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三菱パジェロ物語(E-V45W)ほか自動車

2006年08月17日
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【Q&A 014】逆算する計数器はありますか?
●商品
 数取り器 H-102M-3(台付き3連)

●質問
 この商品は、カウントする際、1~カウントするものですよね?逆に~1に減少するものはありますか?(2005.6.22)

●答え
 当店では逆算するカウンターは取り扱っておりません。ご了承ください。







最終更新日  2006年08月17日 09時15分12秒
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2006年06月01日
「横田さん、もうカメラはあるじゃない」(執筆 横田俊英)
(副題 道具としてのカメラしか持たないことにしている、とは言っても)

1、カメラの持ち主の部屋や家が博物館のようになってしまう
 カメラとは写真を撮る道具である。大工道具にしてものみ一本、のこぎり一本では家は建たないので様々な道具がいることになる。同じようなことで道具として用意されたカメラのはずが、道具の領域を超えて持ち主の部屋や家が博物館のようになってしまうことが起きるのはまれではない。

2、人が物を集め出すと際限がなくなる
 計量器をこのようにして集めた結果その持ち主の家が博物館になった事例は一つや二つではない。人が物を集め出すと病気か狂気のように際限なく集めるという行動に出る人が一定の割合でいるようだ。

3、道具としてのカメラしか持たないことにしている、とは言っても
 そのようなことを知っている私は写真を撮る道具としてのカメラしか持たないことにしているのだ。少なくとも気持ちはそのようにしている。カメラ屋はカメラを売ることが商売であり、それによって生きている。私がカメラ屋に顔を出すということは言わずと知れたことでカメラを買いたいという暗黙の了解があるのである。

4、等価交換なのか私に有利なのかどうかは分からない物々交換
 「横田さん、もうカメラはあるじゃない」と言っている店の主人が「お待ちしておりました」というときには、売りたいカメラかレンズがあるのである。「高いのは買わない」と言っている私であるから、10万円もするようなカメラは勧められることはない。仮にその程度のカメラである場合には、同程度の値段のカメラと交換ということになる。等価交換なのか、その交換が私に有利なのかどうかは分からない。

5、印画紙に焼き付けたデジタル写真でなくては駄目
 いつも思うことであるがデジカメは完全に実用の域に到達している。デジカメで撮ってプリントするとフィルムカメラのそれより良くできた写真になる。自分でインクジェットでプリントした写真は駄目。ちゃんとした印画紙に焼き付けたデジタル写真でなくては駄目なの。

6、写真を撮る道具としてもフィルムカメラは不要ではないのですか
 デジカメで用が足りるとなるとフィルムカメラは何のためにあるの。写真を撮る道具としてもフィルムカメラは不要ではないのですか、と問われると答えに窮することになる。「カメラで遊んで写真を楽しむのがフィルムカメラさ」と思うことも時にはある。そうすると遊べるカメラが私にとって必要なカメラであることになる。そして写すと時にハッとするようないいできばえのものがあると、それはいいカメラでいいレンズであるということになる。持っていていい気持ちになり撮れば良く写るカメラが良いカメラなのだ。

7、「ニコンS2」というカメラに50mmで明るさ1.4のレンズを付けている
 そうしたカメラの名はというと、それは人それぞれである。行きつけのカメラ屋さんで私はレンズシャッターの35mmカメラを買っていたのであるが、それがいつの間にかフォーカルプレーンシャッターでレンズ交換式のものに代わった。その昔大事に使っていた「ニコンS2」というカメラに50mmで明るさ1.4のレンズを付けている。もう一つの同じボディーには21mmの焦点距離の最新式のレンズが付いている。このボディーはもう1台あってこれはとりあえず予備の品である。惜しみなく使う遣れてはいるが機能するボディーと、距離計が駄目になっているので広角レンズ専用に指定でしているボディーとを使っている。カメラは壊れるのでそのときの対策に1台を用意しておくのである。

8、ニコンという会社は「ニコンS3」と「ニコンSP」を復刻販売した
 ニコンという会社は「ニコンS2」の後の時代の「ニコンS3」と「ニコンSP」というレンジファインダーを復刻し限定販売した。この2つのカメラが市場で高値で流通しているので何とか商売に近いことができるという考えが根底にあったのであろう。好き者がこぞって買った訳ではないが買う奴は買った。なじみのカメラ屋はそんな物を買ってはならないと言っていたが、新品がかなりの程度値を下げていたのである。

9、フィルムを写真の道具立てから外してシリコンチップを代わりにしてしまった
 今の時代で今の技術で今の思想では作り得ないカメラが「ニコンS3」と「ニコンSP」であったのである。電気仕掛けはストロボの回路だけ、その他はすべて機械仕掛けである。露出計などない。このようなカメラは写真を撮る道具として今の時代では設計することができない。焦点合わせと、露出合わせとが自動で、巻き上げもやってしまうというのが現代のカメラであるからだ。それはフィルムを写真の道具立てから外してシリコンチップを代わりにしてしまったのである。

10、「ニコンS2」はライカより握りやすいし使いよい
 ライカというカメラは何となく理屈っぽい。コンタックスというカメラもそうだ。コンタックスの簀の子のようなシャッター幕が縦に走るのを見ているとその理屈を考えているだけで気がおかしくなる。ライカのM型なども理路整然としていて落ち度がなさ過ぎる。「ニコンS2」は50mmの窓しかない未熟なカメラであるが私にはライカより握りやすいし使いよい。一眼レフにあるペンタプリズムの三角頭がないのが何よりいい。

11、「ニコンS2」は左手で鷲づかみにしたときの握りやすさが抜群である
 コンタックス型のボディー形状をした「ニコンS2」とSシリーズは左手で鷲づかみにしたときの握りやすさが抜群である。ライカは背の高さが有り過ぎてこうはいかない。これはS2が一番であり、S3もSPも背が高いからいささか不都合である。

12、ライカにはM3型を造った天才たちがおりニコンにはS型を造った秀才たちがいた
 「ニコンS2」が気品とか品質感などは「ライカM3」には及ばないものの機械としての良さは十分にある。ライカにはM3型を造った天才たちがおり、ニコンにはS型を造った秀才たちがいたのである。ライカはM3型で機械としての素晴らしさは頂点に徹したように思われる。ニコンはS2型ではライカに及ばなかったものの一眼レフカメラのニコンFによってカメラの総合機能をライカの上位に導いた。

13、カメラの機能はニコンFによって大きく前進するのである
 ニコンはS2型に続くSP型で機能に関してはライカM3型を抜いていた。しかしカメラの機能はニコンFによって大きく前進するのである。望遠レンズを使うにはレンジファインダーカメラには荷が重い。顕微鏡写真をにも同じである。M型ライカはできすぎていた。M3型はできすぎていた。あまりに素晴らしいカメラを開発したがためにライカは次なるカメラのあり方を示していた一眼レフカメラの開発で出遅れたのである。

14、ニコンFには無駄がなくシンプルさは傑出している
 てなわけで「ニコンS2型」の賛美になってしまった。ニコンはS2型からSP型を経て、一眼レフカメラの「ニコンF」に移行したのである。「ニコンF」は一眼レフの「ライカM3」であるといって良い。露出計の付いたペンタプリズムのファインダーは無骨であり、それはライカM3に連動露出計を付けたのと同じようなものである。ニコンFには無駄がない。そのシンプルさは傑出している。後にも先にもこれほど無駄のないシンプルなカメラはないと思う。

15、ニコンはよいものを幾つも残してくれた
 2台だけ好きなカメラを選べとなるとニコンFとライカM3を選ぶ。使い減りのしなさということになるとニコンFである。少々ぶつけても凹ませても動くし、傷や凹みが勲章のように見えるカメラの代表がニコンFであろう。私の知人の大熊氏も石山氏も凹みのあるニコンFを使っている。一眼レフ用の初期のニコンのレンズはみな頑丈にできている。ゴムのリングは付いていないしプラスチック素材も使っていない。ニコンはよいものを幾つも残してくれた。






最終更新日  2006年06月02日 00時17分37秒
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2006年05月25日
富山でスイス紀行の本を読んでアルプスに憧れる

横田俊英

 石川県山代温泉の山下家という宿で圧力計と金属製の温度計の工業団体の会合に招かれて主席するために富山からここに移動しました。昨日は夜の食事に駅の立ち食いうどんを250円出して食べました。関西風の味付けです。富山のマス鮨は1100円で駅の売店で買いました。マス鮨は江戸の頃に始まったようです神通川に上るサクラマスが原料だったのですが今では余所でとれる鮭が材料のようです。

 サクラマスは降海型のヤマメが海で過ごして上ってきたヤツです。これを釣るのは醍醐味で50cm、60cmの大きなサクラマスを釣るのは釣り人の夢でもあります。

 マス鮨は昼の食事にと思っていたのですが小さな缶ビールと小さな酎ハイとワンカップの日本酒を飲むための肴になってしまいました。

 キタロという桜木町の飲み屋に出かける予定でしたが、知り合いを呼び出すには時間が遅かったので止めにしました。キタロの店主はこの季節になると山菜を自ら採りに出かけて富山湾の魚と一緒に出すのです。

 佐伯亦男さんのスイス紀行の本を風呂に入りながら読んでおりました。安房峠を越えてきたこの日、スイスの峠と日本の峠と谷との比較しましたが、標高が違うことからくる様相の違いは明らかであり、やはり佐伯さんがスイスのアルプ(高原)憧れるのは当然とも思いました。アイガーやユングフラウやマッターホルンが見える村とホテルのことが書かれており、昔2度ほど出かけたことがあるので懐かしくてなりませんでした。

 人間はスイスの山岳のような美しい自然に接することができるのですからいいですね。日本の山や自然の良さは藪山にあると言い放つ人がおりますが、そういうことでしょうかね。

 私と犬の散歩コースではこの2週間あまり泰山木、人によっては木蓮の白い花が芳香を放っております。その前には長いことスミレが道ばたで紫色の花をつけておりました。アカハラはもうすっかり図々しくなって大きな声でさえずっております。ホオジロが道ばたに姿を現しましたが今盛んに子育てをしているのでしょう。背黒セキレイが盛んに姿を見せるのは何故だろうといぶかっております。

 梅の実がポロポロと道ばたに落ちております。昨年はこの実を拾って梅酒をつけました。南高梅の実でもつけました。10リットルほどつけた梅酒はそのまま残っております。だから今年は梅酒は造りません。

 コケッコッコウのコメリでワイシャツとステテコを買いました。会合に出るたもの正装の衣類を忘れたからです。旧上宝村のコメリはここ向けの商品を売っておりました。外気温は12℃で肌寒いほどでした。長靴の敷物も買いました。旅行に出かけると普段できないことが少しできます。

 写真は少し撮りました。芸術とは違います。レンズとボディーのテストのためです。日本の風景はよく目をこらさないと人を驚かせる写真は撮れません。日本で自然の写真を撮るのは難しいと思います。広角レンズで撮れる写真に耐える風景が少ないのです。接写や望遠レンズでクローズアップして芸術することもできますが、これもたかが知れております。

 スイスの風景を思い出させた佐伯亦男さんの本は良い刺激になりました。知人の叔父のスイスを写した写真集を思い出しましたが、スイスで写真を撮るのは良いことだと思います。佐伯さんは戦前と戦後間もないころコンタックスとライカでスイスの風景を写しております。大きなフィルムで写真を撮ると粒子が細かい綺麗な写真が撮れます。しかし私は35mmのフィルムで写真を撮ります。手軽さが何よりです。どうせ大した写真は撮れないのですから。

 富山から日本海を西に向かって走りました。右手に日本海がときどき見えるのに少し感動しました。

 明日はどの道を走ろうか思案しているところです。車には4つの犬が乗っております。犬を連れていれば誰にも文句を言われないで旅ができます。白い犬が4つサービスエリアの木立につながれていると目立ちます。壮観とも異様ともどちらともとれます。4つの犬を飼っているということは異様でもあります。

(横田俊英 06年5月25日記)






最終更新日  2006年05月25日 15時58分25秒
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2006年03月25日
愛しの二代目 三菱パジェロ「E-V45W」

4、車両が良ければ納車してくれと言ったら直ぐに手元にやってきたパジェロ・ロング
 遊びの荷物を積んでの遠乗りにセダンでの対応に気分の面でも実際面でも限界がきていたときに、平成9年(1997年)6月登録のロングボディーのステーションワゴン、三菱パジェロのV6DOHC3.5リッターエンジン付きが下取りではいったと馴染みの自動車会社から連絡がきた。
 乗っていた「ランクル80」が使用する道路との関係その他で大きく過ぎるためもう少し小さな車が欲しかったのである。ランクルはターボなしの4.2リッターディーゼル車であったため、動力性能に大きな不満があった。エンジンを停止するときに発生するブルッという振動が鼻についていたので、高出力のガソリンエンジンに乗り換えたかったのである。「ランクル80」はバンタイプのVXリミテッドであった。荷室は大きく鮎釣りに出かけると荷室を寝室にすることができるので便利な車である。
  平成9年(1997年)6月登録の三菱パジェロ・ロングのV6DOHC3.5リッターエンジン付きはこの自動車会社で販売した車であるので、扱われ方その他素性がわかっている。間違いなしということで私のところに来た。2005年12月16日のことである。







最終更新日  2006年03月25日 06時29分39秒
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2006年03月23日
愛しの二代目 三菱パジェロ「E-V45W」

3、ブリスターフェンダーのV6のガソリン3,5リッターエンジンは直噴方式
 二代目パジェロは1991年に登場した。プラスチックを多用して丸みを持ったボディーはこれまでのオフロード4駆のイメージを一新し、「シティー派」という呼称を誰かが付けた。無骨なジープ型からロングボディー形状のパジェロは家族一緒で大きな荷物を積んでの遠出ということができる車に変化していた。ロングボディーの主張や形状は悪くはない。そこで「いいなー、いいなー」と、改めて私のあこがれの車になったのである。二代目パジェロは1997年にオーバーフェンダーのようでありながらボディーと一体化した「ブリスターフェンダー」に変わって登場した。V6のガソリン3,5リッターエンジンには直噴方式となり、パリ-ダカールラリーからのフィードバックされたショートボディーの「エボリューション」が販売された。この「エボリューション」にはV6の3500MIVECの280馬力のエンジン付き、足回りも特別仕様であった。GDIのV6、3.5リッターエンジンは245馬力を発生するモデルである。その後、三菱はパジェロのエンジンの馬力の追求はやめて、トルク重視に移行しV6、3.5リッターエンジンはブリスターパジェロの245馬力が最高の数値になっている。ブリスターとは内側からふくらませたような泥よけ(フェンダー)形状であり、同形状で登場したランクル100が登場したのに刺激されたものと思う。






最終更新日  2006年03月23日 08時14分08秒
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2006年03月22日
2、「いいなー、欲しいな」と長い間思い続けてきたロングボディーのパジェロ
 1983年にはロングボディーの「エステートワゴン2000」が出て、JR田町駅前の三菱自動車本社のショールームでこの車の座席に腰掛けて、「いいなー、いいなー」と思っていたものである。ロングはまるで男の城ではないかと感じていた。大きなオフロードタイヤに大きな荷室と高いルーフは日本のどこへでも出かけられるというロマンをかき立てるのであった。しかし、この車の値段はサラリーマンの給料など問題にしないほど高額なものであり、家を一軒買えるほどに思えたものである。
 自動車の価格と普通の勤め人の給料の対比では、この時代には車の価格がとてつもなく高かったのである。だから若者は2輪車が購入の対象であり、この2輪車で日本一周や遠出を夢にしたのであった。
 遠い遠い存在のクロカン4駆であるが、時代は進んだのである。
 私はスバル・サンバーの軽ワンボックスに始まり、4駆のタウンエース、ランドクルーザー80、ラブ4、トヨタ・カリブ、スズキジムニー、パジェロミニと4駆に乗ってきた。このうちの何台かは普段の足として使っている。そしてもっと遠くにそこそこの荷物を積んでより快適に移動したいという願望を心の底に埋めている。
 最近は飼い犬の紀州犬4頭を積んでそのまま別荘に出かけられる車が欲しいと強く願うようになった。その別荘は友人の別荘のことであり、自分のものではない。






最終更新日  2006年03月22日 09時17分13秒
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2006年03月21日
【三菱パジェロ物語】(1) 著者横田俊英
愛しの二代目 三菱パジェロ「E-V45W」
パジェロのロングは長距離ドライブにも向いているクロカン4駆だ

1、あこがれのクロカン4駆の三菱パジェロ
 三菱自動車工業のパジェロというジープ型4輪駆動車は私のあこがれの車であった。東京都港区三田のJR田町駅前の三菱自動車本社のシュールームの展示車に腰掛けて、眺めて「いいなー、欲しいな」と長い間思い続けてきたものである。それは1982年に発売された初代パジェロの時代からであり、その前にはジープが展示してあった。
 山登りに夢中になっていた私にとって三菱「パジェロ」という車は特別な存在である。パジェロのようなジープ型の本格的クロスカントリイー4輪駆動車に乗って山に出かける足にしたいというのは憧れであった。私にとってトヨタのランクルよりも三菱の「パジェロ」やジープはこの上ない車としてイメージされていたのである。






最終更新日  2006年03月21日 10時05分04秒
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