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歴史

2019.03.11
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カテゴリ:歴史
菅野完が以下の題名の記事を書いていました。本人への評価は色々あるようですが、意図するところは理解できましたので一部紹介しておきます。(ただ、最後の部分は心を病んだ人への差別性が垣間見えていただけませんが…。)

「三・一独立運動100周年」で両国の未来を語った文在寅大統領。
「反日で危険」と煽った日本政府  


◆韓国の三・一独立運動の100周年に関する政府対応への違和感

 先日、お隣の国・大韓民国は三・一独立運動の100周年を祝った。

 植民地支配を受けた歴史を有する国や地域の人々が、植民地支配に抗した過去の運動を称揚しその精神を受け継ぐために奉祝するのは当然のことだろう。それが韓国の場合、我が国は旧宗主国。我が国としては、かつての植民地支配への反省と友好親善のメッセージを送るのが、未来を志向した大人の対応だろう。事実、旧植民地側の文在寅(ムンジェイン)大統領はスピーチで「力を合わせ、被害者たちの苦痛を実質的に治癒するとき韓国と日本は心が通じる真の親友になることでしょう」<訳・徐台教(ソテギョ)氏>と、前向きなメッセージを発している。

 しかし日本政府は正反対の反応を示した。なんと韓国国内に滞在する邦人に対し、「反日集会が行われるため、近づかないように」との「危険情報」を発したのだ。(・・・)

〔引用は以上〕

 虚心坦懐に「3・1独立運動で読み上げられた独立宣言」​を通読すれば、それが「反日」というレッテルをはるかに超えた普遍性を持っているのはあきらかではないでしょうか。(前記事)
 「大人の対応」というよりも正面から歴史と向き合い、「世界に通じる歴史観」に基づいた「相互尊敬に値する対応」をしっかり取っていきたいものです。

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Last updated  2019.03.12 00:46:28
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2019.03.03
カテゴリ:歴史
​ ​2019年3月1日は、朝鮮半島で3・1独立運動が起こってちょうど100年目になります。​​   
 1910年の日韓併合条約によって日本の植民地支配をうけることになってしまった朝鮮の人々が独立宣言文を読み上げ、瞬く間に全土に広がっていった運動ですが、私自身、大変うかつなことに(遅まきながらようやく)この宣言文を読むことになりました。




抄訳は以下のとおりです。

独立宣言書(抄訳)

 われわれはここにわが朝鮮国が独立国であること、朝鮮人が自由の民であることを宣言する。これを世界の人々に告げて人類平等の大義を明らかにし、子々孫々に告げて民族自決という正当な権利を永久に持ち続けようと思う。[中略]

 今日われわれの任務はただ自己の建設があるのみで、決して他を破壊することではない。
[中略]すでに遅れた思想となっていたはずの侵略主義や強権主義の犠牲となって、初めて異民族の支配を受けることになった。自由が認められない苦しみを味わい、10年が過ぎた。支配者たちはわれわれの生きる権利をさまざまな形で奪った。[中略]

 われわれは、旧い思想、旧い勢力にとらわれた(・・・)不自然かつ不合理で誤った状態を改善、修正し、自然で合理的な正統の原点にかえそうと思う。

 初めから日本と韓国(大韓帝国)との併合は、民族的要求にもとづいておこなわれたわけではない。その結果、威圧的で差別・不平等な政治が行われている。支配者はいいかげんなごまかしの統計数字を持ちだして自分たちが行う支配が立派であるかのように言っている。

 このような支配が両民族間にいつまでも友好協力できない憎しみの溝を深めている。(・・・)勇気をもって果敢に過去の誤ちを正し、真の理解と共感にもとづく友好的な新局面を切り開くことが、おたがいに不幸を遠ざけ幸福を招く近道であることを知るべきではないか。[中略]

 また憎悪する二千万の民を武力でもって拘束することは、単に東洋の永久平和を保障しないだけでなく、これによって東洋存亡の主軸である四億中国人の日本に対するおそれと疑いを濃厚にし、その結果はついに東洋全体が共倒れする悲運を招くに至るであろう。
 
 いま、目の前には、新たな世界が開かれようとしている。武力を持って人々を押さえつける時代はもう終わりである。[中略]

 われらはここに奮い立つ。
 良心はわれらとともにあり、真理はわれらとともに進んでいる。[中略]着手がすなわち成功である。ただ前方の光明に向かって邁進するだけである。

​​​公 約 三 章​​​

一、今日我らのこの行動は正義、人道、生存のための民族的要求であり、自主的精神を発揮するものであり、決して排他的感情に逸れて進んではならない
一、最後の一人まで、最後の一時まで民族の正当な意思を快く発表せよ
一、一切の行動は秩序を最も尊重し、我の主張と態度をあくまで光明正大とすること

〔引用は以上〕
 
 宣言文を読めば明らかなように、これは「武力闘争」や「日本人への憎しみ」を強調したものではなく、非暴力的に「朝鮮人が自由の民であることを宣言」し、「世界万国に告げて人類平等の大義を明らかに」するものでありました。言ってみれば「アメリカ独立宣言」、「フランス人権宣言」にも匹敵する普遍性を持った内容であり、当時、世界の潮流になりつつあった「民族自決の理念」を高らかに宣言したものだったのです。

 現在の日本では、極めて残念なことに、この記念日を「反日」という感情的で狭い視点でしかとらえない言説がとび交っています。あらためて、宣言文の全訳を読み、歴史の事実に目を開くこと、一国の中でしか通用しない狭い歴史観ではなく、全世界に通用する普遍的な歴史観を共有していきたいものです。

 なお、​「世界史の窓」で三・一独立運動についてわかりやすく説明してあります。
 世界に通用する歴史観については「新しい歴史教科書をつくる会」の集会に参加して発言したことがあります。​ (記事「日本をとりもどす教育!?」)

 よろしければ、ご一読ください。​

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Last updated  2019.03.18 21:32:01
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2018.11.27
カテゴリ:歴史
 韓国人徴用工に対する韓国最高裁の判決に対する攻撃は相当なものです。

 「最高裁の判決」は日韓で合意された請求権協定に反する、というわけです。

 しかし、そもそも自明のように取り上げられる「請求権協定」とはどのような内容でしょうか?

 

 まずは、リンク先の動画を見てみませんか。
 https://ameblo.jp/shchan3/entry-12421998480.html



「1945年への道」​というブログ、大変すばらしいです。
 ぜひご覧ください。



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Last updated  2019.01.24 21:58:14
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2013.08.27
カテゴリ:歴史

 ここが変わった! ここまでわかった! 『日本の歴史』(朝日新聞社)がかなり注目されているようです。

 幕末から維新を特集した号では、今の私たちが持つ「志士」像は明治政府による英雄化の産物だった、という記述があります。幕末から明治初期に命を失った「殉難者」への贈位などを通じ、勤皇の志士を政治的に顕彰することによって、明治政府は自らの権威を高めるような歴史像を形成していった、というわけです。

 だとすれば、これまで私たちが常識と考えてきた幕末から維新の歴史が、「国家によって意図的に作られてきたものではないか」、「作られた歴史像に大きく影響されているのではないか」という問いを避けるべきではないでしょう。

 今日顧みられるべきは、その時代において明治政府に対して明確に示された批判的見識ではないでしょうか。

  例えば、士族から始まり民衆にも広がった「自由民権運動」は、その過程で自ら民主的な憲法案を作るなど、当時の藩閥政府に対する根本的な批判を形にしたとも言えます。しかし、それが結局、「国権論」に取り込まれ、明治政府との対決姿勢を鈍らせていったのは有名な話です

 確かに、鋭く根本的な批判となると当時の日本人にはかなり難しかった面もあるかもしれません。日清戦争あたりから、国力・軍事力拡張の流れが時代の風潮になっていくとすれば、なおさらでしょう。

  しかしながら、明治政府の要人に一目置かれながらも、上記のような風潮に流されず、鋭く根本的な政府批判を行い続けた人物がいます。それは西郷隆盛とともに江戸城を無血開城に導いた勝海舟です。
 彼の言動については『氷川清話』、『海舟座談』などにまとめられています。

 それではまず、勝海舟 - Wikipedia から要点(一部)を引用しておきましょう。

  勝は日本海軍の生みの親ともいうべき人物でありながら、海軍がその真価を初めて見せた日清戦争には終始反対し続けた。(・・・)

 勝は戦勝気運に盛り上がる人々に、安直な欧米の植民地政策追従の愚かさや、中国大陸の大きさと中国という国の有り様を説き、卑下したり争う相手ではなく、むしろ共闘して欧米に対抗すべきだと主張した

      (引用は以上)

 私は、勝海舟が日清戦争に反対だったことを数年前に初めて知り、感心しました。日本史の教科書には日露戦争に反対した人物(幸徳秋水や内村鑑三)は出てきますが、日清戦争に反対した人物は、出てきませんよね。

 周知の通り、幕末、勝海舟は日本海軍の増強を主張し、海軍を支える人材の育成に力を注ぎましたが、あくまでその目的は日本に不当な圧力をかけてくる欧米諸国と対抗することであり、薩長両藩の優位に立つことやアジアに勢力を拡大することでは断じてなかったのです。

 以下は、『氷川清話』に収められている海舟自身の言葉です。

 おれは大反対だったよ

 日清戦争にはおれは大反対だったよ。なぜかつて、兄弟喧嘩だもの犬も喰はないヂやないか。たとえ日本が勝つてもドーなる。支那はやはりスフインクスとして外国の奴らが分らぬに限る。支那の実力が分つたら最後、欧米からドシドシ押し掛けて来る。ツマリ欧米人が分からないうちに、日本は支那と組んで商業なり工業なり鉄道なりやるに限るよ。

 一体支那五億の民衆は日本にとつては最大の顧客サ。また支那は昔時から日本の師ではないか。それで東洋の事は東洋だけでやるに限るよ。
 おれなどは維新前から日清韓三国合縦(がっしょう)の策を主唱して、支那朝鮮の海軍は日本で引受くる事を計画したものサ

〔『氷川清話』の注:「維新前から日清韓三国合縦の策」は「政治今昔談」の「軍備と海軍」のところに、神戸海軍操練所を設立した意図の一つとして説明されていた。幕末文久元年から元治元年ごろにかけて、海舟はこのために奔走している。〕 

 今日になって兄弟喧嘩をして、支那の内輪をサラケ出して、欧米の乗ずるところになるくらいなものサ。

日清戦争の時、こういう詩を作った

 隣国交兵日(りんごくへいをまじうるのひ)
 其戦更無名(そのいくささらにななし)
 可憐鶏林肉(あわれむべしけいりんのにく)
 割以与魯英(さきてもってろえいにあとう)

 黄村などは、「“其戦更無名”とはあまりにひどい、すでに勅語も出て居ますことだから」といって大層忠告した。それでも『これは別のことだ』といって人にもみせた。(・・・)
 ともあれ、日本人もあまり戦争に勝つたなどと威張って居ると、後で大変な目にあうヨ。

 『氷川清話』勝海舟/江藤淳、松浦玲編(講談社学術文庫、2000年)以下同】


 海舟は日清戦争勝利後も、領土要求は欧米列強の新たな侵略をまねくとする立場からこれに反対したのですが彼が予測した通り日清戦争後、欧米による猛烈な中国分割競争が始まるわけです

 さて、このような欧米による中国分割に対して一片の抗議もしなかった日本が、ずっと後に欧米帝国主義国の支配からアジアを解放するとして「大東亜共栄圏」という言葉を使います。

 これが文字通り「アジア全体を各国が共存共栄する対等な共同体にする」、という意味であるとすれば、日本がアジアのどこか(例えば朝鮮や台湾)を植民地支配するということはあってはならないはずです

 ごまかしのない「大東亜共栄圏」は、(日清韓三国合縦を主張し、日清戦争に反対した)勝海舟や石橋湛山(日本はアジアに領土を拡張すべきでない、植民地を率先して放棄すべきであると主張した)の構想の延長上にしかないはずだと思うのです

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