雨は花の父母
二日続けて夕立。今日も暑かったから、植えたばかりの苗にとってはごちそうだ。降るかもと思って水やりを待っていてよかった。雷も盛大に鳴った。こういう日は子供の頃のことを思い出してしまう。夏の午後。怪しい雲行きの下で母はご近所さんと立ち話。傍らには小学校中学年の自分がいる。母の気まぐれで習い始めた武道の習い事を辞めたいと言ったら、母は「じゃあ自分で行って先生に言ってきなさい。月謝も一緒に。」と言い、嫌だと言う自分を無視して世間話に興じていた。ご近所さんが時折ちらちらとこちらを案じているのを、母は気にせず話し続けた。何で自分が一人で行かないといけないのだろう。そもそもやりたくて始めた習い事でもないのに。辞めたかった理由は先生か苦手だったから。指導中にやたらと体を触ってきたり、母の迎えが遅いせいで先生の車に乗ることになるのも嫌だった。最後まで残っていた他の保護者に、今からデートに行ってくるとわざわざ言うのも嫌だった。母にはそれらを言えなかった。言ったところでまるっきり信じないか、事を大きくするかのどちらかだ。このまま自分が一人で行けばすんなり辞められる。頑なな母を変えるより、自分が行けばいい。習い事は学校の体育館で行われていた。家からは約二キロある。話し込む母を尻目に歩き始めた。学校が近づくにつれ、先生に会うのが嫌で嫌でたまらなくなった。どうすれば会わずに済むか。頭の中はそれでいっぱい。汗をだらだら流しながらやっと体育館に着いた。練習はもう始まっている。入り口から様子を伺うも、どうしたってそこから先へ足が進まない。もうどうでもいい。月謝袋を目立つところに置いて、踵を返して元来た道を戻り始めた。空が暗くなり、ぽつりぽつりと大粒の雨が降ってきた。傘は持たずに来てしまった。お金もない。すぐに土砂降りになり、雷が激しい稲光と共に鳴り出した。びしょ濡れで歩いている自分を見て、通学路近くに住む知らない人が傘を渡そうとしてくれたけど、自分は月謝袋を置いてきてしまったことで頭が一杯で、咄嗟に断ってしまった。母に何て言おう。言えば必ず怒られる。そればかり考えながら歩いた。やっとの思いで家に辿り着いたのに、安堵などできない心境。弟に母はと聞くと自分の帰りが遅いから迎えに行ったと言われ、ふーんと何気ない風を装ったものの、内心気が気ではない。遅れて帰ってきた母は素っ気なく帰ってたの、と言い、自分は余計なことは言うまいとただ、うん、と返した。翌日、学校で同じ習い事をしていた子に前日のことを聞かれた。どうやらその武道の先生はカンカンに怒っていたらしい。そらそうか。お金が入った月謝袋を直接渡さずにただ置いて帰ったのだから。不用心で礼儀もなっていない。でもそんなことはどうでもよかった。直接会ってなぜ辞めるのか執拗に聞かれるよりは。本当のことを面と向かって言えるわけもない。しばらくバレるのではないかとビクビクしていたが、結局母にはバレなかった。理由も聞かず、一方的に怒り、自分で何とかしなさいと言った母。未だに思い出す。大人になってもやっぱり理解できない。