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邦画(09~)

2015年03月19日
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カテゴリ:邦画(09~)
旧日本軍の捕虜虐待を描いたアンジェリーナ・ジョリー監督の「アンブロークン」が日本公開が出来ないでいる。下の朝日新聞の報道を読むと、「反日映画公開の是非」を問題にする以前の問題があるように感じた。

それは反対運動者のこういう意見である。

海外メディアの取材を何度か受けた「史実を世界に発信する会」(東京)の茂木弘道事務局長は「映画は見ていないが、事実無根の思い込みや決めつけによる作品で、上映の必要はない。この映画こそ日本人性悪説に基づいた人種差別だ」と語る。

笑止千万である。映画を観ていない者が映画の作品の質を語る資格はない。こういう輩が代表を務めているというだけでも、この団体の水準が判るというものだ。

アンジーの初長編監督作品の「最愛の大地」は観たことがある。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で人間の盾として利用され踏みにじられてきた女性たちの話だった。非常に骨太の堂々とした作品だった。彼女の生涯のテーマは「人権」なのかもしれない、とふと思う。

それにしても、和歌山の鯨捕鯨を批判的に記録した「ザ・コーヴ」にしろ、外国人が撮った「靖国」にしろ、反対運動はあったが、あれは辛うじて公開された。「ザ・コーヴ」はそういうわけで意地で見ましたが、つまらない作品でした。しかし、「南京!南京!」や「アンブロークン」は公開されそうにはないという。このたった10年、5年でこういう「時代」になっていることが恐ろしい。

ちなみに、「ザ・コーヴ」は「ドキュメンタリー」とは言えない「プロパガンダ記録映画」とでも言える作品でした。観た者だけがそういうことを言うことが出来る。

「ザ・コーヴ」とかは上映前にはあんなに反対運動が起きたのに、上映あとに全然盛り上がらなかったことにも不満だった。上映しながら集会を開くのは資金的に無理でも、上映館の横でティーチ・インみたいな集会を開いても良かった。要は彼らは「反対のための反対」だったのだ、ということがよくわかる。

のちの時代になって「反日映画は次第と上映されなくなった。戦前の雰囲気がそうやって出来上がっていった」と史書に記入されるか、それともそんな事実はなかったかのように歴史から忘れさられるか、二つの岐路に我々は立っているのかもしれない。念のためためにいうと後者であって欲しいと、私は切に願っています。




反日映画?捕虜虐待描いたアンジー作品 上映阻止の運動:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASH376H1WH37UTIL01D.html
 人気俳優アンジェリーナ・ジョリーさんが監督した映画「アンブロークン」が、日本公開をめぐり揺れている。米国でヒットし50カ国以上で公開されながら、国内では配給会社すら未定。旧日本軍の捕虜虐待を描いた内容に、ネットなどで「反日映画」とボイコット運動が起きているためだ。戦後70年、1本の映画が、日本の過去への向き合い方を問うている。

 「日本貶(おとし)め映画」「事実無根」「どんどん抗議の声を上げていくべきだ」――。

 フェイスブック上に不穏な言葉が躍る。「アンジェリーナ・ジョリーの反日映画を阻止しよう!」と名付けられたページには1200人以上が参加し、連日、映画批判が投稿される。日本公開に関する最新の報道も、すぐに共有される。

 「アンブロークン」は米国で昨年末から3千館以上で上映。興行収入は1億ドルを超え、「ラスト・サムライ」を上回った。

 一方、虐待場面の長さから「意味のない拷問マラソン」(ニューヨーク・ポスト)「中国で反日感情をあおる可能性も」(ロサンゼルス・タイムズ)といった評もある。

 日本では映画化が報じられた昨夏ごろからネットで批判が始まった。署名サイト「Change.org」ではジョリーさん宛ての上映反対キャンペーンに約1万人が賛同。「日本に来るな」などの書き込みが続いた。米軍の日本兵虐待の事例を逆に紹介し「日本軍は世界一人道的だった」「東京裁判史観を変えない限り、第2のアンジェリーナは現れる」などと内容は歴史認識へも波及。捕虜を虐待する伍長を演じたギタリストMIYAVI(石原貴雅)さんに対しても「売国奴」などと匿名の中傷が繰り返された。原作にある「捕虜が生きたまま食べられた」との根拠が不確かな記述も反発の理由になっているが、映画にその場面はなく、誤解に基づいた批判も多い。

 配給元のユニバーサル・ピクチャーズの作品を国内で上映してきた東宝東和は公開を検討したが、結論は出ていない。同社の八代英彦取締役は「リスクは小さくない。いざという時に矢面に立つのは劇場。簡単に踏み切れない」と話す。同社にも「公開するな」との電話が数本あったという。

 一方、「Change.org」では日本公開を求める東宝東和宛ての署名も1200人集まっている。中国や韓国では既に公開され、日本の動きは欧米など海外メディアも注目。日本の歴史修正主義や「右傾化」と絡めて報じられている。

 海外メディアの取材を何度か受けた「史実を世界に発信する会」(東京)の茂木弘道事務局長は「映画は見ていないが、事実無根の思い込みや決めつけによる作品で、上映の必要はない。この映画こそ日本人性悪説に基づいた人種差別だ」と語る。同会は渡部昇一・上智大名誉教授やNHK経営委員の長谷川三千子さんらが顧問に就く。

 ザンペリーニ氏の強靱(きょうじん)な意志と寛容の精神に感銘を受けて映画化を決めたというジョリーさんは、複数の取材に対し「反日映画ではなく許しの物語だ。映画を見てもらえればわかる」と強調している。






最終更新日  2015年03月19日 12時45分24秒
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2010年12月30日
カテゴリ:邦画(09~)
日本インターネット映画大賞に投票します(今年は時間が出来たので)。今年の映画館での鑑賞本数は101本でした(韓国旅行での鑑賞含む)。よって、その中から20本も選ぶことでさえ困難だったことをお察しください。で、いざ選んでみると、自分の置かれている境遇とか、悩み事とか、興味関心がそのまま反映しているとことに改めて驚くわけです。コメントしていない作品に付いては、リンク先を参照ください。

作品賞投票ルール(抄)
 ・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

【作品賞】(5本以上10本まで)
  「十三人の刺客     」   6点
  「春との旅       」    5点
  「川の底からこんにちは 」   5点
  「必死剣鳥刺し     」    3点
  「ゴールデンスランバー 」   3点
  「悪人         」    2点
  「オカンの嫁入り    」   1点
  「おとうと       」    1点
  「ノルウェイの森    」   1点
  「カラフル       」    1点
【コメント】
「十三人の刺客」は時代考証、テーマ、エンタメともにベストだった。旧作と見比べたが、「現代性」を見事にはめ込んでいる。「春との旅」はロードムービーで現代の老いを描いているのが新鮮でした。終わり方が安易だったことを除けば完璧でした。「川の底からこんにちは」は一発芸ですね。あの歌にやられました。
--------------
【監督賞】              作品名
   [三池崇史      ] (「十三人の刺客 」)
【コメント】
この人こんなにしっかりした時代劇作れる人だったけ。若松孝二「キャタピラ」と比べると、子供と大人。

【主演男優賞】
   [仲代達矢     ] (「春との旅」)
【コメント】
ここに出てくる老人の彼はずっとビッコを曳いているのだけど、映画的に一切説明はない。孫娘はずっとがに股歩きです。ここに出てくる人みんなすごい演技なのだけど、それは明らかに仲代の演技に引きずられているのが分かる。こんな役者はなかなか出てきません。

【主演女優賞】
   [宮崎あおい] (「オカンの嫁入り」「ソラニン)
【コメント】
満島ひかりと最後まで争いました。結局私の好みであおいが獲りました(^^;)。表情だけで総てを語る女優として日本では右に出るものはいません。
【助演男優賞】
   [ 稲垣吾郎    ] (「 十三人の刺客」)
【コメント】
もうこれは決まりでしょう。松平斉韶役はそれほどインパクトがありました。
【助演女優賞】
   [満島ひかり     ] (「 悪人」)
【コメント】
この映画で最も見ごたえがあったのが、雨の傘の中の柄本明と満島ひかりの邂逅の場面である。予告編には映っていない彼女の表情の変化の中に『人間を信じなくてはいけない』と思わせるものがあった。宮崎あおいと生年月日がまったく同じということは運命以外のなにものでもない。これからずっといいライバル関係でいてほしい。
【ニューフェイスブレイク賞】
   [ 初音映莉子] (「ノルウェイの森」)
【コメント】
わざと水原希子ではありません。この映画でのハツミの役はほんの数シーンでしたが、非常に衝撃的でした。
【ブラックラズベリー賞】 「BECK」
作品の中でもっとも肝になる「歌の声」を消してしまうという暴挙は許しがたいものであった。漫画原作を映画にするということは、原作ファンにこびる事だと勘違いしている者たちが作った映画。






最終更新日  2010年12月31日 00時33分43秒
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カテゴリ:邦画(09~)
今月見た映画は、六本で既にアップしている。
ひかりテレビ(日本映画専門チャンネル)で幾つか映画を見た。それを紹介。

「雪国」
1950年代の白黒の映画です。池部良追悼特集。セットを組まなくてもロケ地がそのまま1930年代の雪国になっている。岸恵子があまりにも色っぽく、そしてかわいい。

「歓喜の歌」(2008)
12月31日に、ふたつのママさんコーラスの公演が、ある市民会館でブッキングしてしまった。地域の町のママさんと市民会館の職員たちとの悲喜こもごもとした顛末を描くというもの。上映当時、何度も予告を見ていたのだが、見るのを見送っていた。解決策を「ギョーザですよ、ギョーザ」と言って、その次の映像は二つのコーラスが一緒に第九を歌っている場面になったので、「なんだ、解決策は目に見えているじゃないか」と思って見なかったのである。ところが、映画を見ると、合同で公演すればいいわけではないということが分かった。会場の席が足りないので、客があぶれるのである。ギョーザとは「ごちゃ混ぜ」という意味かと思っていたら、私の勘違いだった。年末の忙しいときに、すべてがすんでほのぼのと見るにはいい映画だろうと思う。安田成美がこれで本格復活。ほとんど「てっぱん」と同じ役割をしている。彼女は自分の強みをこの映画で確認をしたのかもしれない。

「クライマーズハイテレビ版」(2005)
堤真一主演の映画版ではなく、NHKが作ったテレビ版である。映画版はテンポがあって、二時間の中に新聞社の緊張が高まっていくのが見事に見えたけど、テレビ版はまた、それとは違う面白さがあった。こっちのほうは、ほぼ原作とおりにすすむ。仕事人として誇りや葛藤の描き方はテレビ版のほうがはるかに良い(居酒屋での喧嘩の場面など)。ただし、長所は欠点。三時間のこのドラマは時に冗長になる。

名前を忘れたけど、20分の短編映画で80年代に作られた村上春樹原作の映画もあった。「パン屋襲撃」だったけ。映画「ノルウェイの森」でほとんど描かれていない「突撃隊」を主人公にしたのではないかと想像できるような作品。或日、空腹に耐えかねた大学生の二人組は共産党員が主人をしているパン屋を襲撃することを思いつく。「いかに襲撃を正当化するか」を彼らの独白で構成するのだが、共産主義理論を引き合いに出しながらもっともらしい理屈をつけるのである。さてパン屋に行くと、どのパンにしようかと思い悩む若い女性がいる。女性が出るまで襲撃できないのでじりじりしながら待っているのだか、女性の心理を学生が想像して独白する。実存主義でそれを説明する。つまり、当時の左翼運動家の思想のパロディになっている。面白かったが気に入らない。当時の思想を智識としてきちんと読み込んでいるのではあるが、「斜に構えてみている姿勢」が私は気に入らない。






最終更新日  2010年12月30日 10時34分52秒
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2010年12月28日
カテゴリ:邦画(09~)
ターゲットを中年男性に絞っているためか、少し観客が少なかった。今回私の評価は低いが、娘がいる男が見たならば、もう少し評価も変わるのかもしれない。

監督 杉田成道
出演 役所広司 (瀬尾孫左衛門)
佐藤浩市 (寺坂吉右衛門)
桜庭ななみ (可音)
山本耕史 (茶屋修一郎)
風吹ジュン (茅野きわ)

今思えば、この映画を見るとき、二つの不利な部分があった。ひとつは上記「娘がいるかどうか」。まあ、これは仕方ない。もう一つは、ついメイキングを見てしまったのである。そのメイキングではヒロイン桜庭ななみに焦点を当てていて、杉田成道監督がそれこそ娘を育てるように厳しく優しく手取り足取り指導しているさまを見てしまったのである。白紙のまま、桜庭を見ていたならば、「書道ガール」の元気な彼女が別人となって登場していたので、びっくりして一挙に映画の世界に入っていけたのかもしれないのだが、なんか監督の気分になって一挙手一投足が気になって彼女の演技に入り込めなかった。

しかし「花のあと」の彼女よりはよっぽどいいと思う。さすが杉田監督。ただし、満点はあげられない。なんかまだ「演じようという気持ち」が100%消えていないのである(すっかり監督気分)。

この映画は孫左と嫁ぐ可音の父娘の物語である同時に歳の離れた恋愛映画であることをめざしたのだと思う。しかし、恋愛の部分は桜庭には荷が重すぎたようだ。

以後の文章はネタバレは避けたいけれども、論の立て方からどうしても分かる部分があります。まだ映画を見ていない方はご了承ください。

孫左の最後の行動は当初その日でなくてもいいじゃないか、と思ったが、それは手紙を残しておけばすむことだし、悲しみに耐えるだけの訓練を16年かけて孫左はさせていたはずだ。孫左はこの日のためだけに生きてきたのである。そしてそれこそが孫左の考える、「武士」というものなのだろう。孫左は足軽であった。だからこそ、よけいに「武士」であろうとしたのだと思う。浅野家中ではなく、大石家中だった。だからこそ、武士として評価されるにはあの方法しかないと思っていたのだろうし、第一あのまま生きながらえていたならば、商人として世間からみなされる可能性が十二分にあった。「葉隠」は既に書かれていたと思うが、「情」よりも「大義」を優先させるということは、あまりにも当たり前の原則であった。そのことが元禄時代には崩れかけていた。(戦国時代からあったかどうかは知らない。そういう意味では「忠臣蔵」の思想はそもそもが虚構であったということはいえるかもしれない)だからこそ余計に本来の「義」を大切にしたかった。思えばあまりにも堅苦しい武士の世界であることよ。と私は思う。(もしあれが史実だったとしたら、生き残った寺坂は四十七士に数えられていて、孫左は数えられていない。結局孫左の願いは叶えられなかったということになるのではある。思えば孫左は哀れである)

この結末の付け方が史実だったかどうかは知らない。しかし100年後の日本人から見たら、現代の日本人のけじめのつけ方もかなり無茶なものに見えるかもしれない(100年後政治家のために自殺した秘書のことを描いた映画が出来るかもしれない)。この映画が封建思想の宣伝にあるのだとは私には思えない。時代劇のいいところは、「現代ではそこまではしないだろう」ということでも、「時代のせいだから」ということで説明がつくというところである。(SFでも同じ。特攻とか無茶なことでも地球の運命がかかっているとしたら実行できる)そういうファンタジーの部分を描くことで現代でも通じる普遍的な部分を強調させるところに時代劇の面白みがある。そういう意味では「究極の真面目人間」を役所広司はきちんと演じたと思う。その真面目人間が、殿の娘を育てて嫁に出す。娘は幼いころから父代わりの人間は父ではなく、家臣だということを知っているから、夫婦になる可能性がゼロではないことを知っている。実際淡い恋心を持つ。娘が父親に恋心を持つのと似ているが、この場合は「究極の初恋」である。

現代でもよくあるその結ばれない「究極の初恋」を監督は描きたかったのだと私は思った。

この映画はいまいちだった。私が監督ならば、最後の場面、回想の場面を2-3分で終わらすのではなく、5-6分は掛けた。そこで、可憐で可愛いだけの娘を描くのではなく、娘から姫に変わる瞬間を、少女から女に変わる瞬間を、そして失恋して娘に戻っていく、その表情まで描いて、可音のその後の人生まで想像できるようなそんな終わらせ方をしたならば、たぶん私は滂沱の涙を流したと思う。

美術は素晴らしい。照明もすばらしかった。時代考証、役者の所作共に完璧だったように思う。だからこそ惜しい作品であった。






最終更新日  2010年12月28日 11時01分37秒
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2010年12月22日
カテゴリ:邦画(09~)
私は原作を読んだことはない。これからも一生読まないだろうと思う。私には必要が無いからではない。嫌いだからだ。それ以外の何の理由があるだろう。

01ノルウェイの森.jpg
監督 トラン・アン・ユン
出演 松山ケンイチ (ワタナベ)
菊地凛子 (直子)
水原希子 (緑)
高良健吾 (キズキ)
霧島れいか (レイコ)
玉山鉄二 (永沢)
初音映莉子 (ハツミ)

映画を見た。これほどまで、集中してみたのは久し振りだと思う。彼らの心の動きは多くは理解できないし、幾つかは分からないけれども、思ったよりも多くは想像できた。

映画を見た。光と色が、ここまで美しいと、私は今まで世界の何を見てきたのかという気にさせられる。美術は素晴らしい。1969年はいまや歴史なのだとつくづく感じる。

映画を見た。愛する人を喪くすということ、愛する人を残して死ぬということ、愛する人を傷つけるということ、傷つけられるということ、セックスと愛するということの関係、それらは日常的に起こりうることだけど、みんなひとつづつ違っていて、人は起こった後にそのことを多くは学ぶ。けれども、それは次の悲しみの予習にはならない。

この映画では三人の自殺する男女がいる。四人の生き残る男女がいる。その両者を分け隔てるものは何なのか。想像は出来るけど、言葉にすればあまりにも陳腐なものになりそうなのでいわない。おそらく言葉には出来ないのだろう。

ワタナベと直子の二回目のセックスのとき、二人は出来なかった。直子は混乱して、ワタナベに帰って!とこの映画で二度しか出てこない大声を上げる。そのことの意味はなんだったのだろう。私はやっとワタナベがキズキの位置まで昇格したからだと思った。だから、ワタナベが帰らずに直子を抱きしめたのは唯一の行為だと思ったのである。
「これは精神的なものだから、だんだんとよくなるよ」
あとで、ワタナベは直子をそのように説得する。そして一緒に暮らそうと提案するのである。
結果、直子はこの説得で死を選んだようなものだ。
ワタナベはそのことで死ぬような後悔をしたに違いない。けれども、男としてあれ以上の何が出来たというのだろうか。私には決して理解できない世界である。

けれどもこの手の傷つけあいは一生のうちで何度も何度も起こるのだろう。

ここの登場人物全員に私は共感できない。この映画は力作だと思うけれども、嫌いな映画である。

ひとつ原作を読んだ人に聞きたいのだけれども、(まったく作品内容に関係ないけれども)直子の20歳の誕生日のときに、ワタナベがプレゼントしたものはレコードのように思えたけれども、あれはビートルズのレコードだったのだろうか。そして、それを直子は最後まで持っていたのだろうか。

それと、これも私の理解できないことの一つだけれども、二人が見つめあうとき、菊池凛子も水原希子も、眼が執拗に動くのだけれども、あんな至近距離で「そんなもの」なのだろうか。






最終更新日  2010年12月22日 09時04分53秒
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2010年12月13日
カテゴリ:邦画(09~)
何を隠そう「宇宙戦艦ヤマト」第一世代である。日曜日の七時半、新しく始まった今まで見たことも無いアニメの完成度に度肝を抜かれ、友達と毎週月曜の朝、ヤマト談義をしていた世代である。裏番組の「アルプスの少女ハイジ」を見てみなさいよ、という女子どもの意見を馬鹿にしていた世代である(その15年後にハイジを見て「救われた」経験があるのだがそれはまた別の話)。だからこそ、ヤマト実写化の話を去年の今頃聞いたとき、古代進をキムタクがすると聞いたときには、鼻で笑って「絶対見るもんか」と豪語した私ではある。

ところが、案外評判がいい。つい最近知ったのであるが、監督は山崎貴でVFXは白組だという。実はこの組み合わせで私はがっかりしたことがないのだ。私は前言を撤回して公開第一週に見ることにした。

01ヤマト.jpg
監督 : 山崎貴
原作 : 西崎義展
出演 : 木村拓哉 、 黒木メイサ 、 柳葉敏郎 、 緒形直人 、 池内博之 、 マイコ 、 堤真一 、 高島礼子 、 橋爪功 、 西田敏行 、 山崎努

さすが白組というしかない。白組の素晴らしいところは、実写部分とVFX部分とのつぎはぎが全くストレス無く出来ているというところである。だから、実写のリアルさとアニメの夢の部分への移行がスムーズに行くので見事に騙されるのである。

それから今回、木村の古代は仕方ないとして、沖田艦長、真田さん、島、などの主要人物の配役がぴったり合っていた。配役の性格を変えたのも成功している。一番成功しているのは、気の強い森雪という設定、女の佐渡先生である。これによって、直ぐに松本零士の幻影を払拭することが出来て山崎「大和」に集中することが出来た。だから、明らかにキムタクとしか思えない古代にもそういうものだと諦めることができたのである。

話を単純にするためか、ガミラスとイスカンダルを二子星とはしなかったのは、しかたない。本当はデスラー総統には会いたかったのだが、たぶんこの映画の世界戦略に邪魔だったのだろう。結果的に、アニメよりも映画版の宇宙戦艦ヤマトのほうが私は大のお気に入りである。ヤマトは(ネタバレになるので詳しくいえないが)このように終わってこそ「大和」だ。

もちろん、映画史に残る傑作ではない。でも、本当に138分もあったのかというくらいあっという間の楽しい映画体験であった。

昨日、原作の西崎義展がこの映画の完成直前に「YAMATO」という船から転落死亡したということを聞いた。あまりにも出来すぎた「事故」に「えっー!!」となった。自ら滅びることで、他者を生かそうとした大和の幻影に彼自身が囚われすぎていたということなのかもしれない。






最終更新日  2010年12月13日 12時01分21秒
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2010年12月11日
カテゴリ:邦画(09~)
松井久子監督の前二作はDVDになっていない。全国での上映運動で制作費を回収するという手段を取っており、実際それによって同時期上映の「フラガール」よりも多い入場者を獲得するという一種理想的な映画つくりを実現させたからである。

01レオニー.jpg
監督・脚本・制作 : 松井久子
出演 : エミリー・モーティマー 、 中村獅童 、 原田美枝子 、 竹下景子 、 クリスティーナ・ヘンドリックス 、 メアリー・ケイ・プレイス 、 柏原崇 、 山野海 、 大地康雄

「レオニー」の上映形式がどのような運命をたどるのかは知らない。「折り梅」も最初は映画館で公開されていたということを考えると、今回もそうなるのかもしれない。ただ、驚いたのは、想像以上にお金をかけたセットを作り、1900年代のアメリカの街や日本の横浜、あるいは富士山が見える丘に建てる息子のイサムが設計した実物大の家などを映像として残していたのである。これが物語に厚みを加えているのは間違いが無い。

古いアメリカと大正期の日本を再現させてまで描こうとしたのはなんだったのか。アメリカでもまだ女性の自立が一般的ではなかった時代、さらに因習に囲まれた日本で、二人の子供を抱え、日本語を一切習おうとせず、数年間を生きた女性の実像とはなんだったのか、それに迫ろうとしたのではなかったのではないか。

松井監督の演出はいつも淡々としていている。だから大事なところはつい見落としがちになる。レオニーが日本に行こうと決意するところ、イサムに家を設計させるところなどは、すがすがしいほどさっぱりしていて、そういう生き方が「芸術家」を生んだのかもしれない。女性は時代に抗う力が弱い、けれども命を産み落とす力がある。命の力は無限大である。

しかし、一方でこの映画にはレオニーに関する幾つかの「謎」をそのままにしているという特徴がある。彼女が野口の援助を断った時点でなぜ何年も生きていけたのか、結局分からない。もちろん想像は出来る。おそらく(妹の)父親は中村雅俊だと思う。ただ、その事実と彼女の自立心との関係が良く分からない。そして何故アメリカに渡ったのか、すぐにイサムに会わなかったのか、どのように生活したのかも謎である。また、いったん医学の道を志したイサムが芸術の道に改心する経緯も、レオニーの信念の立つ所以も、あまりにもあっさり描いていて、私には説明不足のように感じる。

「幸せだったかどうかは、死ぬときに決まるのよ」
アメリカを発つときに母親に言い放ったこの言葉は、これから多くの女性を励ますのだろうか。男の私にとっては、野口米次郎に対する共感は一切もてないが、レオニーに対しても、したたかというか、ちょっと畏怖に似た気持ちを抱くのである。






最終更新日  2010年12月11日 21時43分14秒
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2010年12月10日
カテゴリ:邦画(09~)
歴史は「発見」の宝庫である。現代そのものが日々工夫とドラマのような人生の連続なのだから、過去の中には無数の工夫と教訓、そしてドラマがあるに違いない。そして、それは一家の献立から冠婚葬祭まで事細かに綴られた「武士の家計簿」が発見されたならば、無数の「発見」があるに違いない。
01武士の家計簿.jpg
監督 : 森田芳光
原作 : 磯田道史
出演 : 堺雅人 、 仲間由紀恵 、 松坂慶子 、 西村雅彦 、 草笛光子 、 中村雅俊

原作はその中から、現代の教訓になるようなことを分かりやすく解説した良書であった。森田芳光監督が果たしてこれをどのように料理するのか楽しみだったが、実に上手くまとめていると思う。最初登場人物の説明にもたついたけれども、猪山家の借金返済計画と成之教育に話が移ると非常にしっかりしたドラマが始まった。

江戸の武家社会では息子の教育係は父親の責任なのである。仕事が忙しいからと言って、決して怠けてはいけない。現代の家族よりはよっぽどしっかりした絆が出来るのではないだろうか。

本当は明治維新を迎えて、官僚テクノラートの成之がどのように出世し、リストラ侍がどのようにスポイルされていったかを描けば、現代に対する批判映画になりえたのだろうが、それをやるとテーマが散漫になってしまう。

史実とあえて変えているところも散見したが、まあそれこそが映画なのだから仕方ない。
堺正人が真面目一本なそろばん侍を演じていて流石なのであるが、それを受けるお駒こと、仲間由紀恵が抑えた演技気ながら、夫を好きになり、信頼し、母として夫に反発し、そして愛する姿を存在感持って演じており、感心したのである。






最終更新日  2010年12月10日 09時50分27秒
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2010年10月29日
カテゴリ:邦画(09~)
今月は映画館で見たのは10本。すべて感想はアップしたので、TVで見た映画のことをメモしておきます。ツィッターで呟いたのをコピーします。

2010年10月09日(土)
「地球防衛軍」(1957)監督本多猪四郎なう。怪獣出現、拳銃で応戦。美女が風呂の窓から村を歩く怪獣を見るシュールさ。通信手段が電話なので情報伝達が遅いのだ。防衛軍登場、戦後12年なので動作がきびきび、「此処が防衛線だ」の掛け声。新鮮です。
「地球防衛軍」異星人登場。なぜか日本語。お辞儀までする。当時の自衛隊の最新兵器総出動、富士山麓の決戦、軍隊の無力はゴジラと同じ構造、「地球を支配する?しかし人類も科学の力で他の動物を支配しているではないですか。このままでは地球は水爆で滅ぶ」もっともらしい理由。
「地球防衛軍」志村喬「いかなる理由があろうと原水爆を使用してはなりません。」結局は一人の勇敢な人間により人類は救われた。志村「(水爆で滅びた)彼らの徹を人類は決して踏んではなりません」

2010年10月13日(水)
「ヒーロズファイルシーズン」で「ネイサンの敵を取ろうと思っているんじゃないでしょうね。正義の行いでない限り、復讐は死を呼びこむ」という台詞あり。これがおそらくアメリカ市民の平均的な感覚。しかし、正義と復讐の間に境界がないことは、ドラマ自体が証明。

「のだめカンタービレファイルシーズン前編」(2009)観た。音楽映画苦手だし、単なるクラシック紹介映画にすぎないのだけど、退屈しないで最後まで観たのは、いろいろ工夫している証拠。

「うた魂♪」(2008)合唱苦手なので敬遠していたけど、きっちり感動させる創りと夏帆の熱演でなかなかよかった。徳永えりって、こんなところにも出ている。

2010年10月18日(月)
「丘を越えて」(2007)池脇千鶴が途中までとっても魅力的。モダンな容姿と江戸の心根。高橋伴明監督の関根恵子へのラブレター。男のラブレターはみんな支離滅裂。猪瀬直樹原作、本人も出ている。峰岸徹もしんだ父役で出演、今考えると貴重。

2010年10月21日(木)
日本映画専門チャンネル「大魔神怒る」(1966)善良な藩主を助けるという設定で民衆はあまり活躍しない。しきりに「神様」という台詞が出てキリスト教宣伝映画みたい。今回も乙女(藤村志保)の涙がキーポイント。

2010年10月24日(日)
DVD「青い車」(2005)孤独な男と姉妹の三角関係。ARATA、宮崎あおい、麻生久美子という演技派を迎えながら、思わせ振りとしか思えない作品を作るのは監督奥原浩志が2時間弱で盛り込むべきものを勘違いしているからだろう。

2010年10月29日(金)
いい?世の中の出来事のほとんどはたいしたことないし、人間泣いている時間より笑っている時間のほうが圧倒的に長いし、信じられない物も見えるし、一晩寝れば、たいていのことは忘れられるのよ!by「インスタント沼」






最終更新日  2010年10月29日 23時05分29秒
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カテゴリ:邦画(09~)
「REDLINE」
とてつもなく未来のカーレースの話だけど、センスオブワンダーは感じない。描きこみは凄いと思うし、スピード感は半端じゃない。つまり、技術は素晴らしい。

「車を動かして遠くに行くにはテクノロジーと技術が必要ではあるが、その目的を決めるためには『教養』が必要なのです。」(by加藤周一)というわけでとっても物足りなかった。

監督 : 小池健
原作 : 石井克人
脚本 : 石井克人 、 榎戸洋司 、 櫻井圭記
アニメーション制作 : マッドハウス
声の出演 : 木村拓哉 、 蒼井優 、 浅野忠信

蒼井優エンドロールをみるまで声をしているのだと気がつかなかった。彼女の声優の技術は半端じゃない。









最終更新日  2010年10月29日 22時59分25秒
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