弁護側の証人
弁護側の証人 人の話にはしっかりと耳を傾けるべきだし、活字を読む際にもしっかりと目を通すべきである。 人間、経験を重ねてくると、大抵の事には驚かなくなる。何か事件が起きたとしても、解決に向けた段取りが頭に浮かぶから、そうそう慌てることはない。 そんな姿勢は職場においては重宝されるかもしれないが、普段の生活では、いいことばかりではない。話半分まで聞いて、ああそれはそういうことだろうなどとわかった風な相槌をうつと、相手はしらけるばかり。挙句に人の話をロクに聞かないとなじられるのがおちである。 …作家にとっては最良な読者かもしれない。何せ簡単にミスリードされてしまう。大どんでん返しがあると知っているから、慎重に読み始める。読み進むうちに早く先に進みたくて、多少引っかかりがあっても、「これはこういうことだろう」などと、都合良く解釈し、勝手に補い、いつの間にか作者の仕掛けに嵌まっていく。ふと気付いたら…唖然。 第11章にさしかかって、急に辻褄が合わなくなった。頭の中に作り上げたストーリーと、登場人物の台詞がまるで噛み合わない。…同じ個所を読み返す。 だんだん気づいてくる。まったく逆に捉えていたんだと。冒頭のシーンからの二百数十ページ。また作者の仕掛けに嵌まっていた。自分の眼力の弱さを恥じるよりも、作者の筆力に感嘆する。 ネタ自体は特別なものではないのだけれど、骨格をしっかりと維持しているせいか、どこにも齟齬が生じていない。見事にやられた… 「日本ミステリー史に燦然と輝く伝説の名作」 との看板に恥じない一冊。