代謝をあげる満腹感
空腹感があると代謝が低下し、満腹感があると代謝が上昇するという話は、よく聞きます。そのメカニズムの一端は次のようなものなのでしょうね。:::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 消化管ホルモン・グルカゴン様ペプチド1(GLP-1) によるエネルギー消費 栄養所要量研究部 大坂 寿雅:::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 私たちが食物を摂取したあとには消化や吸収を助けたり、吸収された栄養素を体内で処理するために様々なホルモンが分泌されます。その一つに食べたものが小腸や大腸に入ってくることが刺激となって腸の粘膜細胞から分泌されるグルカゴン様ペプチド1 ( g l u c a g o n -l i k e peptide-1; GLP-1)というホルモンがあります。 GLP-1には膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促す作用があります。インスリンは吸収された糖などの栄養素を細胞内に取り込ませる作用がありますので、これはGLP-1が「これから栄養が全身に行き渡るから膵臓はインスリンを分泌して栄養を処理して」と知らせる作用と理解されます。また、胃に働きかけて胃の内容物を腸に送り出すことを抑制します。 この働きは「腸は今は入ってきている食べ物の消化・吸収にいそがしいので胃の中の食べ物はしばらくそこに留めて待っていて」と胃に知らせる意味をもつと考えられます。この他に注目される作用としては食欲を抑制する作用があります。つまり、「腸には食べ物がいっぱいあるから食べなくていいよ」ということを脳に知らせる満腹物質としての働きもあります。 さて、私たちが食事をとる大きな意義の一つには体に必要なエネルギー源(カロリー)を取り入れることが挙げられます。そして、摂食後に分泌されて満腹物質として作用するホルモンの多くにはエネルギー代謝にも影響することが分かっています。 そこで、ヒトや動物にGLP-1を注射してエネルギー代謝を調べた研究がこれまでにいくつか報告されてます。しかし、ヒトにGLP-1を注射したところエネルギー消費が増えたという報告がある一方で、GLP-1の注射によって食事後におきていたエネルギー消費が小さくなったという一見反対の報告もあります。 私たちは麻酔をしたラットを用いてGLP-1によってエネルギー消費がどのような影響を受けるか、もし影響があるのならば、それはどのような機構でおきるのかを調べようと思いました。麻酔ラットを用いたのは、GLP-1によって摂食などの行動変化がおきるとそれ自体がエネルギー消費に影響するので、そのような二次的な影響を避けるためということがひとつの理由です。また、覚醒状態では使用できない薬物や外科的処置を行うことができますので、GLP-1作用の生理機構を細かく調べることができるからです。 ウレタンで麻酔をしたラットの静脈内にGLP-1を投与するとエネルギー消費が増えることはすぐに分かりました。この作用は摂食抑制をおこすとされているGLP-1量の十分の一でもエネルギー代謝を基礎代謝率の20%増しにして、体温が0.2-0.3℃上昇しました。満腹物質であるGLP-1がエネルギー消費を促進することは「お腹の中にエネルギー源が入ってきたので、細胞内にあるエネルギー源は少し燃やして肥満にならないようにしよう」という意義があると考えられます。 この反応の生理機構を明らかにするために、自律神経系の伝達阻害薬やアドレナリン受容体を妨げる薬を投与したり、外科的にいくつかの臓器を取り去っるといった処置をしたラットでGLP-1の作用を調べました。その結果、交感神経系と副腎髄質を介してアドレナリン受容体に作用する反応が関係していることが分かりました。 交感神経や副腎髄質は脳がコントロールしています。そこでGLP-1によるエネルギー消費反応には脳が関係しているのは明らかなので、脳のどの部分が関係しているのかについて脳を部分的に切除する手術を行って影響を調べてみました。 その結果、自律機能の上位中枢とされている視床下部は関係なく、生命維持の実行中枢である下位脳幹部がGLP-1によるエネルギー消費反応を処理していることが分かりました。 「満腹感・空腹感」という感覚とか判断は脳が行っていますが、その元となるシグナルは血液中の栄養素であったり、消化管から分泌されるホルモンです。GLP-1を含めたこれらのシグナルは無意識のうちに消化・吸収やエネルギー消費を調節する働きもしています。出典:Osaka T, Endo M, Yamakawa M, Inoue S:Energy expenditure by intravenous administrationof glucagon-like peptide-1 mediated by the lowerbrainstem and sympathoadrenal system. Peptides.26: 1623-1631, 2005*****************************************発行 独立行政法人 国立健康・栄養研究所 〒162-8636 東京都新宿区戸山1-23-1TEL:03-3203-5721URL:http://www.nih.go.jp/eiken/ *****************************************