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テーマ:旅行業界ってどんな所?(266)
カテゴリ:中国添乗レポート
さて、Sさんの我儘はここ西安に於いては、何とか、なりを潜め、私も全線随行員のKさんも通常のツアーに、少しわがままなおじいちゃんがいる、くらいなもので良かったのです。
それに、ひとつSさんの名誉のために付け加えると、上海の市場の中をSさんの無鉄砲な買い物である、すいかと絨毯を抱えて歩かされたとはいえ、購入した3個のすいかは、ここ西安のホテルの夕食時にツアーの皆さんに切り分けられたのでした。 まぁ年老いたSさんの「すいかを食べたい」一心のわがままだと思い、ここはひとつ大目に見ることにしましょう。ただ、なるべく自分で持てる範囲のものを買って欲しいのです。飛行機のチェックインにも邪魔なので(^^; 西安では西安賓館に宿泊しました。夕食はなかなか好評で15品ほど並びましたが、とりわけ炒飯がおいしかったです。 朝食はおかゆ。見学は華清池、兵馬傭、大雁塔、興慶宮公園、小雁塔と、ほぼ予定通り。 ただこの日は、またまたSさんのリクエストにより、予定になかった自由市場の見学をしたいとのことで、大雁塔の前に自由市場で40分使いました。 私やKさんは、また何かとてつもなく重いものを持たされるんじゃないかと身構えていましたが、今度は色々買ったものは自分のかばんに入れたようでした。 翌朝は青龍寺を見学してから10:40分発の列車で洛陽に出発します。 この日の列車がたまたまお茶サービスがなかったので、お客様にはファンドからジュース代を差し上げました。 ランチは気車内で。 泊まったホテルは洛陽友誼賓館。このホテルが少し問題ありで、チェックイン時、洗面所が水浸しの部屋があり、水浸しから免れた部屋は蛇口から出てくる水が黒っぽかったり、何かと落ち着けなかったのです。 ツアー5日目は朝9時から龍門石窟を見学したのですが、ここで、夕べのホテルがたたったか、そろそろお疲れ組が出始め、「上までは行きたくない」とおっしゃるお客様が19名中6名で、Sさんを含む元気な13名で龍門石窟を見に、上へ登っていくことになりました。 昼食は香山寺にて。ここの料理長は岡山県で1年間日本料理を勉強していたそうで、出てきた食事は中華なのに、日本人にとても良く合う味付けなのです。 中国添乗史上5本の指に入るくらいのおいしさで、レポートも「優・良・可・不可」のところに「特優」とさせてもらいました。 この後は白馬寺、洛陽博物館、唐三彩工場、美術工芸館を見学し、ホテルに戻り、夕食です。 今朝もお疲れで石窟に行かなかったO様(年配のご夫婦でご参加の旦那様のほう)がだいぶお疲れで、本当はこの時は夕食に戻っただけで部屋はなかったのですが、このあと寝台列車で14時間かけて北京に向かわねばならず厳しいものがあったので、2時間半の間に一部屋とって少し休んでいただきました。 19:54出発予定の190列車は、20:30に遅れて洛陽を出発、一路北京へと向かいます。 予定通り行けば、14時間で朝の北京に到着です。 ハァー、これから14時間は列車に乗っているだけでよいのですから、たまにお客様を見回りに行くだけで、一息入れるチャンスです。 列車内で大体の添乗員は今までの疲れがドッと出て、ちょっと休ませて下さいと思う人が多いみたいで、比較的お客様から目が離れてしまうので、ちょっとしたハプニングが起こることもあります。 国内ツアーで、新幹線の途中駅でおばあさんがお弁当を買いに勝手に降りてしまったり、どこかの国に行った添乗員で、ちょっとお客様と離れたくて別の車両で座っていたらそのまま寝込んでしまい、気が付いたら列車が切り離されてしまっていて自分だけお客様と違うところに到着していたという話も聞きました。 今までの旅程を振り返ると、少し皆様疲れは目立ってきたものの大きな乱れもなく比較的順調に進んでいるではありませんか。 ただ、夕べのホテルの水周りのゴタゴタと、この車中泊が、目に見えぬ疲労に繋がっていったようで、北京ではS氏の我儘が炸裂することとなるのです。 さて、夜行列車では、今まで陰になり日向になり私を支えてきてくれた全線随行員のKさんと、お茶を飲んだり鶏肉やお菓子を食べたり(ホームに売りに来ます)しながら、夜通しおしゃべりをしました。 この頃にはもうすでに私とKさんは名コンビで、Kさんは時々意表をついたようなことを言って私を笑わせます。 完璧ではない日本語とそのイントネーションは、日本のTVから離れて数日たった私の頭のツボをつつきます。 たとえばこんな... K「僕は白い馬、姉さんは(姉さんとは私)黄色い豚」 ペンギン「ええーっ?なんで黄色い豚なのー?私、豚?そこまでは太ってないよう」 K「でも、僕は白い馬」 なんだかわからないこんな会話をしたり、うとうとしたり一晩中しているうちに、夜は白々と明け、列車はいよいよ北京に近づいてゆきます。 Kさんのお母さんが北京に住んでいるということで、Kさんは列車が北京に近づくにつれ、 「あぁ、僕母さんに会いたいよ」ともはや、一人の子供に戻ってしまったようなKさんなのでした。 ![]() ![]() ![]() ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.12.04 18:07:20
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