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奇  知  外  記

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ブログ村

2021.02.27
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​​​​ 驚 き で す!!​​





ブログ村・家庭連合にも広告「神統一世界安着のための希望前進大会」がありました。​



家庭連合 新着記事 - 哲学・思想ブログ (blogmura.com)




公告ですので、クリック訪問によって出現は違ってきますのでスクロールして探してみてください。




第5回神統一世界安着のための希望前進大会のスピーカー紹介映像です。






一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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Last updated  2021.02.27 19:27:56
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2021.02.26
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まっちさんから更なるコメントがありました。
まっちさんの「統一教会とKCIAの関係」、異端批判に応えて(その2)」(2021.02.23)コメント欄からです。
​​​​​ご丁寧に私への返信を記事にしてくださって、ありがとうございます。
もちろん、その朴正華氏による95年松濤での講話は存じております。
その当時東京におりましたので、実際に見聞きしました。
25年も前の話なので、ほとんど覚えていませんでしたが。
わざわざ貼り付けていただきありがとうございました。

その上で、どちらが真実なのかという話です。
25年前は、なんの検証もせずに、教会側の話を信じておりました。
が、その後2010年頃からの色々な教団の醜聞と、文氏が亡くなる前の統一家の出来事、裁判、朴サムエル氏の存在と証言、分派問題、七男さん、四男さんの六マリア容認・・・等で、再検証する気になったのです。

朴正華氏は、その後96年3月に36家庭の劉孝敏との共著で、韓国で「野録統一教会史」を出版しています。
(暗在さんの最近のブログ御存じですよね?)
http://anzais.blog.fc2.com/blog-entry-196.html #more

http://www.kyushutsu.net/6maria.html

何が言いたいのかというと、どちらか真実なのか、文氏の言葉や、教団が発表したり、宣伝する内容を鵜呑みにしないで、、自分で確認したり、検証してほしいと思っているのです。

777双より上の双の方は、6マリア(初期の血分け)については御存知の方が多いです。
幹部をやっていた方なら、なおさらです。

また、お会いした韓国の36家庭の夫人は、認めておられました。
日本の幹部も、神に誓って真実を話してほしいです。

その上で、統一原理の検証と、文夫妻のメシア性についてもう一度改めて自分の心と頭で考えてほしいと思います。
この教祖と教えは、信じるに値するものなのかを事実の確認の上で。

一応、私の結論も書いておきますと、六マリアはあったということです。

その後、私は原点に返るつもりで、聖書を深く学ぶようになり、今は、文氏は再臨のメシアではないという結論に至りました。

もし、統一教会に入教時に、六マリアについて知っていたなら、私は決して入教も献身しなかったでしょうから、教団が嘘をついて、事実を曲げてまで、六マリアを否定していることは、本当に罪深いと思っていますし、これ以上被害を広げないでほしいと思います。


tomy4509さんが、教会でどのような立場の方なのか存じませんが、責任ある立場にある方であるのなら、36家庭や幹部クラスの多くの方からのヒアリングで事実を検証されることをお勧めします。​​​​​
(2021.02.25 13:02:26)
まっちさんは、朴正華氏が著書「六マリヤの悲劇」を否定した「私は裏切り者」を書き、また、それを再び覆しては96年に「野録統一教会史」もご存知でしたら、話は簡単にします。

前回記事(​こちら​)では「卓明煥氏にしてもそうですが」と書いていましたが、朴正華氏も指してのものでした。
​​(朴正華氏、)卓明煥氏にしてもそうですが、1978年9月の新聞広告にて統一教会への謝罪文を掲載していながら、その翌年にはそれを覆しては再び、(一時は否定した)過去の情報資料を公開しての統一教会批判にどれだけの信ぴょう性があるでしょうか。地位や名誉、お金などで二転三転する人物は信用出来ない、というのが世間一般の考えです。
「真実を語ろう」とする人が二転三転すること事態が、もはや、「真実」から遠ざかっています。誰がそれを信じますか!!

第一に、私からは「統一教会とKCIAの関係」について書いています。
フレーザー委員会は77年から18ヶ月間、68万ドルもの資金を投じて文師の”非”を探したが、”非”は何一つ発見できなかった。​

私tomy4509が統一教会に導かれたころ、書店に行けば「統一教会=KCIA」と書かれた書物も並んでいましたが、フレーザー委員会が何であったかというならば、​「統一教会とKCIAの関係について調べましたが、結論として、その事実関係を発見することが出来ませんでした​」と、米国の税金を使ってはその無関係性に印を押したものでした。​
​「統一教会≠KCIA」、米国政府が18ヶ月と68万ドルをかけてそれを証明していました。誰も否定することが出来ない事実です。

ところが、そのKCIAとの関係についてその後もばら撒いていたのが二転三転した上記の二人の著書ではなかったですか。この方々が真実を語っている? 誰が信じますか!

「血分け」「六マリヤ」にしても然りです。
韓国の36家庭の夫人は認めていた? 777の方は知っている? 
知っていたならもう統一教会にはいません。原理やみ言とかみ合わなければ(言動が位置しなければ)、真の父母様がメシヤ、再臨主だとは誰も信じないでしょ!!
これらは元教会員らの証言からのものではなかったですか。その裁判結果はどうなっていたでしょうか。証拠を提示することが出来ず、名誉毀損で実刑判決が下されていました。
朴サムエルについてはよくは存じませんが、最近はDNA鑑定というものもあります。そういった証拠とかは出されているのでしょうか。知っていれば教えてください。

このように「統一教会とKCIAの関係」から紐解いていけば、「血分け」や「六マリヤ」が真実だなどとの結論は出てきません。まっちさんもまた、サンクチュアリ同様に「初めに結論ありき」(「サンクも「初めに結論ありき」では?! 」)からで、それに見合った(デマ)情報をくっつけているように思います。元教会員らの証言はあってもその証拠が見当たりません。

分派問題、これも原理講論に書かれたカイン・アベルの問題であって何ら原理と矛盾したものではありません。カイン・アベルは堕落の血統で生まれてきましたが、真の父母様によって生み変えられなければなりません。子女様だからといって責任分担があります。父母様を「メシヤ・再臨主」だと受けれられなければ原理から脱線していくしかありません。真の父母様の家庭といえども、肉親の父母が「真の父母」というわけではありません。さらには、天の父母様の血統にまで連結されなければ、です。
三男さん、七男さん、それぞれを分析してみれば原理講論の「カイン型人生観」、「アベル型人生観」でしょう。それがどうならなければならないを教えているのが原理です。


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2021.02.23
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​「家庭連合は異端?(その2)--異端鑑別師が統一教会に謝罪広告」(2020.11.26)コメント欄、まっちさんのコメントに私tomy4509からは十二分な回答(以下)をしていたはずですが。
  • ​「朴正華氏による『私は裏切り者』出版報告会(1995年11月18日、松濤本部)」(2021.02.13)

    『六マリアの悲劇』(恒友出版、1993年11月4日刊)朴正華著本人が、後日『私は裏切り者』と題しての著書にて「六マリヤの悲劇」を否定していました。


  • まっちさんの「統一教会とKCIAの関係」、異端批判に応えて」(2021.02.15)

    「奇知外記」過去記事「「KCIAと統一教会」、一事が万事」(2011.03.03)から
     特に、当法人および創始者の文鮮明師に対して、「70年代後半に『コリアゲート』と呼ばれた米議会買収工作事件があったのですが、それにかかわった朴東宣という大物ロビイストの資金源が統一教会の文鮮明です。...朴の資金源が統一教会の文鮮明」などと記載し報道したことに対して、回答書にはそれを事実として裏付ける証拠が何一つ提示されておりません。この件に関しては、抗議文を直接お渡しする際に、口頭でも明確な証拠を提示するように抗議しておりました。
     かつてこの「コリアゲート事件」と当法人の関連性を執拗なまでに追及した「米下院フレーザー委員会」でさえも、その最終報告書で「当小委員会は、株の購入にさいして朴東宣と文鮮明機関が協力関係にあったという証拠はなにも見出せなかった」(『世界政治資料』1979年2月下号60ページ、日本共産党中央委員会発行)と報告しております。この「コリアゲート事件」の問題は米下院フレーザー委員会の「最終報告書」およびフレーザー氏の選挙落選などをもってすでに決着済みとなっていた問題ですが、
また、「奇知外記」過去記事「「KCIAと統一教会」、一事が万事」(2011.03.03)も末尾に挙げては、特にはP.4~に目を通されたのでしょうか?

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​フレーザー委員会は77年から18ヶ月間、68万ドルもの資金を投じて文師の”非”を探したが、”非”は何一つ発見できなかった。​

私tomy4509が統一教会に導かれたころ、書店に行けば「統一教会=KCIA」と書かれた書物も並んでいましたが、フレーザー委員会が何であったかというならば、「統一教会とKCIAの関係について調べましたが、結論として、その事実関係を発見することが出来ませんでした​」と、米国の税金を使ってはその無関係性に印を押したものでした。
にもかかわらず、22日付のまっちさんの引用コメントは「恥の上塗り」としか見ることが出来ません。以下に一部引用します。
​​​長文になりますが、親切心から、リンク先の記事を貼っておきます。
読んでみてください。


28年間、統一教会やKCIAと戦った卓明煥の証言

卓明煥先生は1994年2月18日にカルトメンバーによって殺害されました。卓明煥先生はその数日前にこの証言をしました。

ソウルの日曜日、昨日までの車の渋滞が消えて、漢江の流れも休んでいるかに見える、そんなある日、私は柄にもなく韓国の教会巡りをした。
「韓国では茶店の数より教会の方が多いと言われますが、事実この国は宗教国家で、5千万人□のうち4分の1がキリスト教徒だと言われています。」「仏教徒は2千万で数はクリスチャンを上廻っていますが、その活動たるや年に一、二度形だけの儀式に参加する仏教徒と違い、クリスチャンは自ら通う教会を持ち、毎日曜礼拝に参加しますから熱が違います。」「金泳三大統領もクリスチャンで毎日曜協会に通っています。北朝鮮からやって来た金賢姫もクリスチャンになりました。」ソウル取材で出会った人達は口々にそう語ったが、事実、日曜日ソウルの教会を巡ると、いずこも超満員、中でもH教会などは劇場かと思うような豪華さで、数千人の信者が壇上の人気牧師の説教に聞き入っている図は、これが韓国人のレジャーかと思わせるような錯覚におちいる。説教の終わり頃廻っててくる献金袋に全員がなにがしかのウォン紙幣を入れる。韓国はキリスト教国、そう思って間違いない。
このキリスト教隆盛の韓国で誕生した統一教(韓国では統一教会のことをこう呼ぶ)は言うまでもなくやはりキリスト教系宗教である。しかし長老派と呼ばれる韓国の正統キリスト教会から見ればこの統一教は邪教、異端ということになる。この統一敏の異端性を28年間主張し、統一教と戦ってきた男が韓国宗教問題研究所々長の卓明煥である。今年56才になる。
この卓明煥、日韓の統一教会研究者で知らない者はいない有名人である。特に1979年に彼が著した「統一教の実像と虚像]は統一教会ウォッチャーのバイブルともなって今日に至っている。
私がこの卓氏にソウルで接触しようとした時、統一教元信者のAという人物からこんな忠告を受けた。
「卓明煥なる男は「統一教その実像と虚像」の出版前にも血分けなどについて論文を発表し、その中で梁充永女史とその子息李栄氏のことを書き、文鮮明とは梁の夫が生きている時から普通の関係ではなかったと書いて1978年に名誉毀損で拘東されました。その時朝鮮日報他ソウルの五大新聞に謝罪文を掲載しています。私が統一教にいたその当時、卓明煥は統一教の犬となったと統一教の内部で言われていました。会われても収穫はないでしょう。」
しかし私はこのAの言葉を信用しなかった。卓明煥の著作を何冊が読んだ印象で、それが長年の研究によって書かれたものであり、その内容に多くの真実があるとの感想を持つたからである。
最初この卓は私の接触に警戒感をあらわにした。人を介して彼に会うまで数日間を要したが、会ってみると気さくな好人物であった。
「失礼しました。初対面の人を警戒する習性がついています。」そうして卓は顔の傷、背中の傷、足の傷を次々と見せてくれ、襲撃された時の血痕のついた衣服など見せてくれた。「私が統一教やエセ宗教と戦ってきた28年間の集大成がこの傷跡であり、この衣類です。暴徒に襲撃された数はギネスブックものですよ。」と寂しく笑った。私はこの人物に好感を持った。
つづく (2021.02.21 23:33:44)​​​

このリンク先は卓氏自身の証言ではなく、『六マリアの悲劇』(恒友出版、1993年11月4日刊、朴正華著)からのものであり、その翌年には朴正華氏自身が「私は裏切り者」の著書で前書を否定していた事実をまっちさんにはお伝えしたはずです。松濤本部にて彼自身の訓戒の映像はご覧になられたでしょうか?

卓明煥氏にしてもそうですが、1978年9月の新聞広告にて統一教会への謝罪文を掲載していながら、その翌年にはそれを覆しては再び、(一時は否定した)過去の情報資料を公開しての統一教会批判にどれだけの信ぴょう性があるでしょうか。地位や名誉、お金などで二転三転する人物は信用出来ない、というのが世間一般の考えです。

ここでの「「卓明煥なる男は「統一教その実像と虚像」の出版前にも血分けなどについて論文を発表し、その中で梁充永女史とその子息李栄氏のことを書き、文鮮明とは梁の夫が生きている時から普通の関係ではなかったと書いて1978年に名誉毀損で拘東」された裁判の結果はどうなのでしょうか?
もしもそれが事実であれば、「血分け宗教」としての批判も高まっていたでしょう。
私からは「血分け」に関しての名誉毀損の別の裁判の判例も挙げていました。2年2か月の実刑判決を前に癌でなくなった、というものでした。

このように、「統一教会=KCIA」・「血分け宗教」・「六マリヤの悲劇」などといった批判は過去の亡霊らが創り出したデマであり、まっちさんほかはこんにちもその亡霊らに踊らされているとは可哀そうな方々です。早くその亡霊らも「先祖解怨・祝福」をしてあげなければ(霊界でも)泛ばれないでしょう。




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Last updated  2021.02.24 18:05:05
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2021.02.15
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「統一教会=異端」と批判される「まっちさん」コメントに応えては「朴正華氏による『私は裏切り者』出版報告会(1995年11月18日、松濤本部)」ビデオを挙げさせていただきました。また、統一教会とKCIAとの関係ということで以下を書いていました。
​暗在さんの記事で、それまで「まさかそこまでは・・・」と思っていたKCIAとの関係がとても現実味を増しました。​
​「奇知外記」過去記事「「KCIAと統一教会」、一事が万事」(2011.03.03)は、当時ブログ村で「統一教会=異端」の理由の一つに対して、それはすでに決着したものだったことを書いていました。
暗在さんであれば、その結末をすでにご存じのはずですが隠しておられるのでしょう。
​ 特に、当法人および創始者の文鮮明師に対して、「70年代後半に『コリアゲート』と呼ばれた米議会買収工作事件があったのですが、それにかかわった朴東宣という大物ロビイストの資金源が統一教会の文鮮明です。...朴の資金源が統一教会の文鮮明」などと記載し報道したことに対して、回答書にはそれを事実として裏付ける証拠が何一つ提示されておりません。この件に関しては、抗議文を直接お渡しする際に、口頭でも明確な証拠を提示するように抗議しておりました。
 かつてこの「コリアゲート事件」と当法人の関連性を執拗なまでに追及した「米下院フレーザー委員会」でさえも、その最終報告書で「当小委員会は、株の購入にさいして朴東宣と文鮮明機関が協力関係にあったという証拠はなにも見出せなかった」(『世界政治資料』1979年2月下号60ページ、日本共産党中央委員会発行)と報告しております。この「コリアゲート事件」の問題は米下院フレーザー委員会の「最終報告書」およびフレーザー氏の選挙落選などをもってすでに決着済みとなっていた問題ですが、
元6500双の「まっちさん」ですが、1970年代後半のウォーターゲート宣言から文総裁のダンベリー収容あたりの史実についてはどれだけご存じでしょうか?

特には、統一教会とKCIAの関係については「ウォーターゲート事件」になぞらえて「コリアゲート事件」として「フレーザー委員会」に朴普煕(パクポーヒー)総裁が召喚されて証言した映像(通訳なし)は以下でした。



朴総裁は委員会の尋問を前に「フレーザー委員長、あなたこそが共産主義の手先である」と反問したのがこの映像でした。最終的には統一教会とKCIAの関係を示す証拠を挙げることが出来ないとの最終報告をもって決着していました。

ところが、なおも反対派が統一教会を貶めようとしたのが文総裁の「ダンベリー収容」でした。その詳細は「米国における文師裁判とダンベリー収監--過去記事整理」(2016.12.14)にて整理した資料を掲載していましたのでご確認ください。




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2020.12.18
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ほふられた小羊 id:yohane-no-mokusiroku さんへ




コメントをいただきましたが、過去・ブログ村で公開されたお母様の11.11み言のペーストのみであり、わざわざこちらでも公開する必要を感じません。
お母様のみ言と子羊さんのブログ記事で書かれていることとは何らの関連性もありません。

むしろ、これまでも私からはあなたの妄想でしかなく、短い引用を挙げてはあたかもそうであるかのように(暗号文解読遊びで)書かれること自体に大きな間違いを犯しているとの指摘をしてきました。
一旦はカテゴリー「家庭連合」を退出され、再度戻ってこられた理由は何ですか?
女々しい姿をさらすだけです。ご自身の言葉に責任を持たれたらいかがですか???



過去にはあなたが私からのコメントを削除された経緯もあり、前回記事のコメントは私からは最後のものでした。また、質問等のコメントをいただいたとして「ノーコメント」とさせていただくことを予めご了承下さい。

今後は、あなたのブログへの訪問は一切ありません。

万が一に「あなたの妄想が真実である」と信じるならば、ご自由にされてください。

2020.12.18 22:50

by tomy4509


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Last updated  2020.12.18 22:50:12
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2020.11.28
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​​家庭連合は異端?--「三位一体”説”」は諸説に過ぎないで紹介させていただいたkimagure-orさんから「tomy4509様へのお詫びとお願い(*'ω'*)」ということで、彼の記事に説明不足(「神性と神学の違い」等)があったとのことで弁明のメッセージをいただきました。
​​​この個所(原理講論>キリスト論>​重生論と三位一体論​)を読んでいてtomy様が私の意図を誤解されていることに気付きました。​
神学用語としての「神性」を説明させてもらいますと「神であることの状態または質」を意味しますがその点についての説明文を入れるべきであったと反省いたしました。お許しください。
神性と神学の違い - との差 - 2020 (strephonsays.com)
それ故、我々キリスト者の認識では「イエス様は神様そのもではない」という主張は神性を否定することになるのでございます。

それから「三位一体”説”」といっても所詮は「諸説の一つ」に過ぎないということをご理由に三位一体説は聖書に書かれていないとのことですが私に弁解の機会をお与えください。
確かにおっしゃられる通り、聖書には三位一体という言葉こそ使用していません
​しかし、その概念は多くの個所で見られます。​​​
統一原理(以下「原理」)の見解としての「三位一体論(三位一体説)」に関しては、​第7章 キリスト論​全体、特にはその「​第4節 重生論と三位一体論​」に書かれています。「重生」は原理独自の用語ですが、古い「原理講論」では「新生論と三位一体論」のタイトルで書かれていました。
​​​​(一) 重  生  論(新生論)

① 重生(新生)の使命から見たイエスと聖霊

 イエスは、自分を訪ねてきたユダヤ人の官吏ニコデモに、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできないと言われた(ヨハネ三・3)。重生(新生)とは二度生まれるという意味である。では、人間はなぜ新たに生まれなければならないのであろうか。我々はここで、堕落人間が重生しなければならない理由について調べてみることにしよう。

 アダムとエバが創造理想を完成して、人類の真の父母となったならば、彼らから生まれた子女たちは原罪がない善の子女となり、地上天国をつくったであろう。しかし、彼らは堕落して人類の悪の父母となったので、悪の子女を生み殖やして、地上地獄をつくることになったのである。したがって、イエスが、ニコデモに言われたみ言どおり、堕落した人間は原罪がない子女として新たに生まれ直さなければ、神の国を見ることができないのである。​​​​
イエス様は、ニコデモにキリスト教の奥義ともいうべき「新生」の内容を語られていたものでした。イエス様の使命は十字架ではなく、人類は「重生(新生)」させることにあったというのが原理の解釈であり、十字架を前に再臨の約束をされたのもまた、その使命をこの地上で完遂しなければならないという理由からでした。

さて、「三位一体”説”」ですが、聖書そのものに記載はなくアウグスティヌス(キリスト教神学者)が説いた諸説の一つということには同意がいただけたことと思います。5世紀に彼が説いたものでしたが、それに代わるだけの説がなかった故に、キリスト教も教派分裂をしながらもその説が世界に「定説」として広まったに過ぎません。
キリスト教がローマの国教となるまで400年を要しましたが、統一教会は、「異端だ! カルトだ!」と批判されながらも1世紀を待たずに世界的宗教となってきています。その原理にスポットを当ててみる時に来ているのではないでしょうか。原理では「重生”論”」として提示したものです。それが「三位一体説」に代わるものであるかどうかは、これからの神学界でも課題となってきています。

・「なぜ、イエスキリストの復活を信じるのか!」--十字架による救いの限界
2020-11-27付でkimagure-orさんのブログ記事で過去のそれをまとめていました。
原理はイエス様の復活を受け入れています。但し「イエス・キリストの肉体的な復活の事実」はまったくもって非科学的というものです。神様は全知全能だからそれも可能だったということでしょうが、「神様も法に従われる」いうのが一般的見解ではないでしょうか?
次の聖句を挙げては「肉体的な復活」を信じておられるということでしたが、
​「キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、4 葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、5 ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。6 次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。7 次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、8 そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」(第一コリント15:3-8)​
12名、そして、500名に同時にイエス様がどのように現れることが出来るというのでしょうか。忍者のような「分身の術」でも使われたとでも……
使徒行伝第1章、40日後に昇天したイエス様を見ても、その肉体が昇天したとは考えることは出来ません。昇天後にも「月足らずで生まれたようなわたし(パウロ)にも現れ」たイエス様は肉体をもってでしたでしょうか。聖書の記述とも矛盾しているように思います。

・「三位一体説」と聖書にもズレ
私からは、イエス様がご自身のことを「人の子」と語られていた一例を挙げていました。それに対してはダニエル書の「人の子」をもってイエス様はメシヤ宣言をされていたという弁明でした。

tommy様はイエス様ご自身が「人の子」と言われているから「イエス様は神様ではない人間だ」というお考えでしょうか?

そのお考えが間違われていることは先にも述べさせてもらいましたとおりです。

イエス様は人ではありますが神様でもあるのです。

少なくとも聖書をありのままに読めばそう読み取れます。

​これについては前書の記事「家庭連合は異端?--「三位一体”説”」は諸説に過ぎない」で原理講論からの引用をもって応えていたはずです。

イエスは創造目的を完成した人間として、神と一体であられるので、彼の神性から見て彼を神ともいえる。しかし、彼はあくまでも神御自身となることはできないのである。神とイエスとの関係は、心と体との関係に例えて考えられる。体は心に似た実体対象として、心と一体をなしているので、第二の心といえるが、体は心それ自体ではない。これと同じく、イエスも神と一体をなしているので、第二の神とはいえるが、神御自身になることはできない。
​ほか、いくつかの聖句を取り上げては「三位一体説」の聖書的根拠を説明しようとされておられたようです。そのいくつかを確認してみましたが、御子(イエス様)も万物被造世界を創造される前からおられた、複数形はそれを意味しているということでした。残念ながら、それらもまた「諸説の一つ」から脱却するだけの力がないことは、kimagure-orさんの方がはるかに聖書を読まれていることと思います。
三位一体のイエス様(神様)が十字架に架かること自体が信じ難いものです。ほか、聖書からは「三位一体説」では説明できない記述もご覧になられているのではないでしょうか?

・「神性」と「神学」は心と体のようなもの
神性と神学の違い
神性 神、神などの超自然的な力や神から来て、それゆえに神聖で聖なるものと見なされるものの状態を指します。

神学 宗教的信仰、実践、そして経験に関する研究を指す。 特に 神と世界との関係の研究
つまり神性とは、神様、あるいは、それに類する聖なるものの状態や属性(永遠、絶対性、愛等)を指し、神”学”はその学問ということでしょうか。
一概的には「神様はいる」から出発しているのが神学と考えがちですが、学問ともなれば、神学は「神様はいるのか? いないのか?」から始まると思います。
宇宙はどのように出来てきたの、その宇宙の根源が何であるかといった「哲学」的根拠によって私たちの価値観や人生観・社会構造にまで大きな影響を与えてきました。家庭連合では「原理」を学問的(思想的)にまとめた「統一思想」というものもあります。それをまとめられた方が(故)李相憲先生ですが、その方の講座を文章にまとめた一部を参考に考えてみてください。







神様がいる・いない、信じる・信じない、また、その神観(神性)がどうであるかで人生観も大きく違ってきます。
無形の神様を見られた人は誰もいません。聖書等でもって神様を人々に知らしめてきたのが宗教でした。ひとりの人間に例えるならば、目に見えない神様を「心」とすればそれを形で表現しようとしたのが宗教・神学は「体」といえるでしょう。
「三位一体説」はその体の部分とは言えるかもしれませんが、「諸説の一つに過ぎ」ません。いわば、「盲人と象」の譬えもあります。

改めて「三位一体説」見直しの必要性
科学の発達とともに現代人の知性も発達してきています。5世紀に説かれた「三位一体説」でもって現代人を納得させるには、もはや、時代遅れとなってきているというものです。
聖書を根拠にといっても、聖書そのものも口伝伝承されてきたものが後に文章化されたものです。神様の啓示によって書かれた書物であっても、その知性によってさまざまな矛盾点も発見するようになってきています。
こんにちなお、「家庭連合は異端だ」と頭ごなしに否定される方もいますが、その一方ではそれを見なおしていこうとする動きもあるのも事実です。



キリスト教では神様と人間の関係は「父子関係」だとも言っていますが、「三位一体説」からはそれを説明することが出来ません。閉鎖された三角形でしかなく、そこに人間(や被造物)創造など「愛の関係」が生まれてきません。以下は神様とイエス様、そして、私たちもイエス様のように実子なることを願望していることを書き記した聖句を挙げたものです。恥ずかしながらそれをまだ十分に理解できていない分派記事からの引用ですが。

お父様み言と違った「父子関係」解釈の『郭錠煥教』(2020.07.25)

引用開始>-----

​​​​神様と人間との関係は「父子関係」であるとキリスト教では説いています。

最初にそれを説かれたのは2000年前のイエス様でした。当時、神様はイエス様ただ一人を「独り子」と呼ばれました。そのイエス様を仲介として神様を知るようになったクリスチャンたちはというと、直接的な血統のつながりはないにしても、養子養女の位置だと言われています。

聖書を見れば

ローマ人への手紙/ 08章 15節~23節

​​ それゆえに、兄弟たちよ。わたしたちは、果すべき責任を負っている者であるが、肉に従って生きる責任を肉に対して負っているのではない。なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。
 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

と霊的には「子たる身分」を授けられたことを喜んではいても、なおも、「心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること」「からだのあがなわれることを待ち望んでいる」と更なる願いを吐露したりもしていました。つまりは、養子養女の位置からイエス様のような神様の実子となることへの願いでした。
また、

へブル人第 11 章1節~40節

 さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。
…(略)…
 さて、これらの人々はみな、信仰によってあかしされたが、約束のものは受けなかった。神はわたしたちのために、さらに良いものをあらかじめ備えて下さっているので、わたしたちをほかにしては彼らが全うされることはない。
過去の義人聖人らの信仰(願い)が必ずやクリスチャンたちによって成就されることへの確信も書き記したりもしていました。
-----<

人間・イエス様であったとしても「創造理想を完成」した位置で「神性」を持たれていたといっても何らの不足もないと思います。


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Last updated  2020.11.29 07:18:13
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2020.11.26
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前回記事「家庭連合は異端?--「三位一体”説”」は諸説に過ぎない」の末尾でもリンクを入れていましたが、韓国の異端鑑別師・(故)タクミョンファン氏が家庭連合(旧・統一教会)に対していくつかの新聞に謝罪広告(1978年9月)を掲載していました。

【文例】統一教会に対しての謝罪文(1978年09月11日、新聞切り抜き)(Aug 19, 2010記事)

       (以下に一部抜粋)

【文例】 統一教会に対しての謝罪文

過去の文例ですが、これから必要な方は参考にしてください。

謝罪文.jpg


統一教会に対する謝罪文

私は長年新興宗教の問題研究所を運営しながら、統一教会についての出版物、スライド(これは統一教会だ)、講演会、記者会見などを通じて、統一教会が非倫理的集団、政治集団、新型共産主義、カルトと批判してきました。


しかし、自分に批判の材料を提供したいくつかの統一教会の離脱者が最近名誉毀損などの犯罪容疑で拘束手配されたことをきっかけに、新しい角度から幅広い資料を収集、総合的に検討した結果、自分が統一教会に対して批判した内容のうち、事実ではない部分があることを認め、次のように訂正釈明します。


一. 非倫理的な集団の問題
私は統一教会の創始者文鮮明氏が1955年7月4日の社会風紀紊乱の疑いで逮捕手配されたことを知って統一教会を非倫理的カルトと断定、批判したところ、当時の事件は兵役法違反の疑いで起訴されたが、同年10月4日公判で無罪で釈放されたことを知った。加えて、統一教会を取り囲んで問題されてきたカルト云々はその根拠がないことを確認し、これ訂正します。


二. 政治集団の問題
私はこれまで統一教会をカルトに規定、批判してきたが、これは事実ではないことが明らかになりこれに訂正します。


三. 新型共産主義の問題
私は統一教会を新型共産主義集団と批判してきたが、これは事実ではないことが明らかになりこれに訂正します。


以上三つの項目に加えて、いくつかの統一教会の離脱者が提供した資料に多くの誤りがあり私が統一教会に被害を与えてきたことに対して深甚なる謝罪の意を表し将来再度このようなことをしないことを約束します。


1978年9月  日

新興宗教の問題研究所

所長 タクミョンファン

​当時、統一教会離脱者らの情報を元にカルト・異端だとしていたタクミョンファン氏でしたが、改めて統一教会を調べ直してそれが間違っていたことに気付き謝罪広告を出したというものでした。

これについては、古い統一教会員であれば一度は耳にされたことと思いますが、あまり大きくは報じられてはいなかったように思いますし、現在ではそういうことがあったことを知らない人の方が多いようです。

改めて「家庭連合は異端?」かどうかの参考資料にしていただければ幸いです。
と同時に、韓国では金銭絡みの『韓国教会の異端鑑別師の「異端操作」横行』しているという記事も見逃すことは出来ないと思います。



ところで、「家庭連合は異端?--「三位一体”説”」は諸説に過ぎない」で紹介させていただいたkimagure-orさんから「​tomy4509様へのお詫びとお願い(*'ω'*)」ということで、彼の記事に説明不足(「神性と神学の違い」等)があったとのことで弁明のメッセージを頂いています。これに関しては改めて書いていく予定です。

余談ですが、「火の粉」を始めとして大概は私のブログ名をカタカナ表記で批判してくる方が多いのですが、彼は謙虚で「クリスチャンの鏡」ですね。



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Last updated  2020.11.27 00:55:14
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しばらく記事更新がない「​ほふられた子羊さん(777)​」でしたが、ブログ村のカテ「家庭連合」から別のカテゴリーへ移動されたみたいですね。以下ブログ村プロフィールからですが、11/22以前の圏外(ランキング外)はそのカテゴリーには参加されていなかったことを意味しています。

ほふられた小羊 ランキング - にほんブログ村 (blogmura.com)




子羊さん自らの記事に間違いがあればすぐにでもブログを停止する、とまで豪語していましたが。



さて? 今後は移動したカテゴリーで(暗号文遊びの)自論を書かれていく予定でしょうか?


【参考記事】


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Last updated  2020.11.26 00:13:19
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2020.11.25
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ブログ村のカテ「家庭連合」で家庭連合(旧・統一教会)は「異端」だと書かれるクリスチャンの方の記事を最近見かけました。
11/24付記事「イエスキリストの神性を認めない異端達」もその一つです。
​​​​​​異端がなぜ異端なのか?

聖書解釈において「議論の余地がある、相手の言うことも一理ある」という程度の違いであれば分派だと言えるが、​​​明らかに聖書の書いてあることと違える主張をするのであればそれはもはや異端である。​​​

それ故、統一教会及びその残滓も異端と言えよう。

​異端は三位一体説及びイエスキリストの神性を否定する。​

統一教会教祖である文鮮明は再臨のメシアを自称しているが神ではない。

故に、イエスキリストも神様であっては都合が悪いのだ。

だからイエス様を単なる人間に貶め、その神性を否定する。


​我々クリスチャンはイエス様は人間として我々の前に現れてくださったが、同時に神であるという認識である。​

​聖書にそう書いてあるからだ。​


そしてイエス様は受肉前においてはこの世の創造に携われている。

 

コロサイ人への手紙1章15~17節

御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。

なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。 

御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

 

他にも次の聖書箇所を読めばイエス様は子なる神でありこの世の創造に携われたことが分かります。

ヨハネの福音書1章1~18節

へブル人の手紙1章1~4節

ピリピ人への手紙2章5~11節

 

つまり、単なる人間である文鮮明氏はメシアではありません。

偽メシアです。

​​​​
​ここでいくつかの聖句を挙げてはアウグスティヌスの「三位一体説」を主張しているようですが、「三位一体”説”」といっても所詮は「諸説の一つ」に過ぎません。

​聖書をみれば、イエス様はご自身のことを「人の子」と語られていました​が、それについてはどのような解釈をされているのでしょうか。以下は聖書検索からのごく一部で、マタイ伝(30個ヒット)「からです。
>-----
1:マタイによる福音書/ 08章 20節
イエスはその人に言われた、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」。
2:マタイによる福音書/ 09章 06節
しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と言い、中風の者にむかって、「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。
3:マタイによる福音書/ 10章 23節
一つの町で迫害されたなら、他の町へ逃げなさい。よく言っておく。あなたがたがイスラエルの町々を回り終らないうちに、人の子は来るであろう。
4:マタイによる福音書/ 11章 19節
また人の子がきて、食べたり飲んだりしていると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。しかし、知恵の正しいことは、その働きが証明する」。
5:マタイによる福音書/ 12章 08節
人の子は安息日の主である」。
6:マタイによる福音書/ 12章 32節
また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない。
7:マタイによる福音書/ 12章 40節
すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。
8:マタイによる福音書/ 13章 37節
イエスは答えて言われた、「良い種をまく者は、人の子である。
9:マタイによる福音書/ 13章 41節
人の子はその使たちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行う者とを、ことごとく御国からとり集めて、
10:マタイによる福音書/ 16章 13節
イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
… … …
21:マタイによる福音書/ 24章 30節
そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
22:マタイによる福音書/ 24章 33節
そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
23:マタイによる福音書/ 24章 37節
人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。
24:マタイによる福音書/ 24章 39節
そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。
25:マタイによる福音書/ 24章 44節
だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。
26:マタイによる福音書/ 25章 31節
人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。
27:マタイによる福音書/ 26章 02節
「あなたがたが知っているとおり、ふつかの後には過越の祭になるが、人の子は十字架につけられるために引き渡される」。
28:マタイによる福音書/ 26章 24節
たしかに人の子は、自分について書いてあるとおりに去って行く。しかし、人の子を裏切るその人は、わざわいである。その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう」。
29:マタイによる福音書/ 26章 45節
それから弟子たちの所に帰ってきて、言われた、「まだ眠っているのか、休んでいるのか。見よ、時が迫った。人の子は罪人らの手に渡されるのだ。
30:マタイによる福音書/ 26章 64節
イエスは彼に言われた、「あなたの言うとおりである。しかし、わたしは言っておく。あなたがたは、間もなく、人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。
-----<

また、家庭連合はイエス様の神性を否定しているなどといったニセ情報はどなたから聞かれたのでしょうか? 
教義書『原理講論』​の​キリスト論 第二節(詳細は​こちら​から)からは
​​イエスは創造目的を完成した人間として、神と一体であられるので、彼の神性から見て彼を神ともいえる。しかし、彼はあくまでも神御自身となることはできないのである。神とイエスとの関係は、心と体との関係に例えて考えられる。体は心に似た実体対象として、心と一体をなしているので、第二の心といえるが、体は心それ自体ではない。これと同じく、イエスも神と一体をなしているので、第二の神とはいえるが、神御自身になることはできない。そういうわけで、ヨハネ福音書一四章9節から10節のみ言どおり、彼を見たのは、すなわち、神を見たことになるのも事実であるが、このみ言は、イエスが正に、神そのものであるという意味で言われたのではない。​​
家庭連合を異端視する理由として「異端は三位一体説及びイエスキリストの神性を否定する。」を挙げていましたが、「三位一体”説”」は諸説であって聖書に書かれたものではありませんでしたし、また、イエス様の神性を否定しているわけではありません。異端視される根拠が一つ二つと消えました。

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Last updated  2020.11.25 00:53:11
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2020.11.01
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真夜中にUPした「ブログ村・新着記事から消された 分派「異邦人サマリア人(UCI)」に関する2記事 」に続き次の2記事
  1. 顕進氏が後継者であるというお父様の「副会長就任式」でのみ言は? 
    (2020/10/31 22:26投稿)
  2. 売却1ドル「ワシントン・タイムズ」の真実は?! 
    (2020/11/01 00:31投稿)
がブログ村・新着記事(カテ「家庭連合」)から消されていました。

以下はマイページ>記事メンテナンスのスクリーンショット(11/01 07:01)での記事投稿の確認です。



にもかかわらず、新着記事にはそれを見ることが出来ません。
時刻的にはtomy3974記事の前に「顕進氏が後継者であるというお父様の「副会長就任式」でのみ言は?」があって然るべきですが。



二番目の記事は時刻が「00:31」ですから、cosmosさんの前に「売却1ドル「ワシントン・タイムズ」の真実は?!」あるべきです。




10月31日夜から11月1日朝までで私の新着記事4記事がブログ村「新着記事」で抹消されたことになります。
これは、もはや、ブログ村における大事件です。

今回「新着記事」で抹消された記事はそのままに新たなURLにて記事を復帰し、ブログ村へは再度の問合せ(原因の究明)と再発防止策のお願いをしていきます。
読者皆様には重複となり多少の迷惑かもしれませんが、理解のほどよろしくお願いいたします。



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【追記】

11/01 10時ごろの確認ですが、ブログ村で「新着記事」抹消を扱った記事を含めて3記事の削除、ほかさかのぼって2記事の「新着記事」欄からの抹消が確認されています。






計7記事は異常としか言いようがありません。






Last updated  2020.11.01 16:35:48
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