敗者の美学。「江夏の21球」の私的検証~13球目
(前回の続き)■1979年11月4日(日曜日)、日本シリーズ第7戦。9回裏、1点差を追う近鉄バファローズは無死満塁となり、一打逆転サヨナラのチャンスをつかんだ。一塁ランナーは平野光泰、二塁は吹石徳一、そして三塁には藤瀬史朗。打席に代打・佐々木恭介が立った。広島 101 002 000 =4近鉄 000 021 00 =【近鉄メンバー】1(6)石渡 茂2(3)小川 亨3(9)チャーリー・マニエル4(7)栗橋 茂 → (PH)(2)梨田 昌孝5(2)有田 修三 → (7)池辺 巌6(5)羽田 耕一 → (PR)藤瀬 史朗7(4)クリス・アーノルド → (PR)吹石 徳一8(8)平野 光泰9(1)鈴木 啓示 → (PH)阿部 成宏 → (1)柳田 豊 → (PH)永尾 泰憲 → (1)山口 哲治 → (PH)佐々木 恭介■江夏豊が佐々木恭介に対し、第2球目を投げた。江夏が球を放った瞬間、捕手の水沼四郎は負けを覚悟した。水沼「うわっ、これで終わった! と、一瞬で思った。その球は、つい先ほど、羽田耕一に安打された力のないスルスルーと入ってくるストレート。コースはど真ん中。絶対にやられた。この場面であり得ない球だ」佐々木はピクリとも動かずに見逃した。<13球目>ど真ん中の速球。ストライク。カウント1-1。水沼は続ける。「『ストラ~イク!!』球審の声が響いた。あの球を見逃すとは、あの球に手を出さないとは、ど真ん中の力のないストレート。これは何かあるかも。近鉄ベンチを見わたし、ランナーの様子を探る。そしてバッターの佐々木を見つめる。あまりに信じられない見逃し方で、疑心暗鬼に陥ってしまった」ネット裏で観戦していた野村克也は、 「佐々木はカーブを待っていたのです。ストレートを待っていてカーブは打ってますが、カーブを待っていてストレートはなかなか打てません」と断言した。■西本幸雄監督は、この球を佐々木が見逃したことを悔やんだ。西本「問題はこの球よ。あれを佐々木は振らなかった。ランナーが三塁にいるときや、満塁の場面では、バッターには『引っ張らずにピッチャーに向かって打ち返せ』と、常々言うてた。実際にバットを振ってもヒットになったかどうか知らんけど、そういう気持ちだったら、バットに当たって、強い打球が飛んだはずや。この日の江夏の決め球は右バッターの膝元に落ちるカーブやった。追い込まれてその球が来る前に打てと言うたんやけどな」当の佐々木も、もちろん後悔だ。佐々木「あの場面、いかに江夏さんと言えども絶対にストライクが欲しいはず。なんで自分は待つ気になったんかな。自分に腹立たしさを感じる。もしあそこで打っていたら、あの2球目の悔いが野球生活のすべてではないですかね。もう1回何がしたいと言うたら、あの場面がしたいです」■この球を佐々木が打っていたら・・・、佐々木の技術なら、少なくともライトへフライを上げることはできたろうと解説する記事もあったが、ボクが一番疑問なのは、いったい佐々木は何をしたかったのか、どの球を待っていたのか? ということ。後に石渡茂の話に出てくるが、石渡は、西本監督の「3球全部振れ!」という指示を、どういうわけか「スクイズもあるかもしれないから、サインをよく見とくように」と言われたと証言している。佐々木の証言がないから推測でしかないが、佐々木と石渡は一緒に西本監督の指示を聞いていた。とすると、佐々木も石渡同様に「サインをよく見とけ」と指示を誤解して聞いていたのではないか。だから、どの球を待っていたというより、佐々木はベンチのサインを待っていた・・・?初の日本一を目前にして球場全体が盛り上がる中、冷静さを失って、西本監督と選手たちにコミュニケーション・ギャップが生じたのでは? ボクはそんな推測をしてみた。原因は「経験のなさ」とか「若さ」とか「未熟さ」だろうか(あ、全部同じ意味か)。いや、このことについて批判するつもりなど毛頭ない。そんなダメなことも全部ひっくるめて近鉄バファローズだったことを、ボクは知っているから。 1日1クリックお願いします