小説 「scene clipper」 Episode 26
※前回のエンド「そう、そこまで分かっちゃうんだ・・・だったら山本君が世界で一番私の良き理解者になってもらえるってことだよね」 マリが席を立とうとした、ガタっと音を立てて。 小説 「scene clipper」 Episode 26 水城の嫁、夕子がマリの手を掴んで引き止める。「マリさん、もう少し・・・ね」驚いたことに、マリは夕子の言葉に従って腰を下ろした。 山本は銀塚の目を見、首を横に振ってから言った。 「それは違うな・・・おれは今日はっきり分かったんだ。お前とは生きてく高さが違うってな」「それはどういう意味?」 「うん、先ず第一にお前はお袋さんの手の届かない東京で本当の人生、お前だけの人生だ。それは他の同級生たちなら、それぞれ思春期を迎えた頃から自分なりに羽ばたく準備を始めるものだが、だけどお前にはお袋さんがいた、いつも隣にな。羽ばたくための準備は、せいぜい頭の中で計画を練る程度だったんじゃないか?」 由美は手を口に当てた。そして目を瞠る・・・『そこまで分かってくれていた』という喜びに痺れるような感動を覚えていた。しかし・・・ 「それが大学生となり東京で暮らし始め、人生で始めてお袋さんの手を離れて、羽ばたく練習を始めることになった。お前は急に空の近さを感じて躍り上がるような気がしただろう、違うか?」 「違わない、それにしてもそこまで読み取れるなんて、やっぱり山本君、私のことを・・・」 再びマリが立ち上がりかけたが、夕子に油断は無く、またしても未遂に終わる。 それでも、山本が二度目の異変に気付かないはずがない。マリを振り返って言った。「マリ、もう少し待ってくれ」 マリは「呼び捨てなんだ・・・」そう言ったが目にも口元にも鋭さは無い。 顔の向きを戻して山本は続ける。 「第二に、旅客機が飛ぶ高度ってどのくらいだ?」「条件によるけど、長距離の巡行高度なら、ほぼ1万メートルよ」「めちゃくちゃ高く羽ばたいてんだなー」「・・・・・・・」「俺の巡行高度・・・俺は空飛ぶ仕事してないから普段の生活環境の高さということだが、せいぜい20~30メートル 俺んとこ9階建てマンションの最上階だからそんなもんだ」 「何が言いたいのか分かんないわ」そこへ上妻が「俺にはなんとなく見えてきたよ」つづいてケンさんが「俺にも薄っすらと見えてきたぜ」 「何よ二人とも!少し黙っててくれないかしら」 「今の・・・」「え、何?」「自分の口から答えを出したようなもの・・・」「・・・・・・・」「昔のお前なら、さっきみたいに強い語気で人を制することはしなかったはずだ。断っておくが俺はお前がその意志を強く持ち続けて高く、自分の羽で羽ばたいたことを喜んでいるし、尊敬している」「尊敬だなんて・・・」「本当のことさ・・・少なくとも自分の進む道にまだ迷いのある俺にとって尊敬に値する生き方をお前は実現しているんだからな」「・・・・・」 「生活の巡行高度を取り上げて説明しようとしたのは、分かりづらかったかも知れないが生活環境の違いってさあ、なんかこう人の感性に少なからず影響を及ぼすってことあると俺は思っている。極端な話が内戦の続く国で暮らす人の表情って違うじゃない?」「それはそうだけど・・・」「比較してどうなのか?的を得てるのかどうか、とは思うけどな、俺たちは足元にアリが歩いているのが見えて『おっと』とよけて歩ける。けど避けたくたってお前の羽ばたく高い空からは見えないというより、アリの存在さえ忘れているだろ?」 由美の顔に落胆の色が浮かび始めた。リョウの話についていけなくなったのである。リョウは話していて、ある想いを強くしていた。 「俺はな、今あの時、上京する新幹線の中で感じたこと『俺たちが同じレールの上を走ることはもうないんじゃないかって』あの時の予感が当たっていたように思う」 「それを言うために巡行高度のはなしを?」「・・・いやもういい、忘れてくれ」「分かった、じゃあさようなら」 言うと彼女は立ち上がった。ケンさんはリョウに向けて「俺にはあんたの言いたかったこと、ほぼ分かってたよ。今度ほんとに酒飲みに誘ってくれると嬉しいなあ」 「分かった、近いうちにに必ず」嬉しそうに頷くケンさんに銀塚の冷ややかな声がかかる「ケンちゃん、行くわよ」応援ありがとうございます。今日もよろしくお願いします。(^^♪