辻原登『不意撃ち』
不意撃ちに関連した5作の短編集。●各短編のあらすじと感想「渡鹿野」はデリヘルの送迎ドライバーの左巴がルミを送ったら客が死んでいたので訪ねた証拠を消して仲良くなったものの、ルミが仕事をやめて伊勢の近くの賢島にいるというので会いに行く話。左巴が焦点人物の三人称。冒頭の殺人事件がその後の話に関係ないのはモダニズム的脱線なのだろう。左巴が店を辞めたルミを探して島にたどり着くとかの展開ならミステリになるけれど、デリヘルで働く訳ありの女性の訳を過去編として直接読者に説明してしまったのではオチのインパクトがなくなるので、長編の出だしならこれでいいけれど短編の構成としては失敗かもしれない。結局左巴はルミの人生に深く関わるわけでもないし、ルミと最初から仲が良くて不和や和解とかの感情の動きもないし、ルミを相対化する視点として機能していなくて左巴とルミのどっちを物語の主軸にしたいのか決めかねた感じで左巴の存在感がない。取材はちゃんとしてあるようで、舞台になる池袋や賢島の細部の描写が具体的なのは良い。「仮面」は阪神淡路大震災で会社が倒産してボランティア活動をした甲斐が復興Tシャツを売って儲けたものの経営が危うくなって、かすみが運営するNPOの代表になって東日本大震災に一番乗りして儲けようとする話。甲斐が焦点人物の三人称。タイトルは北条裕子の「美しい顔」に対して含みがあるのかどうかはしらないけれど、作者が直接経験していない災害を小説に仕上げるときは直接災害の当事者を書こうとするよりも周辺の出来事を掘り下げるほうが粗が目立たなくてうまいやり方である。オチの不意撃ちが効いていてよい。「いかなる因果にて」は奥崎謙三が飼い犬を保健所に連れていかれた逆恨みで厚生労働省の官僚を殺した事件から作者が中学の同級生の芝原が数学の教師の大伴に体罰をされたことを思い出して教師に会いに行く話。作者の一人称で、小説なのかエッセイなのか判断がつかないけれどたぶんエッセイかもしれない。オチはないけれど、確かめに行く行動力はよい。「Delusion」は宇宙飛行士の女性が精神科医にカウンセリングを受けに来て、宇宙ステーションで人の気配に出会って以来予知夢のような幻想を見るようになったと言う話。三人称。エピソード自体は面白いものの、精神科医と患者の対話の形式で患者側だけが目立っていて精神科医はプロット上の存在意義があまりなくて巻き込まれ損みたいでもったいない感じ。精神科医側にもひねりが欲しかった。「月も隅なきは」は定年退職した団塊の世代の元編集者の奥本さんがいままでやったことがない独り暮らしをしたくなって、妻と娘に内緒で家出して近所でバイトしつつ生活して妻の行動を観察していたら、妻も探偵を雇って奥本さんを観察していた話。奥本さんが焦点人物の三人称。基本的に神の視点の三人称では敬称の「さん」はいらないし、作者は他の三人称の小説には敬称はつけていないけれど、この小説では新しいやり方を試したくなったのだろうか。奥本さんが何かの事件を起こすわけでなく、行動を変えることで日常生活を異化して人生を捉えなおすやり方は純文学らしくてよい。最後に明るい終わり方なのも人が死ぬ話題が多い短編集の最後の作品としては読後感がよい。全体としては感動するほどの作品ではないけれど、作風や手法が違う短編がいろいろあって楽しく読めた。★★★☆☆不意撃ち [ 辻原 登 ]価格:1,760円(税込、送料無料) (2023/12/27時点)楽天で購入