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カテゴリ:本
「夫のものとなつた私は凡て自由にせよと云はれた。自由にと云はれると私は責任を感ぜずには居られなかつたが、愚かな私はおぼろげな行手の光を目あてにふらふらと呑気な日暮しをして居たのに、夫は私を叱る事は愚か、いやな顔一つ見せた事はなかつた。(中略) あゝ全く私は叱られた事はなかつた。私がどんなにそゝうをした時でも何時も唯笑つて居らるゝばかりか、家政の事食事の事についてさへたゞの一言も不平をきかなかつた。(中略)世話をやいて下さいと云ふと、僕には分らない是で満足だと答へられるばかり。愚かな智慧をひとりしぼつてとぼとぼ歩いて行く私は幸なのか不幸なのか判らなかった。」 夫婦が二人で話し合い、力を合わせて築いていくべき家庭生活を、「自由に」という名目のもとに背負わされ、「智慧をひとりしぼってとぼとぼ歩いて行く」安子の「幸か不幸か判らなかった」という不安感や孤独感と、「僕には分からない」と言う男性特有の逃げと無責任、そしてそれ故に生活人としての現実感と存在感の薄い武郎の姿が、私には二重写しになって見えるような気がするのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
March 9, 2017 08:09:05 PM
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