テーマ:ひとりごと(15004)
カテゴリ:徒然草
子ども時代から、8月に入ると気持ちが落ち着かない。 5日の夜はドキドキドキ。 もうあと数時間後で、あの恐ろしい原爆が落ちたのだ、と思うから。 ------------------- 6月の夜、たまたまTVをつけてたら、 NHK特集「夏服の少女たち~ヒロシマ・昭和20年8月6日~」が 再放送されており、をを、と、懐かしい先生の姿に見入ってしまった。 このアニメのなかの夏服の少女たちの学校は、 実は、私の母校の前身であり、 5月18日の私の日記、『 夕凪の街 桜の国 』 で記したが、 8月6日に、私の母の学校と学徒動員日の入れ替わりの申し出があり、 全滅した学校なのである。 この学校に進学した母の親しかった友人たちは、 みんな死んでしまった。 以来、母は、ずっと自分の生き残った意味。 生かされて在る意味を、自問しつつ、生きて、いる。 常に自分に厳しく、甘えを決して自分に許さない。 そしてひとには、献身的に尽くす母。 50分の放送のなかで、アニメ化された少女たちの様子と、 実際に、その少女たちの遺族が映し出されるシーンがある。 このなかで、娘を亡くされた父親、として出て来られる 故「森脇 中」氏は、上の少年のマリンバの先生であった。 先年、先生も亡くなられたのだが、 テレビのなかの先生は、まだお若く、とてもお元気そうだった。 テレビでも語っておられる、森脇先生の息子さんは、 亡くなった妹さんの日記を'96年に出版される。 『 広島第一県女一年六組 森脇瑶子の日記 』 (細川浩史・亀井博編 平和文化刊 1996年6月発行) そして、この日記は、北海道の帯広緑陽高校の演劇部が脚本化し、 見事に上演されている。 --------------------- 広島市を離れ、 戦争について語ること、 原爆について語ることがタブー視されつつあるこの地で。 小中学校の社会見学で、平和公園見学を外されたこの地で。 修学旅行の沖縄行きが、東京TDLへと変更になったこの地で。 文科省の是正指導以降の、 こういったあからさまな種々の動きに釈然とせず、 おかしい、ヘンだ、と悶々としつつ。 私は。 それでも。 何がどうあっても、 2度とこういった悲劇を繰り返してはならない、と思う。 こうした過ちを決して繰り返してはならない。 そのために、私たちは、学ばねばならない、と思う。 何がどうしてこうなったのか。 2度と繰り返さないためには、 今、生きて在る私たちは、何をどうしていかねばならないか。 忘れてはならない。 風化させてはならない。 そのためには。 ------------------------ そんななかで、『 夕凪の街 桜の国 』に出逢えて嬉しかった。 あれから、何度も読み返した。 でも1番よく読み返したのは「あとがき」である。 言の葉は何も要らない。 この本が、ただひっそりと多くのひとたちの傍らに在れば、、、と願う。 # 追記 正直、私は、ヒロシマ前夜に、 何をどのように書いたものかと思いあぐんでいました。 或る意味、私は皆さんと、 5月18日のブログで語り尽くした感がありましたから。 原爆、戦争に関して語り尽くす?? そんなバカなことは有り得ないのですが、 それだけ私は精魂込めて5月18日の日記と、 コメントいただいた皆さんにお返事を書ききった感がありました。 皆さんからもたくさんの想いを聞かせていただき、 こころを寄せていただきました。 で、今の私にはもう、あれ以上のものは書けない、と。 私の想いは、あれ以上のものでも あれ以下のものでもない。 どうぞ、あれを参照して下さい、、!!という気持ちでいっぱいで。 ↑ だったら、そう書けばいいのにね。 ダメぢゃん>ぢぶん。 【ヒロシマ】を語りたい。 しかし、年を重ねていくたびに、 ひとの営みの重さを知り尽くしていくほどに 【ヒロシマ】を語るに値しない自分を知る、と言われる 弥々さん にトラックバックさせていただきます。 語るに資格はいらない。 真摯な想い だけでいい。 こころ寄せて、想い重ねて。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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5月18日の日記、『 夕凪の街 桜の国 』を読み、そしてまた、りうりうさんが広島に在住という事を知り・・・ずーっとこの日の日記をどう書くか、密かな楽しみでした^^
二度に渡りすすめてくださった『 夕凪の街 桜の国 』これはもう、読むしかないですなぁ^^ あとがきは、吾も嵌まって見せますぞ! 明日は共に黙祷しまひょ。 一先ず、ええ睡眠が取れますように・・・それだけ、りうりうさんに投げかけます。 (2005.08.06 00:08:01)
明日は原爆の日・・毎年この日が来ると哀しくなる・・。うちの義母の妹さんも第一県女に通っていて、骨さえもなかったと言う・・義母の部屋には今もその妹さんの写真がある・・あの一発の原子爆弾がどれほどの命を奪い。。建物を壊し・・100年経ってもこの地には樹木も生えない!と言われた・・。そして今でも放射能で苦しみ、なんで自分だけが生き残ったのか?と嘆き悲しむ声も聞く・・。もう二度と、こういう方たちを作っていけないと思う。戦争をなんで人間はやってしまうんだろう・・。なんであんな核爆弾なんて作ってしまったんだろう?!
戦争なんて、兵器なんてこの世から無くなってしまえばいい!! なんか今夜は感傷的になってしまった・・。ごめんね! (2005.08.06 00:10:04)
文章を読み、写真や絵、遺物を見ても、どうしても自分の想像を絶してしまう・・・それが戦争です。
起きた過去は変えられなくても、私自身に責任がないとしても、未来に関しては変えられるし、責任もある。 明日はただ、ただ、黙祷します。 (2005.08.06 00:17:07)
TVのホタルの墓を見てもかなり解説が必要でした。
子供達に伝わえるのなかなか大変です。 あとは気になっていることは以前日記に書いたとおり。 戦争が完全になくなりますよう・・・ (2005.08.06 00:49:56)
弥々さん、有難う☆
正直、私は、ヒロシマ前夜に、どのように書いたものかと思いあぐんでいました。 或る意味、私は皆さんと、5月18日のブログで語り尽くした感があったので。 原爆に関して語り尽くす、、!!そんなバカなことは有り得ないのですが、 それだけ私は精魂込めて5月18日のブログとお返事を書ききった感があり、 皆さんからもたくさんの想いも聞かせていただき、 私にはもう、あれ以上のものは書けない、と。 私の想いは、あれ以上のものでもあれ以下のものでもない。 あれを参照して下さい、、!!という気持ちでした。 だもんで、弥々さんのブログを読んで助けられちゃったのです。 有難うございました。 たちまちは、ひとりごと、で ええのんよね。 (2005.08.06 06:23:51)
私の日記の話でもそうだけど、私は今まで実感として自分に近しい人が亡くなるという経験がなかった。
「ヒロシマ」についてもそう、中学の修学旅行、また父母の帰省の途中、そして学生時代には8・6に何度も訪れた地なのは確か。そして語り部の人が語る言葉のテープ起しなどもしてプリントして配布などの活動もした。 けれど 実体験として体で、心で感じている人のものを読めば何もわかっていないのだと感じてしまう。 私にできることは心を寄せてみるだけ。 合掌m(__)m (2005.08.06 08:06:24)
kaorin215さん、メッセージ有難うございます。
毎年、この日は焼け付くような暑さであることが多いのですが、 今日の広島は、例年よりはしのぎやすく、風のある日でしたね。 kaorin215さんちの方は如何でしたか? 子ども時代から、毎年8月になるとずぅぅんと気の滅入る毎日を過ごしていました。 んとね、弥々さんとこで、 凄ぉく共感しちゃったtarantini78さんのメッセージを見つけました! tarantini78さん、引用させていただきますね。 > 『甘んじちゃいけない』 > > 子供たちにどんなに疎んじられようが、 > 8月は戦争のむごさ、悲惨さを、思い起こし、想像して、心を寄せる月。 > 今平和があるのはあの時代があった上でのことなのだ、ということを。 私は思わず、「よっしゃ~~ぁぁあ!」と拳を握っておりました。 風化させてはなりませんよね。 > 戦争なんて、兵器なんてこの世から無くなってしまえばいい!! kaorin215さんのおっしゃる通りです。 そのために私たちのできること。 考えなくてはならないこと。 たくさんたくさんありそうです。 前向いて ふぁいと! ですね☆ (2005.08.07 01:24:44)
ゆうやけぐもさん、元気になれるメッセージを有難うございます☆☆
ひとは過去に学び、いま、に生きて在ることが許される。 これって、凄い特権だよなぁって、よく思います。 だったら、学ばなきゃ! そのために過去の自分が在る。 そのために、過去の歴史が在る、と。 > 起きた過去は変えられなくても、私自身に責任がないとしても、未来に関しては変えられるし、責任もある。 おっしゃる通りです。 こころ寄せて、想い重ねて。 そして前に。 (2005.08.07 01:28:44)
★のん★きっずさん、胸の内の呟きを有難う。
ひとによって、胸を打つツボや時期は違うのだと思います。 同じ小説を読み返せば、その度ごとに心に残るフレーズが異なるように、 自分自身のなかでも日々違っている。 頭で判る箇所と、胸にすとんと落ちる箇所と。 それが成長なのか、後退なのかは判らないけれど、 確実にひとは、変わる、変わりえる、ということですよね。 私は、たまたま母が被爆者で。 たまたま、父も母も、放射線関係の職業人で。 たまたま父を亡くし。。。。 ひとりひとり、そんなこんなの違いがあり、 想いの深さや熱さの違いがあって、当たり前だよね。 > 私にできることは心を寄せてみるだけ。 > 合掌m(__)m さまざまな、それぞれの状況や想いを背負った人々が、 それでもこうして「心を寄せてみる」。 それだけで、何かが生まれ、何かがスタートするんだと思う。 手を合わせることって、自分の内的宇宙と向き合うことなんだそうですよ。 (2005.08.07 01:45:05) |
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