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カテゴリ:源氏物語
宮はいつにもましてしみじみと中君にお話しなすって、
「お食事を召し上がらないと、お身体に障りますよ」 と、仰せになりおいしそうなお菓子をお召し寄せになります。 さらに料理人には食欲の出るような料理を特別お命じになるのですが、 中君は一向に手をお付けになりません。 「全く困ったことですね」 と、ため息をついていらっしゃいましたが、 日が暮れてしまいましたのでご自分の寝殿にお渡りになりました。 秋風が涼しく吹いて、空の景色も風情ある季節になりました。 宮は当世風の派手好みでいらっしゃいますのでこの季節にふさわしく、 ことさらあでやかでいらっしゃるのですが、 中君のお心の中は悲しみでいっぱいで、 風情ある景色も蜩の啼く声にも宇治の山荘ばかりが恋しくて、 「おほかたに 聞かましものをひぐらしの 声うらめしき 秋の暮かな (宇治で暮らしていたころは聞き流していた蜩の声も、 この秋の暮は恨めしく思われてなりません)」。 宮は、まだ夜が更けぬうちにお出ましになります。 中君は御先払いの声が遠ざかるのをお聞きになりながら、 海士が釣りするほど涙が流れ、 『我ながらみっともない嫉妬心よ』と思いながら臥していらっしゃいます。 『宮さまの夜離れは今始まったことではなく、宇治で出会ったころからだった』 と思いますと、 今更こんなに嫉妬するご自分を疎ましく思っていらっしゃるのです。 『苦しいつわりも、この先どうなることやら。 父君も母君もそれに姉君まで短命でいらしたから、 出産の機会に私も命を落とすことになるかもしれない。 命は惜しくないけれど、後にお残しする宮さまやお子に対して、 罪深い行いになるわね』 など、眠れぬままに思い明かしていらっしゃるのでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
September 20, 2023 05:12:10 PM
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