自衛官の給与
本人が否認しているので、まだ犯罪者と決まったわけではない。だが、NHKの昼のニュースで流れてしまったのだから、おそらく間違いないのだろう。陸上自衛隊の二等陸佐がコンビニで強盗を働き、現金60万円と金券6枚を奪った疑いが持たれている。ニュースで聞いたとき、一瞬「陸尉」と「陸佐」の間違いではないかと思った。二等陸佐は旧軍隊の中佐に当たる階級だが、将官より下ではあっても佐官は連隊の指揮官や参謀を務める重要な階級である。古い話をすると、真珠湾攻撃の際の航空参謀である源田実と攻撃隊総隊長の淵田美津雄は当時ともに中佐だった。二人とも大佐で終戦を迎え、淵田はキリスト教の伝道者となる。源田は自衛隊に入隊して航空幕僚長を務め、ブルーインパルスの創設者となった。そのような過去の経緯から、私は中佐クラスを非常に重要な階級だと思っている。だから、なおさらこの事件には衝撃を受けた。そもそも佐官であれば相当な給料をもらっているはずである。なぜコンビニ強盗をする必要があるのか、それが納得できない。あまりに不可解だったので自衛官の給与体系を調べてみた。自衛官の給与は階級だけで無く「号俸」というランクで決まる。普通の勤務状態だと1年に4号俸は上がるようだ。仮にこの46歳の男性が二等陸佐になりたてで、「1号俸」だったとすると、月給346,700円である。ボーナスは年2回で合計で約4.4ヶ月分らしいので、特別手当などを入れなければ年俸は約570万円にしかならない。ただその可能性は非常に低い。三等陸佐時代に仮に40号俸まで行っていれば月額403,600円をもらっていたことになり、二等陸佐昇任時は23号俸の404,900円から始まる。あとはその勤務年数で上がっていくわけだ。また、「非常に優秀な成績」と認められれば1年に8号棒上がる可能性もある。二等陸佐は97号俸まであるので、十数年優秀な成績を納め続ければ月給507,300円、年俸830万円超まで俸給は上がる。しかしながら、お読みの方々はどうお感じだろう。この年俸は低すぎないだろうか。定員380名の普通科大隊を指揮する二等陸佐の年収が、各種の手当てを抜くと最高で830万円なのだ。二等陸佐は2,500人ほどいるそうだが、陸上自衛官15万人のわずか1.7%である。しかも、二等陸佐のまま55歳の定年を迎える人も多いと聞く。55歳と言えば、銀行の支店長の退職年齢と同じである。だが、支店長クラスはメガバンクなら1,500万円もらう人もいるし、地方銀行でも1,000万前後はもらえるはずだ。「どんな仕事でもみんな命がけで働いているんだ」と言われればそれまでだが、自衛官は本当に命をかけて働いている。災害支援だけでなく、いざ有事の際には彼らは文字通り命を投げ出して日本を守らなければならないのだ。今までは幸いそういう国際紛争が無かったというだけのことである。それに対し、国会議員はなんだかんだで年間3,300万円を得ている。もちろん政治にはカネがかかるのだが、彼らがカネをかけるの最大の目的は、良い政策を考案することよりも次の選挙に勝つことだ。衆参合わせて707人の国会議員と二等陸佐だけで2,500人の自衛官を比べるのが無意味なのはわかっている。また、防衛費の内訳で一番大きな割合を占めるのが、人件費と食糧費(合わせて43.8%)であるのも有名な話だ。しかしながら、それでも、両者の年俸を見比べるとやはり不条理を感じてしまう。容疑者である二等陸佐がギャンブルにカネをつぎ込んだ末に強盗を働いたというなら同情の余地は全く無いが、そうではなく、自衛官の労働条件に不満を募らせた末、あたかも江戸末期の「打ちこわし」のごとくコンビニを襲ったのだとすれば、私は数%程度はこの自衛官に同情する気持ちを持ってしまう。とにかく今の段階では、この容疑者を「単なる愚かな悪人」とは断じたくない。今後の捜査の成り行きを見守らなければ全くわからないが、もしかしたら彼は「不遇な悪人」と呼ぶべき存在なのかもしれないのである。