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意外な戦史を語る~  カモメとウツボのメクルメク戦史対談

意外な戦史を語る~ カモメとウツボのメクルメク戦史対談

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2006.11.10
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カテゴリ:2.26事件
(ウツボ)「戒厳指令・交信ヲ傍受セヨ」(日本放送出版協会)によると、事件当時、皇道派青年将校に理解のあった山下奉文少将と行動を共にした内閣調査官・鈴木貞一大佐(後の陸軍中将、企画院総裁・国務大臣)は昭和53年、NHKスタッフに2.26事件の原因を聞かれているね。

(カモメ)そうですね。NHKスタッフの質問に鈴木は次のように答えています。長くなりますが読んでみます。「まあ、その頃はもう上下の意志の疎通がなくなっておったんだから、やるべきものは当然やったということなんですね。その当時はね、軍はね、僕に言わすると崩壊の一途をたどっておった。若い人は一生懸命になってやっとるんだけども、ま、参謀総長だとか陸軍大臣だとかいうのは、大阪あたりに行って商人からご馳走になってね、酒飲んで、芸者集めていると。こういうふうに考えておる青年将校がおったわけです。ひとつも軍務をやらんじゃないかと。ま、いろいろの関係から青年将校が苛立っておると。上司に対して非常に不満があったわけですね。その若い将校にも同情すべき点があったわけですよ~」。

(ウツボ)軍上層部の退廃振りをその原因として主張している訳だが、これは一面的なものとして、鈴木の主観でとりあげ、しゃべったんだろう。青年将校は、部下の兵士の家庭の困窮振りを憂いていたし、国家改革の大きな枠組みも掲げていたのだから。

(カモメ)ところで、元陸軍中将・池田純久氏は「最後の参謀総長・梅津美治郎」(芙蓉書房)の中で「『近衛日記』を読みて-一つの反証」と題して寄稿していますね。

(ウツボ)その中で池田は近衛日記に記してある「梅津大将の周囲には赤が多い。企画院には池田純久が国家革新の推進力として活躍している」という箇所に反論している。

(カモメ)それは、相手が近衛公でも、赤と言われれば、黙っちゃいないでしょう。池田純久は永田鉄山の子分で統制派だったですね。当時、皇道派と統制派に分かれ人事をめぐり熾烈な抗争を続けていた訳ですから。

(ウツボ)その反論だが、池田中佐は「軍務局長永田鉄山中将とともに国家革新に努力したが、青年将校たちの国家革新運動を阻止して軍の崩壊を未然に防ごうとした」と述べている。

(カモメ)さらに池田は「皇道派の主張として、統制派は満州事変以来、次から次に戦争を強要し、国を滅亡に導き赤化しようとすると非難していた」とも記していますね。

(ウツボ)う~ん、当時はね、軍人の中でも、「だれだれは赤だ」と言い合っていた。赤と言われたら帝国軍人にとっては致命傷だから、かっと来るんだ。相手を攻撃するにはそれが一番手っ取り早い。

(カモメ)そうです。もっとも、これはもちろん、戦後の記述ですからね。

(ウツボ)そうだが、池田がそう言うのは奥があるんだ。池田は近衛公らの集まり「万葉会」に秋山定輔に誘われ、一度だけ出席した事がある。

(カモメ)そうですね。

(ウツボ)池田中佐はその出席した時のことを後で次のように述べている。「その席で皇道派の将軍達が盛んに統制派の悪口雑言を繰り返していた。しかも梅津将軍が首魁となって近衛内閣を倒壊せんとの陰謀をめぐらしていると話していた」と。

(カモメ)う~ん、こうなると、これはもう統制派と皇道派のまさに椅子取り合戦の大喧嘩ですね。

(ウツボ)池田はさらにその時、皇道派の連中が「統制派は赤の集団であり、彼らを除去しなければ国危うし」という結論まで出していたと記している。

(カモメ)池田は後に「皇道派が梅津将軍を攻撃したのは陸軍次官という要職を皇道派の手に収めんとする皇道派の陰謀だった」とも述べていますね。

(ウツボ)だから統制派と皇道派の対立の根は人事問題に始終していたので、相当深かったんだ。人事はね、軍人の派閥にとっては最重要事項だ。最も政治の世界でも、一般の会社でも同じだがね。

(カモメ)一方、「最後の青年将校~二.二六事件への挽歌」(読売新聞社)によると、著者の大蔵元大尉はまえがきで、真っ先に元陸軍中将・池田純久氏(統制派)を痛烈に批判しています。

(ウツボ)そうだね、そこのところは、大蔵は池田著の「日本の曲り角」を取り上げて、それに絞って言っているんだ。

〈カモメ)大蔵は池田の書いている、5.15事件後の池田中佐と相沢三郎中佐との対談や昭和8年11月に偕行社で行われた統制派と皇道派青年将校の懇談会の内容等について「全く我田引水的で誤謬と曲解とに満ちあふれ、私には黙過できない内容のものばかり」として、反論をページを割いて掲載しています。

(ウツボ)大蔵は非常に見識の高い人物だったと思うね。「最後の青年将校~二.二六事件への挽歌」(読売新聞社)は全部読んだが、彼の人生は、ほとんどが、自分のために行動するのではなく、他人のために動いている。私利私欲のない人だった。

(カモメ)俺には、それは理想として理解はできますが、現実の問題としては、なかなか、できないことですね。

(ウツボ)それは俺だって難しいよ。無私で人に尽くすのはね。だが大蔵大尉のような人もいたことは事実だ。大蔵大尉の戦後の写真を見たが立派な風貌だ。人は年をとってから生き方が顔に出てくるというが、人生、筋を通したという、いい顔をしている。

(カモメ)そうですか。日頃あまり動じないウツボさんにしては、今日は大蔵大尉に、かなりの思い入れですね。

(ウツボ)いやいや、そういう訳ではありません。この本を読んで、生き方に共鳴する事が少なからずあったので。しかし、熊本男児にふさわしい、男らしい人ではありますね。

(カモメ)大蔵大尉は「最後の青年将校~二.二六事件への挽歌」(読売新聞社)の中で、「松本清張の愚論を叱る」と題して30ページに渡って松本清張著「昭和史発掘」の内容に一つ一つ反論し、「無知と思われる誤りをおかしている」と強烈に批判している。思い切ったことをやる人ですね。

(ウツボ)いや、それは、大蔵大尉が当事者なんだから、推論の論戦とは訳が違うんだよ。軍配は最初から大蔵大尉に上がっている。だから、それは批判ではなく訂正だよ。30ぺーじもさいて述べているのだから、余程腹に据えかねたのだろう。

(カモメ)人間、誤解されると、それが晴れるまで、いつまでも心の片隅に残りますからね。









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最終更新日  2015.09.13 15:41:48


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