頭翼思想に関心示したソ連の指導者たち
頭翼思想に関心示したソ連の指導者たち 実を言うと、ソ連の指導者たちは文鮮明師の頭翼思想に大きな関心を抱いていた。彼らは最初のうち、文鮮明師が単なる極右分子で、なんとしてもソ連を屈服させようという陰謀から、あるいは西欧式民主主義を無理にでも移植しようという政治的動機から、ソ連に接近していると考えていた。ところが、すぐに事実はそうでないと知るようになった。ソ連の共産主義者たちは、左翼から右翼に来いということではなくて、左翼から中央、つまり頭翼に来いということならば、できないことはないと考えるようになった。彼らは文先生の動機が政治的なものではなく、その思想が薄っぺらな便宜的理論でないことを知り、まず驚き、安心して、文先生のソ連接近の動機を疑わなくなったのである。 一方文先生は、ソ連の解放は、彼らが宗教的教義として信奉するマルクス・レーニン主義が、嘘と虚構の上に建てられた砂上の楼閣であると気付かせることが先決だと言われた。マルクス・レーニン主義は、もともと彼らに一種の夢を与える思想であった。理想社会を建設できるという夢である。この夢が彼らの情熱を呼び起こし、この情熱に駆られて彼らは共産革命に邁進したのである。そして、この夢と情熱が彼らの宗教となった。盲目的信仰の宗教、「赤い宗教」である。 文先生は、マルクス・レーニン主義者たちが夢見ていた理想が、実は神主義、頭翼思想によって実現できることを見せるのだと言われた。その夢を捨てるなということである。その夢が悪いのではないこと、ただその夢がマルクス・レーニン主義によっては実現できず、神主義、頭翼思想によって実現できることを知らせればよい、と言われた。 実際、良心的な共産主義者には、戦争も貧困も差別もない理想世界への執念を捨てることのできない者たちが多い。彼らがもし「統一原理」「神主義」「頭翼思想」が彼らの望む理想の実現に最上の理論であることを知ったなら、彼らは誰よりも熱い情熱をもって、地上天国と新文化世界の創建に毅然として決起するであろう。これが文先生の確信であった。 文鮮明先生のメシヤ思想は、最初から「共産主義を救い、サタンまでも救う」という神の真の愛から出発していた。この思想だけが、ソ連共産帝国を溶かして余りある深さと幅を持っていた。