カテゴリ:近代短歌の沃野
【この断章は、きわめて悲惨な情景の写実的描写を含みます。お読みになる場合には、あらかじめご承知置き下さい。】
窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔4〕 水道橋ほとり 深溝におちいりて死ぬる小き馬 たてがみ燃えし面を空に向けて お茶の水橋 妻も子も死ねり死ねりとひとりごち火を吐く橋板踏みて男ゆく 神田錦町あたり 石造の氷室くづれ溶けのこる氷ひかれり焼原の上に 氷室にひろへる氷背おひては男うろつく雫垂らしつつ 京橋あたり 焼け残る洋館の前に犬あわて人来る毎に顔あふぎまわる * 主(あるじ)を失った犬なのであろう。人が歩いて来るたびに、すわ、ご主人様かと慌てて顔を仰ぎまわっている。 一石橋 一石橋石ばしの上ゆ見おろせば照る日あかるく川に人くさる あふ向きて浮かぶは男うつ伏してしづむは女 小きはその子か 人の上とえやは思はむ親子三たり 火に焼かれては川に身のくさる * 「人の上(に折り重なっている)と思うだろうか」。 * 難読と思われる字に、筆者の責任と読みで適宜ルビを振った。 歌集「鏡葉」(大正15年・1926) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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