|
テーマ:同居は嫌ですか?(1148)
カテゴリ:国際結婚・国際同居の生活
カウンセリングは先月末に最後のセッションとなった。
その後、同居のストレスの波もなく淡々と暮らしている。 自分自身、「いい嫁」になることがどうでもよくなった。 家事も仕事も家族の世話もがんばってこなそうとしていたけれど、そうしたら「いい嫁」どころか「ピリピリ・イライラしてばかりいる腫れ物の嫁」となってしまっていた。それに気がついた。家事とかあまりしなくても、おおらかでいつもコロコロ笑っている嫁のほうが、みんなどれだけうれしいか。そう思ったら、自分を幸せな人に育てることの方が大切に思えてきた。 いい嫁は自分の冷蔵庫を部屋に買ったりしない。 でも、小さい冷蔵庫を部屋に置いてから、台所の冷蔵庫がどんな状態であっても、どうでもよくなった。1Lの牛乳が二つともあいていて、全然使ってなかった一つの方をコーヒーに入れて飲んだら、トンでもない味がして、その日、仕事しているときにお腹がゴロゴロしていたけれど、それでも腹がたたなかった。 誰も手伝ってくれなくて、一人で夕食の支度をしているけれど、それも腹が立たない。なぜなら、食事の後はお皿を台所に運んだらそのままマムに片づけを全部任せて、自分の部屋に行くようになったから。別に悪いとも思わない。私は夕食を作ったのだから、食べたあとの片付けぐらいは自分らでしたらいいと思う。出来るのだから。昔は片付けも最後まで手伝っていた、いい嫁だった。そしたら、ダディーも夫も何もしないで上げ膳据え膳だった。私が片づけを何もしなくなったら、マムはダディーや夫を動かすようになった。女が家事をするという考えを捨てないと、マムが全部しなきゃならないということに気がついてきたらしい。私は仕事をしているのだから、「家事は女の仕事」という考えはもう持っていないから。それでも、男と50・50には分担できていないのだから、ちょうどいいぐらいに思っている。 夕食を作りたくない日は、「作りたくないから作らない」というし、「今日はxxだけしか作らないから、マムが一品作ってね。」とも言う。 いい嫁の定義って何なのだろう。 自分が幸せになれるように導いていったら、マムやダディーのことが「家族」と思えるようになった。同居が楽になってきたからか、昨日は、 いつまでこんなふうに、暮らしていけるのかな? と考えが。マムやダディーが年老いて、私たち夫婦だけの暮らしになったりしたら、すごくさみしくなるだろうと思った。 ダディーのパーキンソン病が悪化して、階段の上り下りが出来なくなる前に、彼らの二階の部屋と私らの一階のベッドルームを交換しないといけないな。そう遠い将来じゃないからな。 と、夫とビーチを散歩しながら話した。 ダディーが動けなくなっても、施設に入れたりしないで、出来るだけ自宅介護でやっていけるように考えていくつもりだからと夫に告げた。 昨日の私は心から、そう思うことが出来た。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|