果てない煩悩に悩まされた。そして悩みながら日本に帰国し郷里川場村の三徳庵という三味堂に籠った。法華の題目を唱えに唱え、唱え続けて死のうとまで決心した。すると何十日かした時心身に異常を感じたがどうせ死ぬなら死ぬのだとなおも題目を唱えているうちに遂に一道を自覚することが出来た。朝東天に向かって題目を上げていたら身は法悦に戦き、見るものことごとく大光明の世界であまりの嬉しさに大地を転げまわった。法華唱題に安心を得た彼は上京して立正安国論など日蓮の遺文集を詳読した。世の中は乱れている。正さなければ国が危ない。の確信に立ち活動を始めた。特権階級や財閥、支配者層に個人的恨みはないが国のためには倒さなければならないという考えに至った。一人を殺して世の人の幸福を願う(一殺多生)、破壊即建設、捨て石、いずれも物騒な思想だが、彼の下に集まった東大生や陸軍、海軍の若者は感銘を受けた。彼には私心は全くなく、日本国のために命を捧げるとする彼の情熱は若者の心をとらえ3つの国を揺るがす大事件を引き起こした。彼に接する者の殆どが彼の誠実で思いやりのある人柄に引かれ、その影響を受けて国のために捨て石になる覚悟をした。
当時は国のために命を捧げることは第一の美徳だったが今は違う。国よりも自分のことを考えている人の方が多いと思う。自民党総裁に誰がなっても自分には関係ないと思っているが多いのではなかろうか。日本国のためにはこの人になってもらいたいと思っている人もいると思うが多数の前にかき消されているようだ。予備選の結果を注目したい。






Last updated  2020.09.06 18:13:22
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2020.09.02
カテゴリ:読書
朝ドラ「はね駒(こんま)」の再放送を衛星放送で朝7時半から観ている。りんの兄嘉助は東京や横浜で何をしているか分からない困った頼りない男だったが、満州事変になり、戦争の様子を活動写真に撮るために結婚したばかりのみどりを内地に残して満州に渡った。みどりには子供も生まれ、嘉助の帰りを待っていた矢先嘉助が流れ弾に当たって死んだという通知が届く。みどりの心中いかばかりかと憂える。
今読んでいる「昭和風雲録」の著者満田巌さんも北支派遣3908部隊の千葉隊、河南省への行軍中発病して一か月後戦病死した。知らせを受けた未亡人満田道子さんは動転して深く悲しみ多くの短歌を詠んだ。
出征する時連隊を追いかけた時、
     駆けて行きし、背なに叫びし、吾が声を聴きしか夫よ今に問いたき
遺骨が帰ってきた時
     鬼女のごと夫のみ骨のひとひらを喰みて若かりき戦はるけく
いくら何でも骨を噛んだり喰べたりするのは尋常ではない。しかし朝日花壇の選者五島美代子さんは「女性は夫思いの一念が昂揚すると鬼にも蛇にもなるのである」と評している。
あまりのことに後を追おうとしたときの歌
      追わむとして乱るるとおき公報の記憶の中のカンナ咲きいる 
満田さんは心から夫巌さんを愛していたのだと思う。夫恋しさの歌は自らが死ぬまで一生歌い続けていた。もし元気でその後も一緒に暮らしたら喧嘩したり憎しみ合うこともあったかもしれないが、一瞬の間に遠い所に行ってしまったので懐かしさ愛おしさがそのまま彼女の中に残り一生続いたものと思われる。
愛には肉体的愛とプラトニックな愛があると言われるが満田さんの夫に対する気持ちはプラトニックなものを超えた鬼気迫るものを感ずるものもあった。
夫亡き後はそれまで住んでいた愛媛県西条市を離れ、夫の生家の兵庫県揖保郡揖保川町でそれまで一度もしたことがなかった畑仕事に精出して年老いるまで夫の両親を助けたとのことである。子供の成長は勿論楽しみで励みになったが生きても死んでも夫一筋に生きた一人の女性、昔はこのような愛もあったのかなと思った。
畑仕事に関する歌2つ
      若き日もい征きし夫も還らねど打つ山畑に野びる下萌ゆ
      畑仕事早くしまいて背なの児にバス見せに行く冬の影法師






Last updated  2020.09.03 08:37:03
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2020.08.29
カテゴリ:読書
昭和風雲録の著者満田巌氏の未亡人満田道子さんの歌集「わかれ霜」に載っていた歌である。忘れ形見の息子が大学を卒業した時詠まれたのだと思う。巌氏は昭和19年に30歳で北支に出征し1か月後戦病死した。息子は当時1歳半で父親は知らない。その息子が立派に成人し、大学まで卒業できた喜びを亡き夫と分かち合いたかったという悲痛な気持が伝わってきた。「わかれ霜」には7年間一緒に暮らした夫への思いが切々と読まれた歌が多く、感動する。
あとがきに「非戦への願いをこめてこの歌集を霊前に捧げることが出来ますことを喜びといたします」とあった。戦争は再びあってはならないがその戦争での尊き犠牲者のことは決して忘れてはならないと思う。戦争で敗れたとはいえ国民の勤勉努力で今日の繁栄を築き上げたがその復興の原動力として人種差別主義の欧米列強に一歩も引かないで果敢に戦った戦死者たちの気迫も忘れてはならないと思う。
戦争に敗れて連合国から「日本は悪だ」とレッテルを張られ、懺悔の日々を送るように強いられ教育もそのようになされてきた。戦死者は間違った指導者に扇動されて哀れにも命を落とした可哀そうな犠牲者であるように教育されてきた。
しかし満田巌氏の「昭和風雲録」を読むと大戦前までの日本の実情がよくわかる。大正10年のワシントン会議は表向きは「世界の平和」「人類の福祉に貢献」としているが米英の優越維持と他国 中でも日本の抑圧を意味するもので支那の排日運動をもたらすものとなった。昭和の前半はアジア人である日本を蔑視し、嫌がらせの数々を繰り返す欧米列強に対する怒りが渦巻いており、5・15事件や2.26事件はそのような時代背景に関連して起こった事件とも考えられる。戦勝国の教育では戦死者は誤った指導者の下での犬死のように扱われているが、本当は日本のために勇敢に戦った誇るべき戦士たちなのだ。心から感謝し敬うべきだと思う。






Last updated  2020.08.29 17:41:16
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2020.08.28
テーマ:正義は!(7)
カテゴリ:読書
庭のひまわり

兵庫県竜野市の友人の父親が郷土の偉人として市民会館で写真や遺品の展示をして頂いた。偉人の名は満田巌さんで「昭和風雲録」の著者である。執筆は昭和15年26才の時で昭和19年6月に応招され同年7月北支で戦病死した(享年30才)その人の著書「昭和風雲録」を読んでみたいと思いアマゾンで調べてみたら原著判はなかったが昭和46年発行の復刻版があったのでそれを注文したら2日で送られてきた。
482ページの大著で昭和の初頭から大東亜戦争前夜までの波乱に満ちた当に風雲急を告げる日本の歴史を詳細に描いたものだった。私は手始めに昭和7年5月15日に起こった犬養首相が撃たれた5・15事件と昭和11年2月26日の雪の朝に勃発した2.26事件の所を読んだ。いずれも膨大な公判記録を詳細に調べた内容で読むのは大変だったが凡その流れはつかむことが出来た。5.15事件は海軍、陸軍、農民の主として20歳前半の若手将校、2.26事件は陸軍を中心とする主として30才前半の中堅青年将校で2.26事件の方が平均年齢で10才位年長であった。5.15事件では死刑判決はなかったが2.26事件では第一次処分で17名が死刑執行された。
彼らの動機はほぼ同じで当事日本は政党、財閥、特権階級互いに結託し、私利私欲に没頭し、国防を軽視し国民利益を思わず腐敗堕落しており帝国を滅亡に導く恐れありそれを打破するために立ち上がったとして首相、閣僚、財閥、官僚、政党を襲撃したものである。
彼らの国を思う気持ちは純真で2・26事件では結婚して2-3歳の子供のいる将校も多く、彼らの生い立ちからその革命員として決起するまでの心情を読むと涙が出る。殆どが学業成績優秀で陸軍士官学校でもトップグループで当時の政権を倒さなければ日本はあぶないと思い詰めた気持ちは理解できる。しかし私達は今平和な世の中に住んでいるからかもしれないがもっと別な方法を考えなかったものかと思った。首相や閣僚は権力を持ち日本の命運を握っているがその人たちが腐敗しているから命を狙うというのはとんでもないことで極刑も当然だと思う。
現在の政権も森友学園への国有地売却問題や桜を観る会などで隠蔽体質が明らかで腐敗堕落した政権に映る。それを正さなければいけないと思っている人も多いと思う。時代は変わったが正義感に燃える若者たちの心情は同じだと思う。5・15事件や2.26事件では若者たちが武器を持って立ち上がったが私たちは言論を持って立ち上がるべきだと思う。処刑された彼らの心情は尊い。命をかけて国のために尽くす心は形は変われど今も私たちの心に燃やしていかなければならないものだと思う。






Last updated  2020.08.28 15:18:59
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2020.08.11
カテゴリ:読書
家内が庭から収穫してきたトマト。横から見たらウサギのように見えて珍しかったので写真に撮った。

「新型コロナ19氏の意見」の中から本日は歯科医の丸橋 賢先生の意見を紹介させて頂く。コロナで死者が何人も出てパニック状態になっているがパニックは無益で損失大きい。淡々と合理的に対処するのが正道である。免疫力を高める対策を行って過剰反応しないのが良いと述べている。マウスの実験で殆ど死亡するインフルエンザウイルス感染マウスに活性酸素を消去するファイトケミカルなどの抗酸化物質を投与した所95%生き残ったデーターがある。人間でも同じことが考えられファイトケミカルを十分に摂取するとコロナウイルスを打ち負かす可能性がある。ファイトケミカルを十分に摂取するには野菜を沢山入れた具沢山の味噌汁を毎日摂取するのがよい。それと野菜サラダも毎日摂取。具沢山の味噌汁を飲んでいたら生野菜はいらないと思うかもしれないが、野菜に含まれる酵素は熱で壊れてしまうので、生命活動に必要な酵素を摂取するためには生野菜が必要なのだ。従ってファイトケミカルを多量に含む具沢山の味噌汁と酵素を含む野菜サラダの両方を食べれば免疫力アップして細胞も若々しく抵抗力が上がると述べている。丸橋先生は長年歯と健康と食生活の関係を研究してきてコロナへの対処も食生活及び噛み合わせの改善が必須と確信しているとのことである。






Last updated  2020.08.11 21:36:59
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2020.08.10
カテゴリ:読書


新型コロナに対しては皆さん様々な意見を持っていると思う。この度この本の広告を見てアマゾンで注文したら本日もう送られてきた。まだ全部読んでいないが北大ウイルス学教授の高田礼人さんの文と兵庫県立農業高校の今村耕平教諭のコラムが目についたので紹介させて頂く。高田さんの文は「ウイルスとは何かを知れば向き合い方が見えてくる」でウイルスが安定的に共生関係を築いた宿主を自然宿主といい、その生物と共存関係を築いている。今度の新型コロナはコウモリが自然宿主とみられておりコウモリの中では何の害も与えず共存していたが軍事目的などで繰り返し感染実験を繰り返し人に感染することになったものと思われる。コウモリから人のように生物種をまたいだ感染には様々な生物的壁があり、自然界では殆ど起こらない事で、「宿主の壁」と言われている。それを何等かの人工的操作などで宿主の壁を越えて人に感染することがある。その場合次の二つの場合がある。1.人と共生してなんら害を及ぼさない場合と2.人に重い病気を起こし時に死に至らしめることがある。ウイルスがたまたま宿主の壁を越えて人に感染した場合、人の免疫システムと折り合いがつかなかった時、人に重篤な症状を引き起こすのである。ウイルスには意思がなく宿主である人を傷つけようとする悪意が存在するわけもない。ウイルスを悪者とするのは行き過ぎていると書いている。ウイルスをやっつけることばかり考えていた人たちは皆失敗している。免疫システムの折り合いが悪かったのでそのことに注目して治療法を考えれば成功の可能性は高かったと思われた。
農業高校の先生のコラムは「イチジクのウイルス病対策のために最先端のPCR検査を学んだ生徒たち」と言う題でイチジクの病気は一見したところウイルスに感染しているか分からない場合がある。それにはPCR検査をする必要があり、イチジクのウイルスも新型コロナと同様にRNAなのでDNAに転換して増幅する必要があるが、今回のコロナ騒動の前から高校生たちはPCR検査でイチジクの病気を診断していたとのことである。「技術の対象が人であれ家畜や果樹であれ、未来に生きる生徒たちに探求的な学びを通じて希望を与え続けることが教育では大切なことである」と結んでいる。まだ二人の意見しか読んでいないが他の人の意見も面白そうだ。これから皆さんの意見を順次読ませてもらおうと思う。






Last updated  2020.08.10 18:07:54
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2020.08.05
カテゴリ:読書
今オバマ元アメリカ大統領が若い頃書いた「私の父の夢」を読んでいる。結構厚い本なので中々読み切れなくて今でも少しずつ読んでいる。
ハワイで生まれた自分の生い立ちから書きはじめ大学卒業してシカゴで仕事のない人達に教育や職を与えるセツルメント活動などをしていたが、もっと勉強したくてハーバード大の大学院に入ることになって入学前の休暇中に亡き父親の故郷ケニアのナイロビに旅してケニアの文化や生活を体験しているが、今読んでいる所はケニア人である異母姉アウマとケニアのサハリパークに行って様々な経験をしている所である。他のお客数人と一緒に一台の車で広大な動物園内の動物の生態などを観察している。一晩テントを張ってそこに泊まるがマサイ族の男二人が警護に来てくれた。そのうちの一人ウイルソンが身の上話などをしてくれた。警護以外の時は牛を飼うなどの仕事をしているが、ある時ライオンに襲われて自分の牛が殺されてしまった。法律上は仇打ちは許されていなかったが槍を持った5人でライオンを取り囲んだ。その時ライオンは一人をめがけてとびかかってきた。その男は盾でかろうじて身を護り他の4人で仕留めたとのことである。流石にライオンは追い詰められても王者としてのプライドがあり必ず誰かにとびかかってくるもので命を落とすこともあるとのことだった。アウマが「その死んだ人はどうなるのですか?」と聞いたらウイルソンはいとも簡単に「地に帰るだけさ、それ以外にどこに行くのさ」と答えた。その時運転手のフランシスは聖書を読んでいたのでウィルソンの同僚のマウロが「あんたなら人が死んだらどこに行くと思う」と尋ねた。フランシスは直接その問いには答えず両親が自分が生まれる前にキリスト教に入った。キリスト教(宣教師)にもいい所と悪い所があるというような話をしたが結局死後何処に行くかは答えず「マサイ族は勇敢だな」と言った。マサイ族は死んだら全てが終わりだと考えており、勇敢に戦い、勇敢に死んでいるのだなと思った。死については様々な宗教が教示している。一つの宗教内でも宗派によってその教えは異なることがあるが大まかにはキリスト教やイスラムでは死は神の門の入口に立つことで最後の審判を受けて天国に行くか地獄に行くか決められるみたいだ。だから死んだらどこに行くか聞かれたフランシスは何処と答えられなかったのだと思う。仏教では輪廻転生の教えがあり、死は一つの転換点で死んでいなくなる訳ではなく再度何らかの生命あるものに生まれ変わると説いている。ここでも前世でよいことをした人は良い人間に生まれ変わり悪行の人は虫けらなどに生まれ変わると教えている。いずれにしても宗教が関わってくると死は難しくなるなと思った。マサイ族のように「地に帰るのさ」と思っていた方が分かりやすくてすっきりしていると思われた。






Last updated  2020.08.05 23:24:58
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2020.07.23
テーマ:遺産相続(198)
カテゴリ:読書
Natsume Soseki photo.jpg今夏目漱石の「こころ」を読んでいる。話は東京の大学に通っている「私」が鎌倉の海水浴場で知り合った「先生」と東京に帰ってからも先生のお宅を訪問して交流を深めている物語で登場人物は先生とその奥さんと私の3人で極めて少ない。私が冬休みになる直前に腎臓病を病んでいる父親が倒れたとの連絡をもらい先生から旅費を借りて帰省する。帰ってみたら父親はそれほど悪くなかったのでしばらくして東京に戻り先生のお宅に旅費を返しに伺う。先生は父親がそれほど悪くなくてよかったと喜んでくれたが「お父さんの病気が病気だから万が一の時を考えて兄弟や親せきの間で相談しておいた方がよい。兄弟は何人いるのですか」という。私はそんなことは一度も考えたことがなく、「大丈夫ですよ、その時はその時でみんないい人ですから争わないでうまくやりますよ。みんな田舎者ですから」と答えた。先生は「田舎者なら善良ということですか?田舎者の方が始末におえないこともあるのですよ」先生は続けて「みんないい人と言いましたが日常生活の中で悪い人がいますか?普段はみんないい人なんですよ。しかし遺産相続など自分の利害に関わってくるとがらっと変わるものです」。私にはその時実感は湧かなかったが、後で先生が新潟の実家で遺産相続のことでもめて新潟を後にして東京でひっそりと暮らしていた理由を知り納得した。
私も自治会の公民館を建てる委員をしていた時道路の使用権などで公的なことより自己権の主張をなさる方々をみて普段は良い人でも自分の利害に関わることになると人が変わるものだなと痛感した。遺産相続となると急に亡くなった場合などには紛糾する可能性があり、父親が生きているうちに前もって話し合って決めておく方がよいと先生が言われたことは重要だと思った。






Last updated  2020.07.23 10:51:03
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2020.07.17
カテゴリ:読書
西洋芙蓉 日本芙蓉とは葉が少し違います
白い巨塔は山崎豊子さん原作の医学界の内情を描いたセミドキュメンタリーの社会派小説である。映画化されテレビドラマ化も何度も行われ、ラジオドラマ化もなされて文字どうり一世風靡して社会に多大な影響を与えた作品である。主人公の財前五郎氏が教授戦で何人かの候補者としのぎを削って遂に外科学教授の椅子を手に入れるがそれには産婦人科を開業している義父から資金援助を受けてかなりの現ナマを使って2票差で勝利した。教授会でお金で買収があったのでこの選挙は無効だという者がいたが医学部長なども買収されていたのでその意見は無視されて財前五郎は教授として華々しい活躍をしていく。食道噴門部がんの権威でドイツなど海外でも実技指導や講演を行い、世界的にも名声を博していく。しかしドイツに行く直前手術した胃がん患者の胸部レントゲンで影がありそれはがんの肺転移によるものだったのにあえて手術して死期を早めたとして家族に訴えられ裁判になった。一審は無罪だったが2審で注意義務が足りなかったとして有罪になり、最高裁に上告して争うことにしたがその時自身が肝臓に転移している進行胃がんに罹っていることが見つけられ、黄疸になり、虚しく死んでいくという物語である。日本でも世界でも最高の外科手術の腕を持つ医師として世界中から称賛されていた人物の末路であった。
山崎豊子さんは毎日新聞の記者をしていただけに医学界の内情について実に詳しく調べてあると感心した。財前五郎は架空の人物で色々な人をモデルにして形成されているがそのモデルの一人として千葉大学第2外科教授中山恒明さんも挙げられている。氏は34才で教授になったやり手で、食道噴門部がんの権威で外国でも高く評価され財前五郎氏の外観に似ているがその内面は似ていない。財前が訴えられた患者家族は財前が患者を親切に扱わずゾンザイな態度だったことが訴える直接の動機になっているが中山先生はどの患者さんにも優しく、自分の持っている自然治癒力で直すことを説いており財前とは違うと思う。
当事は手術してもらう時に教授にかなりのお金を包むことが一般化されており小説では亡くなった患者さんはそのお金が少なかったように書かれているが中山先生はお金で治療態度を変えるような人ではなかったと思う。しかし当時の教授は最高権力者で博士号を貰いたい若い医者を三下子分のように使い金も集まり威張りまくって王様みたいな存在だったので大金を使ってでも教授になりたかったのだと思う。しかしこの小説のおかげでそれまでは患者さんからお金をもらうことは咎められなかったがその後は患者さんからお金をもらってはならないことがどの病院でも内規で決められた。また教授に三下子分のように使われていた無給医局員も反乱を起こし大きなインターン闘争が展開された。この小説は社会で威張っていた医学界の内面にせまり恥部をさらけ出した小説だが反面教師でその後の医局体制は随分様変わりした。今では権力は教授に全ては集中していない。学問的リーダーではあるが権力者ではなく、友人や兄貴みたいな存在に近い。若手医者が博士号が欲しくて無給で医局で働いていたが今は博士号より専門医の方が重視されるようになり昔の医局体制とはずいぶん違ってきた。時代の流れでありこの小説が世に出たことのみが変革の原因ではないと思うが、そのきっかけを作ったことは確かだと思う。もう財前五郎氏のような医師は現れないと思う。






Last updated  2020.07.17 14:25:49
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2020.07.10
カテゴリ:読書
高崎健さんが師匠である外科医中山恒明さんの教えについて書いた本「鬼手仏心」を読んだ。中山恒明さんは食道や胃がん手術で先駆的方法を生み出し外科学会に大きな功績を残した方だが東京女子医大に消化器病センターを設立し、6年間の臨床練士研修医制度を作り立派な技術を身に着けた多くの優秀な医者を輩出して、現在の研修医制度の原型を先駆けした人でもある。
医学部6年終了して国家試験が受かっても実際には何もできない。臨床現場で先輩の教えを受けながらみよう見まねで診療技術を磨いて初めて一人前の医者になれるのだ。診療技術とは手術や胃カメラ等が上手であることは勿論だが心構えが大切で常に医局員や練士研修医には医師の心構えについて話をしていた。医師の心構えは古代ギリシャの「ヒポクラテスの誓い」が源になっているが現在世界医師会で採択されている医師会宣言というものがあり、それについて言及することもあった。その主な内容は
〇医師たるものは人類への奉仕に自分の全てを捧げることを厳粛に誓う
〇自分の受け持ち患者の健康を自分の第一の関心事にしてその人の健康のために全知全能を尽くす。自分の力が及ばない時にはその力がある医師に紹介してお願いする。
〇患者は性、年齢、人種、信条、宗教、社会的地位、犯罪歴などいかなる条項によっても差別してはならない。
〇診療上知りえた患者の秘密はたとえその患者が死んだ後でも漏らしてはならない。 等で本筋はヒポクラテスの誓いに則っており読みやすい現在文になっていると考えてよいと思う。

しかしこれを読んでみて自分を含めどれだけの医者がこれを実践しているだろうかと思った。中には金儲けのために医療をしている人がいるかも知れないし、美人とかお金持ちは優しく丁寧に診療するが不細工な人や貧乏人はぞんざいに診療する医者もいるかも知れない。患者の秘密をこっそり漏らしている医者もいるかも知れない。現実にはヒポクラテスの誓いはあまり守られていないという現状だと思う。その中で中山先生は技術を教えるだけでなく医者の心構えについても常に教えており立派な先生だったのだなと思った。私もこの本を読むまでは「医師の心得」をそれほど認識していなかったが、当たり前のことばかりだが今後心していこうと思った。






Last updated  2020.07.10 22:16:10
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