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カテゴリ:日本と古代ヘブライの関係
![]() ![]() レストランにて。 それでは、本題へ! ちょっと分かりにくいと思います。また整理できればと思いますが。 ★籠神社★ イスラエル三種の神器のひとつ「マナの壺」について、見ていますが、鍵を握っているのが、丹後一ノ宮「元伊勢」籠(この)神社です。 籠神社とは、かつて「籠宮」と称したといい、これは、浦島太郎の行った「龍宮」と、酷似します。 「籠宮」と「龍宮」 竹冠があるか、ないかだけの違い。 「竹」とは何なのか。 「竹」とは、象徴からみるならば、「三叉の竹の葉」であると、『失われたアークは伊勢神宮にあった』(飛鳥昭雄)で指摘されています。 これに従うならば、「竹」という漢字は、「三叉の竹の葉」が「一対」あることになります。 このことを象徴的に現しているのが、お正月に飾る「門松」でしょう。 実際に、門松は「三本の竹」が組まれて作られています。 それを玄関の両脇に配しますから、「一対」です。 これらは、何を象徴しているのかといえば、「合わせ鏡」であり、「左右一対の神界」を象徴しているといいます。 浦島太郎の行った「龍宮」城に、「竹」がつくことで「籠宮」すなわち「籠神社」になります。 「竹」がつくとは、「左右一対の神界」が「籠宮(籠神社)」には、あるということにならないでしょうか。 実際に、伊勢神宮の「外宮」と「内宮」が、籠神社に鎮座していることを思えば、それは、まさに「左右一対の神界」が、籠神社には、あったということになります。 そのことをも、象徴しているのかもしれません。 ★カゴメ紋の★ それと、同時に「籠」とは、「竹」+「龍」と漢字分解でき、漢和辞典を引くと、「龍」とは「ロウ」であり、「つめこむ」意があるります。 ですから、「籠(かご)」とは、『物をつめる竹製の「かご」』の意を表わします。 けんたま様が指摘してくださったように、「籠(かご)」は、「籠目」に繋がります。 「籠目」とは「カゴメ」であり、「カゴメ紋」となります。 「カゴメ紋」とは「六芒星」であり、「タビデ紋」とも称され、イスラエルの国旗にもなっていますから、いずれにしても、日本とイスラエルとの関係が示唆されることになります。 そして、驚くべきことに、籠神社の奥宮である「天真名井神社」には、石碑があり、かつてそこには「六芒星」が刻まれていました。 しかし、どこからか圧力があったのか、今は、「三つ巴紋」に変えられてしまったといいます。 私が、この地を訪れた時は、すでに「三つ巴紋」でした。 ★籠神社=壺神社★ そして、前回みたように、籠神社の「籠」は「こ」と読み、「壺(こ)」へと繋がります。 「籠神社」=「壺神社」となり、この場合の壺とは、明らかに「マナの壺」を象徴していると思われます。 奥宮「天真名井神社」とは「神聖な井戸」でもあり、「水」との関わりが深く、それは籠神社の「籠」に「龍」という漢字が含まれていることからも分かります。 「龍」と「水」は密接に関わりがありますし、「龍」とは「龍神」であり「蛇神」との関わりも考えられます。 籠神社の祭神は「火明命」ですが、その正体は、元伊勢の地であることから明白なように、「天照大神」になります。 「天照大神」は、蛇神ともいわれますから、繋がります。 また、イスラエルの三種の神器=日本の三種の神器であり、「マナの壺」は、「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」へと、象徴的に組み替えられたと考えられます。 なぜなら、以前紹介したように、「海幸彦と山幸彦の物語」に出てくる、山幸彦のもっていた「珠」(八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と、玉壺(マナの壺)が、くっついて離れなくなったという話に、象徴的に示されている可能性があるからです。 別の面からこのことを見ることもできます。 ★マナの壺=勾玉★ 『失われたアークは伊勢神宮にあった』で指摘されていたことです。 「勾玉」の形とは、以下のような形です。 ![]() 実は、この形、以下の形とシンクロしてこないでしょうか。 ![]() 「米粒」です。ひっくり返すと、形が似ています。 もっと正確に言うならば、「米粒」から「胚芽」部分を取り除いた形。 この形と、「勾玉」の形の類似。 しかも、「マナの壺」=「勾玉」であり、「マナの壺」は『「神聖な食物マナ」を入れた壺』となり、マナ=マンマ=マンナ=ご飯、などと称するように、「マナ」=「ご飯」=「米粒」とみれなくもありません。 「米粒(マナ)」は、「勾玉」と形が非常に似ています。 ●「マナ(の壺)」=「マナ」=「マンマ」=「ご飯」=「米粒」 ●「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」=「勾玉」 「米粒」と「勾玉」は形が似ています。 よって、両者は同一であり、やはりこうなります。 「マナの壺」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」! 「マナの壺」と関わりの深い「天真名井神社」のご祭神は、「豊受大神」です。 「豊受大神」とは、「天照大神」に食事を与える神であり、神聖な食物「マナ」(米粒?)を与えるとみることもできます。 さらに、「マナの壺」へ繋がり、「マナの壷」とは、「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」でした。 いずれにしても、勾玉の形と、米粒の形が似ているのは、なかなか興味深いシンクロです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「神武天皇が日本列島へやってきて以来、「マナの壺」は籠神社にあった!! 独自のルートで、極秘に入手した情報によれば、「マナの壺」は籠神社の祭神「豊受大神」の御神体。 籠神社にとって、最高の至宝だった。 それゆえ、実際に人間が目にするのは、新しく宮司が就任する時のみ。代々、宮司の就任の密儀の時、「マナの壺」が手にされた。 それは、まさしく黄金の壺であったという」 (『神武天皇の謎』より) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー マナの壺は「籠神社」にある!! いや、かつては、あったというべきでしょうか。 どうやら籠神社には、今はないようなのです…。 では、どこにあるというのか・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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