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らぴすと LA PISTE

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瀬戸内国際芸術際越後妻有アートトリエンナーレを知らなくても、「直島」という名前を知っている人はかなり多い。

アート&瀬戸内という2つのキーワードを並べたら「知ってる!直島でしょ?」という声が響くこと、めちゃ多し。

今年の夏開催される、瀬戸内国際芸術祭。そこでパフォーミングアートの担当をさせてもらっており、スタッフの中では珍しく島担当ではなく、小豆島、犬島、大島、女木島、男木島、直島、高松と、7箇所を横断的に担当している。
ただその中でも、直島と犬島の担当者ということになっている。

のに、のにですよ。
あの有名な地中美術館に入ったことがない。
勿論、本などでは何度も読んでいるし、地中美術館についての展示なども見ているけれど、入ったことはなかった。

たまたま今朝、高松出張の帰り道、京都の打ち合わせに至るまでの数時間が空いていた。
どうしようかなー。
空白時間が怖い、典型的日本人サラリーマンなところがある私。

色々考えたけれど、直島の地中美術館を観に行くことに決めた。

さて直島。
さすがに船にも慣れたもの…と言いたいところだが、フェリー乗り場もいろいろあってどこから乗ったらいいかわからない。
数ヶ月前の私と違うのは、波止場で知り合いを見つけられることであった。
「Iさ~ん!」
切符を買ってサッサと船に乗り込もうとしていた(地元の人は船の出発1分前に乗り込むのが常である)Iさんの迷惑そうな顔ったら。
ごめんごめん、といいつつ、何本も突き出た波止場のどこに私の目指すフェリーがあるのか、的確に教えてもらった。

「あっりがとう、ございまーーす!」
叫んで船に走り出す。

快晴!
風強し。
三角波がたっている。

ざっぷーーん、と直島に到着。
町営バスに乗り込み、一路地中美術館。

バス停留所はチケットセンターであり、センターには理系の研究生のような白衣の若者が2人座っていた。
ぬむっ?なぜにこの服装。。。
あー、確か、有名なデザイナーがデザインしたものである。本によれば。

「この美術館は少々特殊な美術館でございまして、美術館そのものがアート作品となっております。そのため、壁やガラス面などには御手を触れないようお願いいたします、うんちゃらかんちゃら。」

とのこと。
うーむ、我らが越後妻有でも、よくこういう蘊蓄を語っているため、「うだうだ説明が、長~い!」
…とは言えないのであった。
妻有に来るお客様の気持ちを1%くらい味わいつつ、坂道をのぼり、ついにコンクリートの壁が守る「地中美術館」へ到着。

言わずと知れた、安藤忠雄氏設計の建築物である。
すごい壁だな~、などと、ちょっと引きで見ていたのは事実である。
変に、本で知識として知っていたし。

コンクリートの、堅そうで平らな壁をくぐり抜け、建物に踏み込んだ瞬間から、私はぞわっ!という震えを感じた。

この震えは、私にとって至上の震えである。
この震えは「感じてしまった」ときのバロメーターなのである。

舞台でも、絵画でも音楽でも、焼き物でもいい。
差し出されたものに、鳥肌が本当に立つのである。

それが「本物であった時」。
と、私は信じている。

デ・マリア。
あくまで正確無比な造形のみで成り立つ、教会のような空間。
グレーがかった部屋の、中央部分に鎮座する、あくまでも美しい黒色の球体。
その1mまで行ったとき、突然にふわっとその光る球体が浮き上がった気がした。
びくっとして振りかえると、頭上に穿たれた窓から、陽の光が雲を押しやり、ふわっと空間全体を明るく包んだのだ、ということがわかった。

ジェームズ・タレル。
仕掛けも、写真も何度も見ていたはずの、この作品。
靴を脱ぎ、階段を上がり、平面のような壁面をふっとくぐり抜け、更に進む。
そこには、向こう側がどうなっているのかわからない、ただ碧い光の長方形だけが私の前にあった。
白い壁、白い床、そこに自分だけがいて、そんなはずはないのに、数メートル先は断崖絶壁のように感じられた。
トルコのカッパドキアの、岩をくりぬいた教会を思わせる。
見たこともない、ジャングルの渓谷を思わせる。
この世の果て、あの世に向かう岸にすら思える。

茫然として、前を向き、後ろ向きを繰り返す。
なんと幸せなことに、私ひとりしかいないから、想像の隅から隅まで味わい尽くすことができる。

青の空間、白い足元、穿たれた壁、黄色い光。

越後妻有にも、彼の作品はある。
それはそれで美しい作品だけれど、本当に正直な気持ちをいえば、今日私は初めて、ジェームズ・タレルの作品に出会った。

そしてクロート・モネ。
オランジュリー美術館で、フランスのいたるところでどれくらい見たかわからないだろう、モネの作品たち。

大げさなようだが、これもまた、私は初めてモネに出逢った、と思った。

目を疑った。

絵が、まるでアニメーションのように、刻々と動くのである。
淡い紫がかった、グレーにもみえる薄いピンク色が、すべてを包み込む優しい桃色にかわる。
水蒸気がたつようなゆらぎが、画面に現れる。

最初、照明を微妙に変化させているのかと思った。
そういう仕掛けをしているのかと。

まもなく、これは自然光なのだと気付いた。
間接照明のように隠された窓により、それが自然光だと気づくまでしばしかかったのである。

自然の光は、雲により、風により、1瞬たりとも同じものはない。

初めて、印象派というものが、何を求め、何を描こうとしていたのかを理解した気がした。
彼らはこの自然光のもとで見られることを前提に描いたのか!

もとより、この世にあらわれる色のすべては、太陽の光の移ろいによって決定づけられる、そのことを追求していたはずである。
また、人の眼の結ぶ画像や色のはかなさも。

その彼らが、屋内の安定した灯を前提に描く訳があろうか!

この部屋は、モネを理解したと思いこんだうえでつまらないと決めつけていた私を笑い飛ばした。

大理石の小さなキューブが埋め尽くすモネの部屋。
上質で心地よいスリッパに履き替えることで、耳障りな足音は一切聞こえない。

極めつけはなんといっても安藤忠雄氏の建築である。

エッシャーの絵のように入り組んだ通路を、一瞬一瞬、味わう。
まるで映画を観るごとく、目の中で1秒ごとに変わる画像・映像を、ああ、なぜそのままとどめられないと悔みながら、極上の料理のように味わい、歩く。

映画の場面が変わるときのように、ひとつひとつの空間は完ぺきに計算され、まったく別の風景をもたらしてくれる。

間違いなく、私がいままで訪れた世界の美術館の最高のものの1つである。

ものの1つ、ではなく、ひょっとしたら最高なのかもしれないが、それを認めることがまだできない。

どうしても、何度かきて、その判断をゆっくりと、愉しみたい。







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Last updated  2010年01月14日 22時29分10秒



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