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~タロット日和~ by 常葉 了

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考察

2018/08/09
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カテゴリ:考察
ども、トキワです。(--)/

 しばらく更新が滞り、失礼致しました。
 苦節一年(短か!)。
 中小企業診断士の一次試験を終えて参りました。

 いやぁ~……

 疲れました。(´-ω-`)

 ここまで根を詰めて勉強したのは久しぶりです。
 しかしまあ、一段落しましたし、少し肩の荷が下りました。

 試験結果なのですが、公式合格発表は9月上旬。
 試験の回答と配点は既に公表されており、自己採点をした結果、ギリギリながら合格の範囲には居るようです。
 まあ、公式発表を待たなければ確実な事は言えませんが。
 兎に角、少し休んだ後には、改めて二次試験の準備に取り掛かろうかと思います。



 さて、占いについて。

 タロットに限らず、様々な占術や、もう少し枠を広げて【オカルト】と言う領分は、多くの場合で【非日常】の中に有る、特別なモノと見られる傾向が有ります。
 
 勿論、日常の主流とは程遠いモノでは有りますが、【非日常】の額縁の中に収めて眺める様なモノでも有りません。
 そこで語られたり、実践されるモノは、【日常的な領域】と密接に結び付き、有効に作用するモノで有るはずなのです。

 とは言え、占術を始めとする【オカルト】は、相当独特な文脈で表現される傾向が強い為、なかなか日常的な視点と言うのは持ち難いものですね。

 これは、その業界で活動している人間達の【癖】と言うか、【文化】見たいなものであって、それがどうしても、高い敷居のようなものを作ってしまいがちです。

 近代になって、ようやく敷居を乗り越えやすい言葉で表現されるようになって来ましたが、それでもまだまだ、認識の偏りは大きい。


 まず、占術や魔術と言った代物は、確かに【実現主義】であって、何らかの作業を行ったのであれば、それが実際に作用する事は、とても大切な事と言えます。
 しかしそれは、この業界が大切にすべきもののごく一部。

 より大切なのは、占術や魔術の領域の中において語られる【世界の捉え方】だと言えるでしょう。

 【万物は、四つの基本的な原質によって構成される】と言った四大論や、【上なるものは下なるものの如し】と言った言葉で表現される【相似形】の理論など。
 古風な表現では有りますが、そう言った理論を元に世界・日常を眺め、それらを捉えて行くと言う事が、我々の業界において、とても大切な事な訳です。

 勿論、単に眺めるだけで無く、最終的には実践的な行動へと結び付けて行かなければならない。
 その実践と言うのは、必ずしも【占術】や【魔術儀式】に限るものでは有りません。
 むしろ、多く割合において、日常・一般的な生活の中で、それらの実践を行う事になります。

 お勤め先で日常の業務をこなす際や、日常の人間関係など。
 或いは、健康の領分、政治的な領分など、あらゆる領域で実践する事が出来るものです。

 これは、占術や魔術を始めとしたオカルトの領分に携わる人間達にとって、とても大切な事と言えるでしょう。

 タロットや占星術と言った占術。或いは魔術や錬金術と言った代物。
 カバラーの思想や、神智学・人智学と言ったものでさえ、我々が普段生きて活動している【日常の領域】の中で、実践的に活きてこそ意味が有ります。

 それを、【非日常】と言う特別な場所を作り、額縁に掲げて眺めた所で、それらの本来目的とする所を達成する事は出来ません。

 何事も、学び身に付けたものは、その後に、【如何に運用するのか】と言う事を考えて行く必要が有ります。

 本日は、少し小難しい話になってしまいました。(^^;
 話も纏まっていないし……

 では、具体的にどのように運用すれば良いのか? と言う点に関しては、また追々取り扱って行こうかと思います。

 本日は、久しぶりの更新なので、まあリハビリだと思って下さい。(--;


 では、また(^^)/






Last updated  2018/08/09 03:38:07 PM
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2018/02/28
カテゴリ:考察
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ ども、トキワです。(^^)/

 少しずつ春の気配を感じる気がする今日この頃……

 日中も少し暖かく、雪や氷が溶けるのも早い気がします。
 少しずつでは有りますが、陽も長くなって来ていますしね。

 とても嬉しい(^^)/

 とは言え、油断は出来ません。

 十勝はこれからが怖い。

 暖かくなって来た頃に、ドカッと雪が降る。

 ……イヤだなぁ(--;


 さて、本日のテーマは​​【希望】と【失望】​​​です。

 タイトルだけでは、何の話やら分からないと思いますが、要するに、日々失望する事無く、気楽に生きる為のコツについて、考えて行きたいと思う訳です。

 但し、この話は、人によっては、なかなか納得し難い内容かも知れません。

 なので、​あまり期待しないで読んで下さい。​


 まず、【失望】とは何か。

 主に、【望みを失う事】或いは【あてが外れる事】。そして、その結果に【がっかりする事】を言います。
 がっかりする事に伴って、腹を立てる人も居れば、とても落ち込み、悲しむ人も居るでしょう。

 いずれにせよ、気分の良い状態では無いですね。

 【失望】が繰り返されると、人の心はどんどん殺伐として、廃退的になってしまう傾向が有ります。

 さて、この【失望】を回避する為には、どうすれば良いのでしょうか。

 方法は二通り。

 ​【期待をしたら、何が何でも、その期待通りの結果になるまで追求する事】​
 或いは
 ​【初めから、期待しない事】​

 細部の違いは有れど、概ね、この二通りのどちらかです。

 前者の【期待をしたら、何が何でも、その期待通りの結果になるまで追求する】と言う方法を採る場合、【主体的で、強靭な意志】が求められる事になります。

 これは、結構難しい方法ですね。

 【強靭な意志】を持つ事も、その意志を持続させる事も、そうそう簡単に出来る事では有りません。
 
 しかも【主体性が求められる】と言う点が、なかなかに厄介。

 どう言う事かと言うと……

 【主体性】と言うのは、あくまでも【自分自身の意志や判断によって行動する事】なので、【自己実現】に対しては有効であったとしても、【他者に対しては通用しない】からなのです。

 相手には、相手の意志が有りますからね。
 そしてそれは、自分の意志とは相当異なるものです。

 自分が、相手に対してどのような期待を抱いたとしても、【自分の期待通りの結果】を得る事は、殆どの場合で出来ないのです。

 時折、相手が自分の期待通りの結果を出してくれたように見える事も有るでしょう。

 しかし残念ながら、それは【偶然】がもたらした【錯覚】です。

 相手は、貴方の期待に応える為に、その結果に辿り着いた訳では無く、あくまでも、その人の【主体的な意志】によって、その結果に辿り着いたのです。
 それが偶然に、貴方の期待と一致したに過ぎず、その偶然を目の当たりにして、【相手が自分の期待に応えた】と錯覚しているに過ぎません。

 それは、感謝すべき幸運であって、【自分の主体性】によってもたらされたものでは無いのです。

 ……少し、人間味の無い考え方に聞こえるかも知れませんが(^^;

 と、まあ
 こんな事情から、【他者(自分以外のもの)】に対しての期待は、多くの場合で、叶えられる事は有りません。

 つまり……

 相手が、自分の事を愛してくれると期待しても、相手がその期待に応えてくれるとは限りません。
 相手が、自分の事を理解してくれると期待しても、相手がそれに応えてくれるとは限りません。
 相手が、自分の事を助けてくれると期待しても、相手がそれに応えてくれるとは限りません。

 もう少し拡張して考えて見ましょう。

 例えば、
 会社が、労働環境を改善してくれるだろうと期待しても、会社がその期待に応えてくれるとは限りません。
 社会が、自分の事を受け入れてくれるだろうと期待しても、社会がその期待に応えてくれるとは限りません。
 政府が、経済を良くしてくれるだろうと期待しても、政府がその期待に応えてくれるとは限りません。
 世界が、平和を維持してくれるだろうと期待しても、世界がその期待に応えてくれるとは限りません。
 運命が、自分の求める願いを叶えてくれるだろうと期待しても、運命がその期待に応えてくれるとは限りません。


 まあ何と、夢も希望も無さそうな言葉の羅列でしょうか。(--;


 しかし、ここからが重要です。

 【他者(自分以外のもの)】は、自分が期待していなくとも、何らかの結果を与えてくれます。
 時には、自分の期待以上のものを与えてくれる事さえ有ります。

 案外そんなものです。

 期待せずとも、愛され、理解され、受け入れてくれる事が有ります。
 期待せずとも、景気は良くなったり悪くなったりするし、期待せずとも平和になったり、戦争になったりします。

 【他者(自分以外のもの)】については、期待の有無よりも、【その結果を、どのように受け止めるか】の方が大切だったりします。

 【自己実現】に関しては、自分に対して、期待しても良いでしょう。
 自分自身の期待に応える為に、自分自身が【主体的で、強靭な意志】をもって、その結果を追求し続ければ良いのです。

 しかし、【他者】に関しては、【初めから、期待しない】方が良いでしょう。

 勝手に期待し、勝手に期待が裏切られ、勝手に失望して、勝手に気分が悪くなってしまう。

 その繰り返しで、心を荒ませる位ならば、期待はしない方が良い。

 ここまで来ると、ちょっとイメージが出来て来るかも知れませんが……
 実はここで言う【期待】と言うのは、仏教で言う【欲】に近いものなんですよね。

 人間の【苦】は、【欲】が満たされない事で生じる。
 ならば、そもそも【欲】を持たなければ、苦しむ事も無いだろう。

 そりゃそうだ。

 さてしかし、厳密に言えば、仏教は【欲】を持ってはいけない、とは言っていません。

 どちらかと言えば、【欲】に拘ってはいけない、と言うニュアンスです。
 つまり【執着するな】ですね。

 そこで、やっとこさ​【希望】​と言う言葉が出て来る訳ですよ。

 辞書的には、【期待】と略同機能の言葉として説明されていますが、明確に区分けをするならば、

 【期待】と言うのは、【こうなって欲しい】と言う、対象依存の考え方
 【希望】と言うのは、【こうなって欲しい】と言う、主体的目標に依る考え方です。

 例えば、【相手に、自分の事を好きになって欲しい】と言う期待を持つ時、それは【相手がそうしてくれれば良い】と言う、相手に依頼したような考え方になります。
 なので、期待が裏切られた時、【相手がそうしてくれなかった】と言って、どうしても相手を恨みがちです。

 対して、【相手に、自分の事を好きになって欲しい】と言う希望を持つ時、それは【相手がそうしてくれるように、自分が出来る事をしよう】と言う、主体的で創造的な考え方になります。
 なので、希望が叶えられない時、【自分の成した事が、まだ不十分である】と考え、更なる可能性を追求する事になるでしょう。
 
 自分以外の何者かに【期待】はせず、【希望】を持つ。

 そうすれば【失望】して、心を荒ませる事は、少なくなります。
 その上で、期待せずとも与えられる事について、しっかり受け止めて行けば、この世界は、存在楽しい場所だったりします。

 まあ、【期待】して【失望】するって言うのも、なかなか人間らしい事では有りますからね。
 決して悪い事では無いとも思うのです。

 ただ、失望の繰り返しで、心が枯れてしまうのはいけない。

 とまあ、そんなお話でした。

 何だか、偉そうに分かったような、無粋な文章になってしまいましたね。(--;

 ほら、あまり期待せずに読んだ方が良かったでしょ。

 ではまた(^^)/






Last updated  2018/02/28 02:56:37 AM
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2017/12/13
カテゴリ:考察
ども、トキワです。(^^)/

 先週は、ブログ更新をお休みしてしまい、誠に申し訳有りませんでした。(--;
 立て込んだ上に、体調も悪く、ネタも浮かばず。

 ・・・スミマセン。サボりました。m(--;)m
 どうか、ご容赦下さい。

 さて、本日のタイトル【悪魔の戦略】。
 なかなか過激なタイトルとなりますが、近代社会において、恐らくは知っておいて損は無いかと思い、少しドキドキしながら、この話題を扱いたいと思います。

 勿論、皆さんにこの戦略を推奨すると言うものでは有りません。
 その戦略に巻き込まれたり、騙されたりしないように、相手の手口を知っておこうと言うものです。




 人を誘惑する時、悪魔は天使の顔でやって来る。
 人を誘惑する時、悪魔は聖書を引用して人を騙す。

 よくよく考えて見れば当たり前の話なのですが、悪意を持っている存在は、自分が【悪意を持って貴方に近付いている】等とは言わないものでして……

 どちらかと言えば、善良そうな顔をして、それこそ【正義】や【善】と言った看板を振りかざしながら近付いて来るものだったりします。

 特に、頭の良い人なんかは、我々が想像する以上に巧妙だったりするので、特に慎重に、見極めて行かなければなりません。

 イメージして見ましょう。

 仮に、貴方自身が【悪い人】であって、例えば、ある国を戦争へと誘導したいと言う悪意を持っているとします。
 皆さんであれば、どのような戦略を取るでしょうか。

 戦争主義の看板をデカデカと掲げ、【戦争するぞー】とシュプレヒコールを上げる。
 こんな戦略を取ったとして、上手く行くでしょうか。

 結論から言えば、この方法では、まず無理です。
 全てでは無いにせよ、世界中の殆どの人は、戦争を嫌い、平和を愛しています。
 そんな中で、分かり易く【戦争するぞ】みたいな姿勢を見せてしまえば、危険人物と見なされ排除されますし、そんな人の主張は、殆ど取り上げられないでしょう。

 では、どうするか。

 簡単です。
 【平和主義】を掲げ、【平和主義者】の輪の中に入り、その中でも特に素晴らしい【平和主義者】として振舞って、【平和主義者】達の信頼を得て、主導的な影響力を獲得する。
 そして、【平和の敵対者】を作り出す。
 激しく対立を煽り、フラストレーションを高め、活動を原理主義まで高めて、【平和主義者】達の思考を停止させ、そして、後はギリギリの一線を踏み切らせてしまえば、見事戦争への誘導を果たす事が出来ます。

 これが、【悪意】を持った、本当に頭の良い人達の【悪魔の戦略】です。

 例えば、苦悩を抱えた人達や、社会的な弱者達に寄り添っているように見せ、その実、それらの人達が日々抱える苦悩や不満を煽り、増幅させて、【平和への希求】を【破壊への衝動】へと切り替えさせたりする。

 人を救う為に、全身全霊で献身しているように見せて、その実、その人達を精神的に追い詰めて、兵隊へと作り変えて行く訳です。

 しかし、そう誘導しようとしている【悪魔】は、上手く立ち回っていますからね。
 事によっては、平和の為の働く【英雄】とすら持ち上げられる事になるでしょう。

 正直な所、表立って危険に見える人と言うのは、存外大した事は無いものです。
 目立つ立場なら尚更の事。
 本当に【悪意】を成そうとする人と言うのは、表には現れませんし、時には気配すら感じられません。

 我々が気付いた時には遅く、多くの破壊が成され、犯人は既に、安全圏に逃げ去っていたりもします。

 実に巧妙。

 例えば、何らかの組織を破壊したいと言う場合にも、同じような手段が用いられます。
 外側から圧力を掛けたりした所で、組織は簡単にはつぶれません。
 むしろ、組織内において、共通の敵を見出す事により、より結束力が高まって、組織は強化されます。
 また、外側からの圧力に対抗する為に、様々な策を練る事でしょう。やはり、組織は強くなります。

 もし、組織を壊したいのであれば、内側に入って、そこから瓦解させれば宜しい。
 組織に入り、組織の目的の為にとても精力的な人物として振舞い、信頼を得て、中心的な立場になってから、組織の方向性を狂わせてしまえば良いのです。

 これらの手法は、皆さんが想像する以上に、実は、色々な場所で【利用】されているものです。

 なので、充分に注意するようにしましょう。

 と言うのも。
 そう言った【天使のように振舞う悪魔】と言うのは、本当に【疑い難い動き方】をしますし、疑わしい動き方を始める頃には、既に【疑い難い立場(追求し難い立場)】に立っていたりします。
 そもそも、彼らが掲げる【正義の看板】は、彼らを守る【強力な盾】として作用してしまいますし、事によっては、彼らを追及しようとする【気付いた人達】を、易々と排除する【強力な武器】としても作用してしまいます。

 魔術的な観点から言っても、【悪魔】と言うのは、単なる【悪意】の塊では有りません。
 そんな単純なものでは無い。
 単なる【悪意】の塊だったら、むしろ対処は簡単なものです。
 そんな生易しいものでは無く、【人の弱味を知り尽く、そこを刺激し、巧妙に操ろうとする存在】です。
 そして悪魔達は、【平和を愛し、正義を希求する】と言う人の思いの中にも、弱味が有る事を知っています。
 彼らは、そこを突いてきます。

 なかなか怖い話ですが、しかし、現実社会の中でもあり触れた話なので、【彼らの思惑に加担する事がならないように】、しっかりと、彼らの手口を知っておきましょう。

 勿論、社会的に大きな話で無くとも、個人の日常の中でも起こり得る事なので、しっかり意識しておく事が大切です。



 近頃は、世情が騒がしいですからねぇ・・・(--;

 まあ、混沌は人の世の常。
 多少のざわつきは、人の世の賑わいとも言えますが、一線を越えて、大切なモノが失われない事を祈りたいと思います。 

 占い師の身分で社会を語るなど、僭越に過ぎました。ご容赦下さい。

 以上、トキワでした。(^^)/






Last updated  2017/12/13 04:36:44 AM
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2017/11/15
カテゴリ:考察
ども、トキワです。(^^)/

 本日は講座日。
 あと4時間ほどで、短期魔術学校の第四講目がスタートします。
 今回は、シンボルコインを使った実践が中心。




 シンボルコインを使った占いの方法と、四大・七天体の諸力とアクセスする為の【繋がり】を構築する作業を行う予定です。

 心配なのが・・・

 2時間半で、全て終わるかどうか……(--;

 どうにもこうにも、内容を詰め込み過ぎてしまう傾向が有る為、時間配分には苦労してしまいます。

 まあ、頑張ります。(^^)/


 ジャンル:【風】の領域の話 


 さて……(突っ込んで話すには、少し怖い内容なので、かなりオブラートに包んでお話しします。)

 世の中には、色々な【社会的な建前】と言うものが存在します。

 この【社会的な建前】と言うのは、なかなかに手ごわい存在でして、思惑を持って使うと、強力な武器にもなり、また盾にもなるものです。

 【社会】は、一応の事、集団の合意で形成される【ルール】で運営される事が多いものです。
 【建前】と言うのは、その【ルール】に基づいて作られたものなので、簡単に破る事が出来ないのです。

 本来【社会的なルール】と言うのは、全てでは無いにせよ、より多くの人達にとって有益であるように構築されるものなのですが、時には、そのルールが、人を害する手助けをしてしまったり、悪意有るもの達を守ってしまう事が有ります。

 例えば、【建前】としての【報道の自由】と【人々の知る権利】。
 報道機関が良く使う【建前】です。

 道理に適わず、偏向し、かなり恣意的で、攻撃的であったとしても、【報道の自由】と【人々の知る権利】と言う大看板のお陰で、自分達の権益を守り抜く事が出来てしまいます。

 【報道の自由】も【人々の知る権利】も、絶対的に大切なもの。
 なので、その看板を盾にされると、いくら理不尽であっても、それ以上の追求が出来なくなってしまう場合が多い訳ですね。

 【建前】に用いられる大看板と言うのは、なかなかに耳障りの良いものばかりです。

 【自由】【平等】【平和】【普遍的な人権】【反差別】【民意】【世論】

 これらの大看板は、誰にでも使えるものです。

 それこそ、差別的な意識を持っている人が【反差別】の看板を掲げる事も出来ますし、人の人権なんて、これっぽっちも考えていない人が【普遍的な人権】と言う看板を掲げる事も出来ます。

 ラブ&ピースを唱えながら、特定の人に、激しい憎しみと、攻撃性を示す人も居れば、平等を唱えながら、平気で人を見下すような人も居ます。

 他者に対して、上から目線で傲慢に【謙虚になれ】と言う人も居れば、【人類皆兄弟】【もっとオープンに受け入れるべきだ】と言いつつ、排他的な態度を取る人も居ます。

 分かっていながら、意図的に【建前】の大看板を掲げている人も居ますが、恐らく、自分では自覚せず、無意識的に【建前】の大看板の裏に隠れてしまうような人も居るのかも知れません。

 いずれにせよ、なかなかに厄介な事です。(--;


 気を付けましょう。

 【建前】で掲げられた大看板の、耳障りの良いキーワードに騙されないように。
 言葉そのもので判断せず、その看板の持ち手が、実際に何をやっているのかを、慎重に見極めましょう。
 自分自身が掲げている看板と、自分自身の言動に乖離が無いかどうかも、しっかりと見極めなければなりません。

 勿論、トキワ自身も、例外では有りません。
 私も充分に、気を付けたいと思います。

 中途半端で、短い文章ですが、これ以上は流石に書けないので、ここまでにしたいと思います。

 慣れない事を書くべきでは有りませんねぇ。(^^;
 反省します。






Last updated  2017/11/15 03:37:59 PM
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2012/06/07
カテゴリ:考察
 トキワです。(^^)

 6月6日の、金星太陽面通過現象(ビーナストランジット)
 皆さんはご覧になりましたか?

 帯広は、前年ながら軽く雲が掛かっている時間が多かったモノで、トキワは残念ながら見る事は出来ませんでした。

 しかし、これも実験。

 通過時間を頃合いに、ちょっとした仕掛けを・・・

 8年も掛かる大作業。この鳥頭で覚えていられるか心配です。(^^;

 ビーナストランジット自体は、584日周期で起こる訳ですが、太陽面通過現象は、今世紀最後との事なので、もう見る事は出来ないでしょう。

 残念です。(--;


 さて、空気シリーズ。今回で書き切ってしまいたいと思います。

 あくまでも【日記】。私自身の備忘録程度のモノです。


 【個と他との間を埋める空気】を用い、如何にして【他の世界】と対話するか。

 まあ、色々な方法が有ります。

 一般的な話で言えば、我々の【五感】に訪れる多くの情報を、逃さずキャッチ出来れば良い。

 とは言え、言う程に簡単な事では有りません。

 普段我々が感受している情報量は余りにも多く、しかし、それら全てを認知する事は出来ません。

 例えば、今皆さんはどんな【音】を聞いているでしょうか?
 パソコンやモバイル機の駆動音。照明の微細な音。或いは、家の空調の音。屋外の車の音。身動きする時の衣擦れの音等。
 かなり多くの【音】が存在して、その耳に届いているはずですが、それら一つ一つを認知してはいないでしょう。

 視覚もそうです。
 我々の目には、多くの情報が飛び込んで来ていますが、それらすべてを意識的に捉えてはいません。

 触覚もそうです。
 皆さんが今、どんな姿勢で居るか分かりませんが、座っているならば、お尻や太腿に圧迫感が有るはずですし、服を着ているだけで、その接触点には感覚が有るはずなのです。

 嗅覚もそう。今、その場所は、本当に無臭でしょうか。
 味覚もそうです。何も食べていないからと言って、本当に無味なのでしょうか。

 常に、多くの情報が我々を取り巻いています。
 それは、【他の世界】から発生られた振動であり、我々が【空気】の存在を介して、他の世界と繋がっている部分です。
 しかし、完全には認知されていません。

 オカルトの業界の人達には、耳馴染みだと思いますが・・・

 魔術系の修行をする時、初期の段階で【ボディ・アウェアネス(感覚化)】と言う作業を行います。
 色々なやり方が有ると思いますが、一般的には仰向けに寝て、体の一つ一つの感覚を確認して行くと言う、かなり地味な行法です。
 目を閉じて、まずはすべての音を一つ一つ聞き分ける。
 次に、体の各部分に意識を集中し、そこに有る感覚を認知して行く。
 これは、聴覚や感覚(場合によっては味覚・嗅覚も含む)に訪れる、あらゆる情報(他の世界から発信された振動)を捉えて行く修行です。

 或いは、【ウネミ・アークト(ラーの右目)】【スメヒ・アークト(ラーの左目)】と呼ばれる行法が有ります。
 【ウミネ】は、何かしらの対象物を決め、それを端から端まで徹底的に見つめて行くと言う修行。その対象物が、光の波長を用いて発信する全ての振動を認知すると言う修行です。
 【スメヒ】とは、夜などに、月光の下におぼろげに映る映像をボンヤリと見つめ、その【曖昧な世界】から発せられる振動を認知すると言う行法です。

 こんな地味な行法が、魔術系の修行の始めに来る理由は、我々が魔術を行使する上で、対処となる世界と深く交流出来る状態になければならないからなのです。

 それこそ、通常の五感とは異なる【曖昧な感覚】も逃してはいけません。 その【曖昧な感覚】を直観と呼ぶか、霊感と呼ぶかは個人の自由として、何かしらの感覚を有れば、そのすべてを捉え、意識を向ける事が求められます。


 ・・・

 まあ、こんな事言っていますが、日常生活で、いつもこんな事を気にしてたら可笑しくなってしまうので、程ほどにしましょう。(^^;

 以上が、世界との対話を行う上での【受信】の部分です。

 では、発信は?

 簡単に言えば、表現する事ですね。
 話すでも良いですし、書くでも良いですし、動くでも良いですし。
 いずれにせよ、表現する事です。

 そして、その表現する上での前提となるのが、【意志】です。
 【意志】が、その表現に乗る事で、【他の世界】へのアプローチとなります。
 これが発信です。

 コミュニケーション・対話を、空気の振動とするならば、その空気に振動を与える【本体】が必要になります。

 例えば、音であれば【音源】と言う事になりますね。

 魔術の世界で言えば、人の【意志】が【音源】に当たります。
 【意志】とは、魂のバイブレーションとでも言いましょうか。

 その振動数の違いによって、【他の世界】に与える影響力も異なって来ます。

 【意志】とは、前にも書いたように【~したいな】とか【~にならないかな】とか、そう言った曖昧なモノでは有りません。
 いや勿論、【~したいな】と言うレベルでも、【意志】のカテゴリに入るとは思うのですが、魔術的な領域においての【意志】とは、【必ず成し遂げる】と言う【確信めいた宣言】に近いモノです。

 実は、この【意志】が明確であれば、小難しい作法や術式等が無くても、【魔術的な成果】は得られたりします。

 極論すれば【3億円を必ず手に入れる】と言う意志があれば、銀行強盗でも成功させてしまったりする訳です。
 勿論の事、人の倫理観(善く有ろうとする意志?)が干渉し、歯止めを掛ける事になりましょうが、【強烈な意志】は自分にせよ、他者にせよ、衝動的に世界を動かしてしまうのです。

 魔術に伴う小難しい作法や術式と言うのは、その【無属性にして強烈な意志】を、意図的に加工すると言う技術論であり、作法や術式が【魔術的な成果を与える】と言う訳では無いのです。


 さて、先程から魔術だオカルトだと臆面も無く書いておりますが・・・

 ノーマルな人には、【とち狂ったか!】と思われるかも知れませんね。(^^;

 しかしこれは、平常の世界観においても、然程奇異な事では有りません。

 我々の業界が取る【手段】や、その表現形態が特殊なだけで、これまで書いて来た事は、平常の世界においても通用する事だと思いますし、知らずのうちに、皆が成している事だとも思います。

 かつて、人の身で有りながら、空を飛ぶ事を意志して、何度も失敗を繰り返しながらも、最終的には飛行機を作り出したように。

 小さな子が、医者になる夢を見て、その実現を意志して、実際に医者へと育つように。

 相手にしている世界や、その手段、表現の仕方は違えども、所謂【現実】とか呼ばれる世界を相手に対話と試行錯誤を繰り返しながら、何かを作り替え、或いは作り出して行くと言う【物語】は、須らく【魔術的】だと思うのです。
 【魔術的】と言う言葉が変ならば、【創造的】と言う言葉に変えても良いでしょう。

 まあ・・・

 そんなお話でした。(^^;

 結局、タロットとの結びつけが弱かったですね。

 でも、タロットの話は、今後幾らでもして行きますので、その時にでも。

 4回にも亘って長々と書いて来ましたが、お付き合い頂けた方がいらっしゃるならば、心よりの感謝を。

 次回からは、もう少し端的なモノを心掛けますね。

 では(^^)/






Last updated  2012/06/08 02:02:01 AM
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2012/05/24
カテゴリ:考察
トキワです。(^^)/

 今年は、金冠日食やビーナストランジット等、希な天体現象が数多く起こる為、天文ゴールデンイヤーと呼ばれているらしいですね。
 次回の天文ショーは、6月6日の午前10時5分頃。
 南頂点やや東寄りで、金星の太陽面通過(ビーナストランジット)が発生します。

 これは、約584日周期で発生する現象で、太陽・金星・地球が一直線に並ぶ時に見られます。
 太陽暦で換算すると、8年で丁度5回発生するのですが・・・

 このビーナストランジットと言う現象、面白い事に、8年間で太陽を中心として、宇宙空間に【五芒星】を描く事になるのです。

 不思議なモノですね。(^^)

 例えばの話ですが・・・

 8年間のうちに発生する5回のビーナストランジットの度に、何かしらの儀式・儀礼を行うとしましょう。
 すると、この宇宙空間に、太陽を中心とした魔法円を構築する事が出来る。
 これは、なかなか壮大な魔術です。

 ちなみに、マヤ文明においては、ビーナストランジットに併せて、戦争を仕掛けていた事があったそうな。
 流された人の血によって描かれた、宇宙的な魔法円。

 ・・・そう考えると、ちょっと怖いですねぇ。(--;


 さて、空気シリーズの続き。3回目です。

 今回は、直ぐ近くに存在する世界なのに、それに触れる事が出来ないと言う現象について考えて行きたいと思います。


 まずは、これまでの纏めとして。

 【個と他の世界は、それぞれ隔絶されたモノであるが、その間を満たす空気の作用によって、それぞれ連続性・連絡性を保つ事が出来る。】
 【個と他の間を満たす空気を振動させ続ける事によって、空間・時間の隔たりを超え、全ての世界と触れる事が出来る。】

 これが、一応の前提となるのですが、それでも尚、触れる事の出来ない世界と言うモノが存在します。
 空間的・時間的な隔たりが殆ど無く、正に目の前に居る人であっても、その世界に触れる事が出来ない。
 それは何故か。

 まあ、前提通りの簡単な話です。

 つまり、それぞれの世界を結び付ける【空気の振動】が無ければ、そのお互いの世界は触れ合う事が出来ないのです。

 これは、発信側の問題でもあり、また受信側の問題でも有る。

 これを携帯電話に例えて考えて見ましょう。

 直ぐ近くに二つの携帯電話が有るとします。

 片方の電話(仮にA)から、もう片方の電話(仮にB)へコールを掛けます。
 Bの方でコールに応じ、電話に出れば、AとBの携帯電話で双方会話が出来る状態になりますね。

 これが、隔絶された世界が、空気の振動(この場合は、電波)によって繋がると言う現象です。

 しかし、AがBに対してコールする事が無ければ、勿論繋がりは発生しませんし、AがコールしてもBが電話に出る事が無ければ、やはり繋がる事は出来ません。

 それぞれ、隔たった世界のままです。

 逆に、Aの携帯電話から、遠く海外に存在する携帯電話(仮にC)へコールし、Cが電話に応ずれば、どんなに遠くとも、その世界は繋がる事が出来ます。


 つまり、【隔たる世界】を繋げるには、世界に触れる為に発信する意志と、世界から発信されたモノを受信する意志が噛み合わなければならないのです。

 その噛み合いが成立して、初めて【世界とのコミュニケーション】が成り立つ訳です.

 しかし・・・

 実は、この部分がとても難しいのです。(--;
 言う程簡単には出来ない。


 
 例えば、日常の世界の中で、他者と意見の衝突が発生した際、議論を行っても平行線に終わる事は少なくありません。
 その時、互いに言葉を交わしているように見えても、実際には自分の意志を主張するばかりで、相手の意見を全く受け入れるつもりが無い場合が多く、結果として互いの世界が触れる事無く、単に不快な思いをして終わる事が有ります。

 この問題は、人間社会の中でも多くの問題を引き起こす事になりますね。

 例えば【差別】と言う問題もそうです。

 【差別】と言えば、一般的な理解として【弱者や少数者を迫害する】と言ったイメージを持っている方が多いのでは無いでしょうか?
 
 【男女差別】【部落差別】【人種差別】【障害者差別】等の言葉から受けるイメージは、確かに【弱者や少数者を迫害する】と言ったイメージかも知れません。

 しかし、厳密に言えば、【差別】とは【理解無く、一方的な決めつけによって、カテゴリに括り付けたり、或いは物事を区別する事】を示します。

 時に、【差別を無くそう】と主張し活動する人達が、ある一定の立場や主張の人達を【差別者】と非難する事が有りますが・・・

 それが既に【差別】なのです。

 そもそも【差別する人】と【差別しない人】と言う分け方自体が【差別】。

 更に言えば、自分が【被差別者(差別されている)】と主張する人達の場合にも、【差別される人】と【差別する人】と言うカテゴリが生まれてしまう為、その時点で潜在的な【差別】が内在する事になります。

 そして、そう言った【差別】が発生する原因は、結局の所、【相手の世界と触れていない事】による【無知・無理解】なのです。
 【相手の世界を受け入れる事を拒むが故の無知】が、【差別】と言う現象を生む要因なのです。

 逆に言えば、相互の世界が触れ合い、相互の理解が進む事によって、【差別】を減らす事が出来るはずです。

 但し、互いの理解が進んだからと言って、お互いが完全に平等になる事は、残念ながら出来ません。
 【個】は、常に【個】であり、【他】とは世界が隔たっているからです。
 例えば【男女平等】と言っても、トイレやお風呂や更衣室までを一緒にするかと言えば、しませんよね。
 【理解が進む】と言う事は、つまり、お互いがどの様に異なり、どのような部分に共感を見出す事が出来るのかを知ると言う意味です。
 その【理解】が有って初めて、異なり隔たる世界同士を、安定して交流させる【空気の振動】を見出す事が出来る訳です。

 例えば・・・

 携帯電話とコンピュータは【同じ物】では有りません。
 しかし、その違いを理解していればこそ、その違いを埋め合わせるインターフェースを用いて、互いに通信出来るシステムを構築する事が出来ます。

 三味線とバイオリンは【同じ物】では有りません。
 しかし、その違いを理解し、相手の性質を理解した上であれば、和洋結びついた絶妙なセッションが可能となり、空気の振動(音)は、心地良い波長を生み出す事が出来るでしょう。

 アメリカ人と日本人は、【同じ者】では有りません。
 しかし、その文化や歴史、言語の違いを理解すれば、意気投合し、良いコミュニケーションをする事が出来ます。

 そして、その前提として言えば、まずは【他】となる世界へとアクセスする意志が必要であり、或いは、【他】の世界からのアプローチに応じる意志が必要となるのです。

 それが無ければ、例え目の前の世界であっても、繋がる事は出来ません。

 世界が相互に触れ合い、その上でお互いの【差】を知り、それを分ける事を【区別】と呼び、
 世界が触れ合わず、無知ゆえの決めつけによって分けようとする事を【差別】と呼ぶのです。

 

 ・・・しかし、理屈では分かっていても、現実には難しい。(^^;
 これが簡単な事ならば、今頃世界は平和そのもので、人の苦悩なんて有りませんよね。


 今日は、話の延長として【差別】と言うテーマを扱ってしまった為、少し重くなってしまったように思いますが、【差別】と言うテーマ以外でも、とても重要なポイントかと思います。

 極端に言えば、我々は常に【他の世界】に対して、実は【差別】が存在していると言う事なのです。

 充分な理解が無いのに、【世界】とはこう言うものだ! 【社会】とはこう言うものだ! 【人間】とはこう言うものだ! 【運命】とはこう言うものだ!

 そう言った、【正確な理解無き決め付け】が、誰の内側にも存在している。

 それ故に、我々は【他の全ての世界とつながる事が出来る】のに【実際には全てと繋がる事は出来ていない】のです。

 占い師とは、こう言った【決め付け】を出来るだけ排し、【世界】を素の姿のままで受け入れる【受信】をライフワークとし、
 魔術師とは、こう言った【決め付け】を出来るだけ排し、【世界】に素の姿のままで表現する【発信】をライフワークとするのです。


 今日はこの位にしましょう。
 いやぁ~・・・・長々と申し訳有りません。(--;


 次回は、もう一度【他の世界とコミュニケーションする為のテクニック】について、更に考えて行きたいと思います。
 恐らく、【空気シリーズ】最終回。(その後、番外が有るかも・・・)

 で、その前に、多分休刊話題を入れます。

 では、頭でっかちのトッキーでした。(^^)/






Last updated  2017/08/01 11:15:52 PM
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2012/05/14
カテゴリ:考察
 トキワです。(^^)/

 近頃は、国内情勢、世界情勢共に、色々とゴタつく事が多く、そう言った情報に振り回される身としては、なかなか落ち着き辛い時代かと思います。

 そんな世相は何処吹く風か。
 十勝の桜も時期を終え、春も盛り、じきに夏が訪れましょう。
 我々を余所に、季節はリズム良く進んで参ります。

 さて、前回に引き続き、【空気】を主題に起きつつ、今日は【世界との対話】と言うテーマで考えて行きたいと思います。



 前回の日記にて・・・

 【個】と【他】の間には、空間的・時間的・領域的な【隔絶】があり、【空気】とは、その【間】を埋める【不可視無形の何か】である。

 みたいなニュアンスでお話ししました。

 そして、【個】と【他】の間で【空気】が振動する事によって、連続性・連絡性が生まれ、それを【コミュニケーション】と呼ぶ。

 みたいなお話しをしました。


 【個】とは、そう言った【空気】の作用によって、【他の世界】との繋がりを維持しているのです。


 では、我々は、どれだけの【世界】と接する事が出来るのでしょうか?

 結論から言えば、【すべての世界】と接する事が可能です。
 【すべての世界】とは、【空間・時間・階層界域】それらすべてを含めた【端から端までのすべての世界】です。

 ・・・理論上はね。(^^;


 さあさあ! ここから難しい話に突入しますよ。
 多分、今回だけでは書き切れないから、シリーズ化しちゃいますよ!
 ここまで書いて来て、【あ!しまった!】と今更ながら後悔していますが、退かずに書いちゃいますよ!

 まあ・・・ね。あくまでも【個人的な日記】と言う態なので。


 まずは【空間:時間】と言う視点で考えてみましょう。

 今まさに、皆さんは自宅のコンピュータの前にいらっしゃるか、或いは、携帯電話・スマートフォンと言ったモバイル機器の前にいらっしゃる事と思います。
 ある方は北海道。ある方は東京や埼玉。若しかしたら、国外で見ている方もいらっしゃるかも知れません。
 皆さんは、この空間的世界の中で、ある一定の座標で【個】が【場】を占めています。
 私は今、北海道帯広市の自宅、私室にて、マイコンピュータを前に座っています。時は2012年5月15日0時18分。

 トキワが、2012/5/15 0:18 に、帯広の私室にて打ち込んでいる文章を、皆さんは空間的に離れた場所で、更には時間的に離れた場所で見ている訳です。

 【今まさに】と書きましたが、おそらく、私の書いた文章を読むタイミングは、皆さんそれぞれ別の時間でしょう。

 更に皆さんが、この文章を読んで、イイネ!を押したり、或いはコメントを書いて下さったりしたとしましょう。

 すると、私は後日、恐らくは職場のノートPCにてマイページを開き、別々のタイミング、別々の場所でなされたであろう、それらのイイネ! やコメント等を、一遍に(小踊りしながら)見る事になります。

 これが、【離れた空間と時間を埋める連続性・連絡性】の一例です。

 トキワの打ち込んだ文章が、ある種の【周波数】に変換され、回線を通り、或いは電波となって空間を移動し、皆さんの手元に届きます。
 サーバーのハードディスク等に、テキスト情報が刻み込まれ、時間的な距離を移動しつつ、ある時、皆さんの目に触れる形になって現れます。

 このように、離れた場所・離れた時間であっても、【個】は【他】と接触する事が可能なのです。
 そして、理論的に言えば、我々は、空間的にどれだけ離れていようとも、或いは、時間的にどれだけ離れていようとも、その【間】に存在する【空気】を振動させ続ける事が出来れば、【個】と【他】の接触を可能にする事が出来るのです。

 さて逆に・・・【個】と【他】が接触出来ないパターンについても考えてみましょう。

 同じく、私の打ち込んだ文章に関して。
 もちろんの事ながら、mixiやフェイスブックを登録していない方には見る事が出来ません。楽天のブログにもアップしていますが、そのページにアクセスする術がなければ見る事は出来ません。
 興味がなければ、そもそも読みませんしね。(^^;

 と言った風に、発信された【振動】が、相手に届かないパターンも有りますし、【振動】が届いても、それを認知しないパターンがあるのです。

 そしてそれは、空間的にどんなに近くても。時間的にどんなに近くても起こり得る事です。
 目の前に人が居て、その人に向かって聞こえる声で話しかけても、その人に伝わらない事も有る。すぐ近くの世界にも、触れる事が出来ない時が有ります。

 この部分はとても重要です。
 【すぐ近くの世界であっても、触れる事が出来ない事がある】

 タロットで言えば、【剣の6の逆位置】辺りでしょうか。
 日本のことわざで言えば、【渡る瀬の無い対岸の人】。

 さて、長くなりましたので、今日は此処までにします。

 ・・・長いシリーズになりそうですねぇ。(^^;
 次回は、何故【すぐ近くの世界であっても、その世界に触れる事が出来ない】と言う事が起こり得るのかを考えてみたいと思います。

 もちろん、最終的にはタロットや占いの話に帰結させるつもりなのですが。そこまで辿り着くのが大変な気もします。

 このテーマは、占術や魔術において焦点となる【運命】と呼ばれているモノとの関係を考える上で、とても重要で、必然的にタロットの捉え方、扱い方にも大きな影響を与えます。

 同学の士とのシェアリングや、自己整理の目的も兼ねて、慎重に書き続けて行きたいと思います。

 お付き合い頂き、感謝致します。(^^)/






Last updated  2012/05/15 12:55:03 AM
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2012/05/09
カテゴリ:考察
 帯広も桜が咲きました。(^^)/

 ここの所、天候も不安定でしたので、綺麗な桜を見る事が出来るか心配して居たのですが、なかなかに見事な咲きっぷりです。

 残念ながら、ゆっくりと鑑賞する時間は有りませんが、仕事の通退勤時に眺める事が出来るだけでも幸せ。

 春が来ましたね。(^^)


 さて今日は、【空気】について考えてみたいと思います。
 ここで述べる【空気】は、少し複合的な要素と捉えて頂きたいと思います。

 例えば。
 我々は、季節が変わると、その様子を【空気】で感じ取る事が出来たりします。【肌で感じる】と言う奴ですね。
 例えば、物理的な変化は全く見られないのに【場の空気が変わる】と言う表現をしたりもします。

 【雰囲気】と言う言葉にも近い感覚かも知れません。

 そんな【空気】についてです。


 【空気】を感じると言うのは、とても大切な事です。

 【空気】とは即ち、その空間(世界)の【空】の部分を占める【不可視無形の何か】です。

 例えば、我々が生物として生きる空間(世界)においては、酸素や窒素、二酸化炭素等の【気体】が、【空】の部分を占める【不可視無形の何か】に当たるでしょう。

 これらは、ハッキリとは認識出来ず、ハッキリと感触を確かめる事は出来ません。しかし、確実に存在し、何より生命活動に大きな影響を与えています。


 さて、我々が【空気を読む】或いは【空気を感じる】と言った時の【空気】とは、この酸素や窒素の事でしょうか。

 勿論違いますね。

 もっと別の何かです。

 我々が生物として生きている空間の【空気】とは異なる、別の領域における【空気】。

 恐らく、そんな所でしょう。

 そして、その【別の領域】と言うのは、決してただ一つでは無いのです。

 以前、階層・界域論と言う文章を書きましたが、そこでもお話しした通り、縦にも横にも複数の世界が存在し、連続性を持ちながらも、【今、此処】とは少し異なったルールが適用されている領域が有るのです。

 そして、その各領域毎に、その領域なりの【空気】が存在しているのです。


 そして、それぞれの領域毎に存在する【空気】も、【不可視無形の何か】であって、直接的に感知する事は出来ません。

 では、我々は、どのようにして【空気】を感知する事が出来るでしょうか。

 例えば【風】です。

 【風】とは、簡単に言えば、【空気の流れ・移動】ですね。
 風が生じると、それは肌で感じる事が出来ますし、風に揺れる草花を見て、風の存在を感知する事も出来るでしょう。

 或いは【音】です。

 【音】とは、空気の振動波。その振動の質の違いによって、音声が認識出来たりします。

 そう言った形で、空間を満たす不可視無形の何かを感知する事が出来ます。

 【今此処】とは違った領域に関しても、その領域なりの空気が移動したり、或いは振動する事によって、その場の空気を感知する事が可能になったりします。

 そして・・・

 ここが重要なのですが。

 我々【個】としての存在は、それ以外の【他】との間に、時間・空間・領域の【距離】が必ず存在します。
 【個】とは、常に【他】とは隔絶された存在で、その隔絶された距離に存在する【空間】には、【空気】が存在するのです。

 その【空気】が、他方から他方へと流れる。或いは振動する事によって、初めて【個】と【個】の間に、連続性、連絡性が生まれるのです。

 つまり、【空気を感受する】と言うのは、【個】だけでは生きていけない生命群にとって、何よりも重要な能力だと言えるでしょう。

 これは、必ずしも【人対人】に限った事では有りません。

 我々占い師が【運命】と呼び習わしているモノは、即ち、この多層的な世界から発せられた【空気の振動】です。

 それを、如何に感受して読み解くか。
 これが占い師の仕事。

 対比して、魔術師の技とは、逆に【空気の振動】を形成し、この多層的な世界に発信して行く事です。

 こう言った、空気の動きを感受したり、或いは発信したりする事を、【コミュニケーション】。

 西洋オカルトの世界において、【剣=風】にコミュニケーションの意味を見出す所以です。


 さて、いつも通り、小難しく長くなって参りました。(^^;

 さらに続けたいのですが、今日はこの位にして、続きは次回にしたいと思います。

 次回は、我々がどれだけの世界と関わり得るか。関わり得る多くの世界と、一体どのようにしてコミュニケーションを取るのかを考えてみたいと思います。


 リハビリ中ゆえに、まだまだ筆に勢いが有りませんが、興味のある方は、是非お付き合い下さい。(^^)/

 トッキーでした。(^^)/






Last updated  2012/05/10 02:00:10 AM
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2012/04/10
カテゴリ:考察
 トキワです。(^^)/


 何やら・・・
 楽天ブログに日記を投稿すると、mixiもフェイスブックも、同時投稿出来るらしいじゃ無いですか。

 試しにちょっとやって見ましょうね。

 

 ・・・・・・・






Last updated  2012/04/10 04:41:40 PM
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2009/12/22
カテゴリ:考察
 ども、お久しぶりです。
 トキワです。(^^)/

 ・・・と、挨拶しなければ想い出せないのでは無かろうかと思う程に、日記を滞らせてしまいました。

 まあ・・・うん。仕方ないよね!
 師走だし!

 走り回ってるし!

 やっとこさ落ち着き、ゆっくりとテレビを見る時間が出来ました。

 そこで見たのが・・・

 【緊急警告! 2012年人類破滅!?
      ノストラダムス最後の大予言SP】

 こりゃ大変だ!  と思ったつもりで鑑賞。

 いや、久しぶりに【ノストラダムス】と言うキーワードが出ていたので、思わず見てしまったのです。


 しかし、良くもまあ、あんなにいい加減な情報を入れて、自信満々に番組を作ったモノです。

 あれか? 笑いを狙っているのか?
 いや、笑ったけどさ!!

 さて、何処から突っ込もう・・・


 番組では、ノストラダムスが2012年の人類危機を予言していると述べていました。その典拠は、ノストラダムスが残した象徴画。
 その絵に、予言的な意味が隠されていると言う訳です。
 さてしかし、番組を見たタロット占い師さん達なら気が付いたはず。
 あれは・・・多少なりのオリジナリティや、他の神秘主義的概念が含まれている節はあっても、概ねの所・・・・タロットの図象だ!!
 9.11事件を予言しているとして紹介された図象・・・

 どう見ても16番【塔】だろ!!

 ノストラダムスが活躍したのは16世紀。
 タロットの誕生は15世紀。
 その図象なら、一世紀前にもう存在したっちゅうねん!!
 予言先取りだぞ、このやろう!

 ノストラダムスも草葉の陰でビックリしている事だろうよ。

 他にも・・・
 図象の中に三つの三日月が描かれており、それが2012年の三つの日食を意味すると言っていたが・・・
 何で三日月なのに、太陽なのよ・・・

 そして、魚座の時代終わりを示していると言っていましたが・・・
 魚座の時代が終わるのは、厳密には解っていません。
 諸説色々。
 ある説では、2152年~2700年だとか。
 2013年から随分程遠いように見えるのは、常葉の気のせいだろうか? 或いは、2000年を迎えた以降、既に水瓶座の時代に入ったとも言われています。

 そもそも・・・

 図象は、絵であるからこそ、様々な発想で読み解く事が出来てしまいます。そして、その真意は、作者しか解らない。
 そして、その作者は既に亡き人です。

 1999年の事で、既に一度汚名を着せられているのに、2012年にまで同じ汚名を着せられるなんて。
 ノストラダムスに謝れ!


 更に、マヤ暦について。

 2012年にマヤ暦の終わりが来ると言う説は、キリスト教司祭ディエゴ・デ・ランダと考古学者エリック・トンプソンと言う二人の門外漢によって【創作された説】です。しかも、何百年も前に。
 決して、マヤの末裔達が言い出した事では無い。

 更に、2012年に太陽が極大期になると言う説も、実際には異なり、次回極大期に成り得る時期は、2013年。


 隕石の衝突や、火山の爆発等も、今時期だから生じた危機では無く、人類の歴史の全てを通じて、常に存在した危機です。


 つまり、2012年を待たずとも、明日にでも隕石が衝突するかも知れないし、火山が爆発するかも知れない。
 或いは1ヵ月後か、1年後が10年後か100年後か。


 確かに、世界情勢は激動しています。
 環境変化の問題も深刻です。

 2012年に、何かあるかも知れないと言う説は否定しません。
 しかし同時に、2012年に何も起こらないと言う説を否定する要素も無い。

 むしろ我々は、いつ起きても可笑しくない【変化】或いは【収束】を意識し、覚悟し、そして、その対極として存在する平穏な日常を、大切に享受するべきかと思います。

 つまり、来年の話をすると、鬼が笑うって事です。

 ・・・全く、占い師が言う事では無いのですが・・(--;

 私は【人類は、便利さを得る為に、毒の中で生きる事を選択をした】と思っています。
 だから、今更不安や不満ばかり言っていても仕方が無い。

 未来を考えるのも確かに大切です。
 しかし、現在の積み重ねが未来になる事を考えれば、結局の所、今の日常を大切にして、堅実に積み上げるしか有りません。


 2012年のキーワードが随分と踊っている昨今ですが!

 皆さんは、踊らされては行けませんよ!

 思索の対象には、良いキーワードかも知れませんが。(^^)


 追伸
 今回の番組で収穫だったのは、
 ノストだラムスのタロット風図案を見る事が出来た点。
 そして、マヤ暦の特殊に周期について知った点。


 まあ、見て面白かったのは確かです。(^^)/







Last updated  2009/12/23 01:10:09 AM
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